失われた奇跡
さい
失われた奇跡
星さんは七夕の生まれだった。
「なんかちょっと出来過ぎてるよね」
そう言ってはにかむように笑う。
でも苗字が「星」で七夕生まれなんて、そうそうあるもんじゃない。それって結構特別なことでは。
かといって、どうこうするもんじゃない。星さんは自分の誕生日が七夕の七月七日であると公表するたびに、同じような反応を受けるのだ。
私の誕生日は、何もない日だった。
小学校の昼の放送で、毎日「今日の歴史」を放送してたのだけど、私の誕生日はよく知らない人の誕生日ってだけだった。
著名人だろうけど、よく知らない人。調べようかと思ったけど、一瞬あとには名前すら忘れていた。
それに比べたら、ずっといいような気がしたんだけど。
「でもほら、私は結婚したら『星』じゃなくなるし」
星さんは付き合ってる男性がいた。
男性の苗字は、当たり前だけど『星』ではない。だから七夕生まれの星さんは、その人と結婚したら七夕生まれの鈴木(仮)さんとかになって、「へー、七夕生まれなんだ」と言われるだけになる。
その特別、取っておきたくならないのかな。
きっと私だったら、もったいなくて変えたくなくなるはず。こんな風にありふれた苗字で、ありふれた誕生日で、これといった特別さえ持たない私には、そのたかが結婚で失われてしまう特別は計り知れないものに見える。
星さんは、当たり前だけど、結婚してあっさり苗字を変えた。
もう七夕生まれの星さんは居ない。愛ゆえの喪失だから、悪い事ではないのだけど。
失われたのは、美しい奇跡。
新聞の紙面に『選択的夫婦別性』の文字が躍るのを見て、夏の始まりにはにかむような笑顔を思い出した。
失われた奇跡 さい @saimoon
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