第7話 数的劣勢の勝ち方
「自信満々に言ってくれたみたいだけど、いったいこの状況をどうやって打開するつもり?すでに何度も歴戦の将軍や軍師たちとも軍議を重ねて、そのうえで籠城以外の道が見えないと結論付けられたのよ。それがその“視える”だけの力でどうにかすることが出来るというの?」
「力は使い方次第でどうとでもできます。いくら切れ味のよい武器を持っていても、使い方を知らぬ者がそれをふるっていれば大した脅威になりません。一方でなまくらでも、達人が握ればそれなりのものになる」
「あなたは達人?それとも凡人?」
「どっちだと思いますか?」
ここは多少心証を悪くしても強気でいく。
下手に出ればたとえ生き延びることが出来たとしても、この女にいいように使われてしまう。
いくら俺があの秘密を知っているとしても、こいつが俺を覗き魔だと騒げば間違いなくこちらが不利だ。というか不可抗力であったとしても、覗きをした事実だけは変えようがない。
だから今のうちに主従のような関係にならないように手を打っておく必要があった。
「今のところはただの変態男。未婚の女の素肌を見るなんて、本来夫になる人以外には許されないのよ」
「そうですか。つまり俺が」
しかしそれ以上の言葉をつづけることは出来なかった。
なんせ彼女がわずかに腰を上げたのが見えてしまったからだ。また何か飛んでくるのか、あるいは掴みかかられて投げられるのか。
どちらにしても俺が痛い目をみるのは確実で、武術の心得のないこちらとしてはただされるがままになってしまう。
そんなドMしか喜ばない展開はごめんだった。
「もう二度としゃべられないように、口をそぎ落としてあげる。突き出しなさい」
「冗談ですよ。ですが勘違いしてほしくないのは、俺はあなたの奴隷でもなければ夫でもないということです」
「おっ!?ふん…。つまり奴隷ではない泉は自由に動きたいと?素性の知れない男が城内をうろうろしているだけで、籠っている民は不安に思うものだけど」
「ならば一点にとどまります。ついでに弓手百人隊の第六小隊を預けてください」
「なに?第六小隊を?」
「あなたとの約束を果たす前に、まずは蘇臣との約束を果たさなければなりません。百人隊の小隊わけは1小隊10人ですよね?彼ら第六小隊とともに西門を守ります。東門には他の弓手百人隊の内、30人を配置。加えて20の焙烙隊もおいてください。正面の南門には残りの弓手百人隊を城壁上に配置するのがよいでしょう」
「兵の配置にまで口出しをするつもり?」
「俺の傍に足の速い伝令をおいてくれれば、視えた情報をいち早く全軍にお伝えします。それを受けて、他の防衛戦を維持してください。どうでしょうか?」
「話を聞かない男ね。で、それが作戦であるというの?随分とお粗末なものに聞こえるのだけれど」
しかしこの女…。唐希様はあきれ返ったような声で俺を見下ろす。すでに立ち上がっていた彼女は、それなりにしっかりした身体をしているようで、近づいて見下ろされただけでも圧を感じてしまうほどだ。
だがそれでも俺がひるむことは無い。
「東西の門を守ることは実際そう難しいことではありません。あの程度の橋、というか梯子であれば、渡っている最中はただの的。弓を専門に扱う部隊であれば、堀に落ちないよう恐る恐る橋にしがみついて迫ってくる敵兵を狙い撃つことなど造作もないはず」
「当然よ。李家の弓手は高い実力を持ち、帝国臣従時代には何度も皇帝陛下にその腕を披露していたほど。ゆっくり動く的を狙うことなど難しいことではない」
「ですが彼らもそんなことはわかっているでしょう。対岸から投石機やら長弓が狙っているかもしれません。そこで私の出番というわけです。奴らが弓の射程範囲に入った瞬間のみ頭を出させて一斉射撃。兵か、あるいは橋を落として頭を引っ込めてしまう。そうすれば奴らはそう簡単に西門を突破できなくなる」
「そのような戦い方…」
