case 1 前時代の暴君②
再度の確認を終え、改めて向き合った先生と依頼人の女性は早速、依頼内容について話し合っていた。
「━━なるほど、ご依頼の内容は貴方の会社の上司に報いを受けさせる事ですね?」
大まかに依頼内容を聞いた先生は顎に手を当て、少し考え込む仕草を見せつつ、そう聞き返す。
彼女からの依頼内容を要約するとこうだ。
彼女の勤めている会社に酷いパワハラをしてくる上司がおり、入社した当初から被害を受けていたそうだ。
その内容は日常的な罵詈雑言はもちろん、無茶な仕事量を押し付けたり、人格を否定したり、酷いときには髪を引っ張ったりの直接的な暴力等と様々で、それを聞いた先生と助手はこの現代にまだそんな前時代的なパワハラをする上司がいるのかと内心、呆れ驚いていた。
「……はい。アイツを地獄に叩き落として欲しいんです。そのためなら私は何でもします」
さっきまでの雰囲気は鳴りを潜め、憎悪と憤怒を秘めた低い声でそう言う依頼人に対し、先生はガリガリと頭を掻いてから言葉を返す。
「一応、聞いておきますが、パワハラの証拠を集めて然るべきところに持っていけばその上司に何らかの罰を下せたのでは?」
話の通りの前時代なパワハラが日常的に行われているのなら、そこまで苦労する事なく録音や録画、周りの証言等を証拠に出来る筈だ。
それこそ近年ではその手の問題は社会問題とされ、取り締まりが厳しくなってどんどん摘発されてきているのだから。
「……もちろん私もそれは真っ先に考えましたし、実行しようとした人もいました……けど、結局、問題はなかった事にされて、その人は虚偽の報告をして会社を混乱させた責任を取って辞めさせられました」
俯き、悔しそうに唇を噛む依頼人。それは何も出来ない自分に対する悔しさなのか、あるいは辞めさせられた誰かに向けた悔しさなのか、その様子からは窺い知れない。
「……実行しようとしたという事はその人物は何か証拠の類いを持っていたのでしょうかね?」
「……わかりません。社内で仕事をする際には私物の連絡機器の携帯が許されませんし、会社用の連絡機器は帰る時にその上司がいつも回収してますから、録音録画が難しいのは確かです。でも、何の勝算もなしに行動したとは思えません」
いくら連絡機器の携帯が許されないといっても懐にボイスレコーダーを忍ばせるなど、やりようはいくらでもある。だから勝算もなしに行動したとは思えないという依頼人の言葉も分からなくもない。
「━━だとすれば、流石に不自然ですね。勝算があって行動したというならその手の調査が入り、何か出てきてもおかしくない筈です」
後ろに控え、ここまで黙っていた助手が突然、会話に割り込んでくる。彼女がわざわざ後ろに下がったのは依頼に口を出さないようにするための筈だが、どうやら気が変わったらしい。
「……珍しいね。助手が依頼内容を聞いている最中に口を出すなんて」
「……すいません。どうしても気になったもので」
それを注意と受け取ったのか、頭を下げる助手を先生が手で制し、言葉を続ける。
「いいよいいよ。それは俺も聞こうと思ってたし、むしろ助手ちゃんも気になった事は口にしてくれた方が助かる」
「そうですか?ならそうさせてもらいますね」
先生からの言葉を受けて遠慮のなくなった助手は依頼人の方を向き、改めて疑問をぶつけた。
「それで実際のところ、調査なり、監査なり、何かしらの行動はあったんですか?」
「……いえ、訴えがあったと発覚してすぐに上司と数名がそこに出向いてその訴えは虚偽であると証言した事で、調査も監査も中止になり、訴えそのものが無かった事にされました」
目を伏せ、膝の上で拳を固く握りしめる依頼人。余程強く握っているらしく、血が止まって白くなっていた。
「それもまた妙な話ですね。おそらく証拠を用意したであろう訴えをたかだか数名の抗議で取り止めるなんて……」
「というより、そもそもの話としてその上司に数名も付き従う人がいる事も驚きだけどね」
助手が会話には加わった辺りから怪しかった先生の言葉遣いがここにきて完全に砕けたものに変わる。
「……たぶんですけど、上司と一緒に行った数名の人も圧力を受けてたんだと思います。たとえ本当の事を言えば上司に処分が下るって分かってても、それまでの間に自分に返ってくるかもしれないと思ったら何も言えなくなりますから」
自分にもその経験があるのか、やけに実感のこもった様子で語る依頼人に先生が片目を瞑って尋ねた。
「随分と実感がこもってるように聞こえたけど、もしかして依頼人さんもそういう経験があるんですか?」
「それは……」
言い淀む依頼人へまるで追い討ちをかけるように先生が言葉を詰める。というのもこの依頼人、どうにも理由の方が引っ掛かる。
入社当初からパワハラを受けていたというのは本当だろうが、それなら極論、辞めてしまえばいい。
今まで耐えて仕事を続けてきたのだとしても、こうやってわざわざ偽善屋に復讐を頼む必要はないだろう。
「……まあ、そういう経験のあるなしはどちらでも構わないんですけど、正直、貴方が復讐を望む理由が分からないんですよ」
「え……?」
先生が感じた疑問をそのままぶつけると依頼人は面を食らったように固まってしまう。
「ずっと耐えてきたストレスから復讐を考えるという気持ちは分からなくもないです。けど、わざわざ
この偽善屋まで辿り着く過程でここが非合法ないし、そのラインスレスレの場所だという事を嫌でも知る事になる。だからパワハラの復讐で自分に被害が及ぶかもしれない依頼をするというのは考えにくい。
「もちろん、貴方の意思と覚悟が本物なのは分かってます。だからこそこの依頼をした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます