第6話 不本意な納得

 翌朝、わずかに外が騒がしい。

 足音がバタバタと響いていて、それがこちらに向かってくるのがわかる。小窓から外を見てみるが、いまだ太陽は昇りきっておらず早朝も早朝なのだろうな。

 本に埋もれた身体をぐっと伸ばし、おそらく俺を迎えに来たのであろう人物を待ち構える。

 ガチャリと鍵が外される音が聞こえ、ガタガタと扉が開かれた。そこに立っていたのは、昨日俺を思いっきりぶん殴った黄琳とかいう大男を連れて行った初老の男。

 李家のお嬢様からは孔賢と呼ばれていた。あまり険しい表情をしていないということは、蘇臣に託した土産が上手くいったということであろうか。


「李家当主代理、李唐希様がお待ちです。そのままのお姿で構いませんのでついて来ていただけますかな」

「えぇ、もちろんです」


 俺が立ち上がると同時に、孔賢の傍にいた兵たちが俺の脇に立つ。


「しかし唐希様に危害を加えられるわけにはいきませんので、今一度武器などを隠し持っていないか確認させていただきますぞ」

「わかりました。好きなだけ確認してください」


 俺は両手を上げて、何もしないという意思表示をした。それを確認した両端の兵は身体全体を触って不審物が無いかどうかを確認していく。

 昨日も蔵から引っ張り出された際にされたから、これで2回目の身体検査。もちろん前回も今回も手ぶらだ。

 というか、何かしら元の世界から持ってくることが出来れば、多少は苦労せずにすんだのだろうに。

 そのあたりも融通が利かない。あの爺はマジでこれまでの犠牲をフィードバックしないのだろう。


「城主様」

「よし。ではついて来てくだされ」


 今回は縄をかけられていない。

 つまりはあの土産の確認もとれたということ。俺がこちら側の人間であると理解してもらえたのだろう。

 だがその割には城主とも呼ばれていた孔賢は小難しい表情をしている。…いや、それもそうか。

 俺の土産はあくまで俺の保身のためのものであって、この城を守らなければならない側の人間からすれば、ただただ帝国の動きに絶望するだけのこと。

 着々と城攻めの支度が進んでおり、橋を落としてまで敵方と総力戦をしないようにと立ち振る舞っていたのに、結局敵は全方位から攻めてくる。

 決して朗報と言えるものではなかった。


「唐希様にお会いになられる前に1つだけ聞かせていただきたい」

「なんでしょうか」

「龍神様はなにゆえあなたを送り込まれたのでしょうか。あなたであれば李家の窮地を救うことが出来ると踏んで送り込まれたのでしょうか」

「もちろんです。そうでなければ送り込まれた俺はただ負け戦に巻き込まれただけになってしまう。龍神様が俺をどう評価して送り込まれたのかはわかりませんが、俺は俺のためにこの帝国との一戦を勝たせてみせますよ」

「…それは頼もしいことで」


 両脇の兵は明らかに敵意を見せていたが、孔賢が見せたのは敵意ではなく哀れみのようなものだった。

 俺の話を全て信じたうえでのものであったのか、絶望的な状況に置かれて頭がおかしくなったと思われたのかはわからない。

 すべてはこの城を仕切っているという唐希と呼ばれた女性と話せばわかることだろう。あの女性は頭ごなしに俺を否定しなかった。だからこそ付け入る隙はまだある、と思う。


「待っていたぞ、泉」


 開けた場所に昨日の女性が立っていた。やはり彼女が李家のお嬢様である唐希様であったらしい。なおさら蘇臣の口の軽さが心配になってくる。

 それはさておき唐希様だ。歳は俺と同じくらいか、少し上くらいに見える。

 しかし俺なんかとは比べ物にならないくらい堂々としたふるまいをされていて、城に籠っている人々から信頼されているのがよく分かった。


「まぁそこに座るがよい。ゆっくりと二人っきりで話をしようではないか」


 唐希様からの提案に両脇の兵だけではなく孔賢すらも声を漏らす。

 しかし唐希様は一切譲歩するつもりがないようで、正面の空いている椅子に座るようにと手で合図を出される。

 今の言葉が決して冗談でないと悟ったのであろう孔賢は俺の背後に下がり、わずかに背中を押した。つまり唐希様の言うことを聞けということらしい。

 これを無礼だといきなり切りかかられないか、内心ドキドキしながらも俺はさされた椅子へと腰を下ろした。


「何かあればお呼びください。すぐに駆け付けますので」

「何かあるわけがなかろう。この者は我らの救世主となるお方であるぞ?」

「…では我らはあちらで待機しておりますので」


 孔賢ら、俺を連れてきた人間がすべて離れた。またそれと同時に唐希様の傍にいた人々も離れていく。

 文字通り二人っきりだ。しかしあまりにも美人な唐希様が正面にいると、どうしても居心地が悪い。というよりも、どこを見ていればよいのかわからない。


「さて泉よ。昨夜、弓手百人隊第六小隊長韓蘇臣より話を聞いた。提言通り、例の場所に人をやって調べさせたところ、帝国が橋をかけようとしている形跡を確認することができた。それはまことに帝国を裏切って流した情報では無いのだな?」

「もちろんです」


 しかし見とれている場合ではない。ここで少しでもおかしな返答をした途端、昨日の苦労がすべて水の泡となる。

 それだけは何としても避けなければ。


「しかし龍神様が授けてくださった力というものもにわかには信じられぬ。私の目の前でそれを証明することが出来るであろうか」

「できます。ですが用意していただかなければならないものがございます」

「申せ」

「地図を。できればより精巧な城内の見取り図などがあれば」


 突如、何かが耳元をかすっていった。直後に背後でカランと金属製の何かが落ちた音が聞こえる。


「泉、私はまだ完全に信用したわけではない。城の見取り図など素直に渡せると思うか?」

「…ですが俺の力を見せるためには必要でございます」


 徐々に金属製の何かがかすった耳が熱くなっていく。ちらっと左肩を見ると、今日こそは本当に流血していたようで、肩に血の染みが出来ていた。

 それを見たせいで、一気に切れた箇所が痛くなってくる。


「しかしそれは誰も認めぬであろう。この恵楽御城は李家の忠臣である馬の一族が改修に改修を重ねて城塞としたものである。それをいくら主家の娘であるとはいえ、私が勝手に秘密を漏らすことなど決して認められぬ」

「そうなると俺は実力を披露することが出来ません」

「ならばホラ吹きだと処刑するしかなくなる。そう私が言うことなどわかっていたことであろう?」


 と色々言っているが、実は1つだけ証明する術がある。

 昨日、たまたま手にした1つの情報。しかしこれだけはどうしても言いたくなかった。もし言ってしまえば、別の理由で首だけになりかねないと思ったからだ。

 だが今のやり取りから見ても、城内の見取り図を借りることは難しそうだ。城内のことであれば手っ取り早く俺の能力を証明できるのだが、城外のことになると確認に時間がかかる。


「知恵を絞るのだ。龍神様が遣わせたとなると、それだけおぬしに諸々備わっているということであろう?よいのか?このままでは龍神様の遣いを騙った罪で処刑であるぞ?」

「…では地図がない状態で1つだけ。あらかじめお伝えいたしましたが、俺の能力は地図から指定した場所を視るといったものでございます。たまたま書物庫にあった城の周辺地図より帝国軍の動きを察知し、韓蘇臣にその状況を伝えました」

「それは昨夜聞いた。そのような場所に何故城やその周辺の地図が置いてあったのか、管理していた者を後から問い詰めねばならぬが。して、それ以外に何か見たのではないか?それを話せ。城の者に確認し、真実かどうかを判断する」

「…先に約束してください。決して怒らないと」

「証明しろと言ったのは私。怒るのは私をだましていたと結論付けたときだけ。さぁ、話すがよい」


 本当に“たまたま”だった。

 俺のもとを訪ねてくる人物がたとえ誰であったとしても、この能力を信じてもらうために城内の視ることが出来る範囲をくまなく視ていた。

 そこがどういった施設なのかもしらぬままに。

 そして“たまたま”視てしまった。そこは恵楽御城の北にある園善山から水を引いて管理されている湯あみ場。つまり風呂のような施設だったのだ。

 そして“たまたま”その時間に利用していたのが目の前の御方だった。もちろん咄嗟に×を押して視界を消したのだが、一瞬だけ見えてしまったわけである。


「背中と首筋にほくろがございますよね。普段は甲冑をきておられますから、誰も知らないはず。ですから」


 しかし返事はおろか、反応がまったく無い唐希様を不審に思い、何気なく顔を上げてしまった。

 するとそこには俺の言っている意味を理解して、真っ赤に顔を染める唐希様の姿が。

 そして昨日棒で殴られたよりも強い勢いでバシンッと強烈な平手打ちをお見舞いされてしまった。


「さいってい!!それを誰かに言いふらしたりしたら、問答無用で殺すからな!」


 あまりの衝撃の強さに言葉など出てこない。俺はわかっていると激しくうなずくしかなかった。だが逆に言えば、言いふらさない限りは殺されないらしい。

 つまり一応能力については認めてもらえたということ。


「それとあなたの所有は私にしておく。目を離したすきにべらべらしゃべられても困る。あなた、昨日蘇臣に言ったのよね。この戦いに勝たせて出世させてやるって。その言葉も嘘ではないということでいいかしら」

「もちろんでございます。俺とてそうせねばこの地で死ぬだけですので」


 しかし耳に口の中に、この女はあまりにも手を出すのが早すぎる。たしかに風呂を覗くような形になったのは俺が悪かったが、そもそも俺を試すような真似をしたことがすべての始まりだ。

 適当な地図でもよこしてくれれば、それだけで証明が出来たというのに。


「なにか言いたげね」

「いえ。ただ多くの方々がおられる前とはずいぶんと違うようでしたので。こちらが本当の姿なのかと感心しておりました」


 この失言に関しては胸倉をつかまれるだけで済んだ。

 だがとりあえず俺が生き残るための道が1つできたらしい。あとは本当にこの能力を使って、この圧倒的不利な状況を覆すだけだ。

 ただの大学生一歩手前の俺にどこまでできるのかはわからないが、これは龍神の御業の1つであることは夢のこともあって確認済み。

 つまり上手く使えばそれなりの成果を出すことが出来るだろう。あとは死ぬ気で考えるだけだ。

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