「正々堂々とした戦い方でないことは百も承知しています。ですがこれこそが少数で大軍に勝つための方法です。東門には俺がいませんので、内の城壁より橋が架かったことを確認したら鐘で知らせ、その報を受けた外城壁上の部隊が頭を出して兵、あるいは焙烙で橋を落としてしまう。どれだけ投石機で城壁を破壊したとしても、北側以外は天然の堀で囲まれている恵楽御城ですから、崩した壁から城内に侵入することはできないはずです」
「ならば正面は如何するつもり?今の配置では一番手薄であるように思えるけど」
「正面は別に抜かれても構いません。南門付近の城内のつくりは、他の門と比べても圧倒的に複雑にできており、大軍で攻め込んできた日には間違いなく混乱を引き起こすことになります。それを内城壁上から焙烙、弓、または家畜糞などを使って混乱させ、要所要所に配置した槍手隊で蹴散らす。敵は大軍で押し寄せてきていますので、身動きがとれぬままにいたずらに兵が削られ続けることになるかと」
これは日本で起きたとある戦を参考にしたもの。
知っておいてよかったと思うと同時に、まさかそれを自分がする側になるとは世の中何が起きるかわからないものだ。
「本当によく城の構造を理解しているのね。あまり喜ばしいことではないけれど」
「おかげで突破口をあなたは見出したのです。この戦いで無事に勝つことが出来れば、どうかお咎めは無しということで」
「まぁ、勝てばね」
約束してもらった。
ならば俺は全力で働くだけだ。それに今回の戦い方であれば、戦闘経験のない民でも力になることが出来る。
それこそ城内に突撃された後、内城壁から物を投げ込む役はある程度の歳に達していれば子供でも参加することが出来る。だからこそ余計に勝機があるわけだ。
城に籠っている人間、余すことなく戦力だ。これが圧倒的な兵力差をわずかばかり埋めることにつながる。
「でもあなたが使える人間だってことはよくわかったわ。この世界の服を渡すから、まずはそれに着替えて来て。その格好だと目立ちすぎるから」
「わかりました。俺としても変に注目を浴びるのは不本意なので」
「それが終わったらあなたも含めて最後の軍議を行うわ。帝国が城を攻めようとしていることはすでにみんなに通達済みだから、すぐにでも集まるでしょうし。そこであなたのことも紹介する。今回に関しては私の客人として紹介するから、面倒事も起きないはずよ。それでもいいわね?」
「もちろんです。食って掛かられる時間すら惜しいので」
「ならばいいわ。でも1つだけ忠告しておく。あの話だけは決してしないように。しきたりってほどでもないけど、生娘の裸を見た男は強制的に夫とされることになる。それを拒めば娘の父親に殺害されるわ」
唐希様は俺の耳元により「本当の話よ?」と付け加えて、距離を取った。
そして傍にあった小さな鐘を鳴らして、おそらく侍女的な役割の女性たちを呼ぶ。
「この人の服を見繕ってあげて。それとすぐに軍議を開くから、孔賢にその旨も伝えて来てくれる?」
「はい、お嬢様」
「泉、この子についていきなさい。身体にあった服を見繕ってくれるはずよ」
唐希様に命じられた少女は、俺がまるで不審人物であるかのような目で見てくる。おそらく昨日、あの場にいたのだろう。
だからいきなりこんな視線にさらされるのだ。しかし俺の身は唐希様が保証してくださっている。その期間中はおそらく大丈夫なはず。
そう信じるしかない。
「手を出すなよ、その子は私のお気に入りなのだから」
「もちろんです。そもそもあれも」
別に口を滑らせたわけではない。
それでも目を細められただけで怖さは感じるわけで。俺は真面目な顔で口を閉じた。
「黙って行け」
しかし気丈にふるまうためなのか、彼女はどこか部下の前だと雰囲気を変える。あのときの「へんったい」っていう恥じらった表情は、それはそれで可愛らしかったのだが、口が裂けても言えないな。
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