case 1 前時代の暴君⑧


 とある住宅街の中で一際目立つ一軒家。


 大きな造りの割に住んでいるのは男が一人だけで勿体ないとも思えるが、当の家主はそれを気にした様子もなく、椅子にふんぞり返ってビールのたっぷり入ったグラスを傾けていた。


「――全く、使えない奴ばかりで嫌になる。この前の商談なんてふざけてるのかって内容だったし、本当に腹立たしい」


 一人で愚痴りながら男はグビグビと飲むペースを早める。


「それに、だ。あの女……自殺なんてしやがって、無関係で誤魔化せたからいいものの……あん時は流石に肝が冷えたぞ」


 誰もいないのにひたすら愚痴る男はいい加減飽きたのか、テレビのリモコンを手にして電源スイッチのボタンを押し込んだ。


「……あ?チッ、なんだ故障か?」


 映らないテレビに舌打ちし、様子を見るべく立ち上がろうとしたその瞬間、暗闇だった画面が急に映り出す。


『――――この資料はこの子じゃなくて課長が作るって言ってたじゃないですか!』


 流れてきたのは男にとって見覚えのある光景。さきほど愚痴った自殺した女と自身のやり取りの様子だった。


「っな……これは……!?」


 ありえない、男は驚愕に表情を染めながら後退り、座っていたソファに躓き、尻もちをつく。


「――――どうした?随分とご機嫌じゃあないか」


 男が映像に慄く中、広い室内に声が響く。


「だ、誰だっ!?」


 どこか軽く、しかし冷たい声音に男は狼狽え、それを隠すように声を張り上げる。


 そもそもからして一人の筈の室内に見知らぬ男の声が聞こえてきたのだからそれも当然だろうが。


「誰、ね。そんなものどうだっていいだろう。今、お前にとって重要なのはその映像についてだ。違うか?」


 狼狽える男へ声の主……先生が冷ややかに言い放つ。


「っなんの話だ!俺はそんなの知らん!!」


 顔を真っ赤にして声を荒げる男。知らないと言ってはいるが、その反応からして自分から白状しているようなものだった。


「――――知らない?そんなはずはないでしょう。貴方はああやって彼女を死に追いやったのだから」


 今度は先生の者とは違う女の声が響く。


「っもう一人いるのか……!」


 ばっと振り返り、叫ぶ男を無視してもう一人の声の主……助手が言葉を続ける。


「あの会話、心当たりがあるでしょう?自分の胸に手を当てて考えてみなさい」

「っうるさい!知らんものは知らん!それよりも貴様ら不法侵入で通報される覚悟はあるんだろうな!!」


 助手の言葉をうるさいと押し退け、男は怒気でも隠しきれていない虚勢を張った。


「通報?面白い。是非ともやってみるといい」

「そうね。警察官にあの映像を見てもらいましょうか」


 男の虚勢を嘲笑うかのように響く二人の声。


 普通なら通報と聞けば狼狽える筈なのになぜそこまで余裕なのかと男は声を張り上げそうになるが、動揺を悟られまいとなんとか言葉を呑み込む。


「わ、訳の分からない事を言うんじゃない!え、映像を見られようが何しようがお前らが不法侵入してることに変わりはないんだ!」


 せっかく動揺を悟られまいと言葉を呑み込んだのにこれでは意味がない。


 言葉に詰まり、何一つ言い返せないまま頭ごなし怒鳴った時点で、少なからず向こうに男の動揺は伝わってしまっていた。


「そう思うなら通報したらどうだ?現状、声しか聞こえない状態で本当にこの場にいるかも分からないがな」

「どれだけ虚勢を張ってもその動揺っぷりが隠しきれてないわよ。クソジジイ」


 先生はあくまで冷たく詰めるように、助手は隠しきれない怒気を冷ややかに言葉尻に込めて男に迫っていく。


「クソジジイ……?っこの俺に向かってそんな舐めた口を――」

「この俺?貴方が一体どれだけの人間だというの?ただのパワハラ無能クズ野郎でしょ」


 激高する男に対して助手の冷ややかな言葉が突き刺さる。


 どうやら助手は依頼人の話、そして情報収集している間に感情移入してしまったらしい。


「っなんだと!ふざけるな!!この――」

「悪いがこっちは一切ふざけてない。ただただお前のやった罪をおもいしらせるだけだ」

「罪だと……俺が何をしたって言うんだ!!」


 淡々と告げる先生にひたすら声を荒げ続ける男。


 もはや男の思考は怒りと焦りでまともに機能していない。


「罵声、必要以上の批難、見当違いの罵詈雑言による精神的苦痛で名誉棄損や侮辱罪、直接の暴力を含めれば障害や暴行罪……ああ、自殺まで追い込んだなら実質、殺人か」

「なっ、そ、そんな証拠はどこにもない!それに自殺だってあの女が勝手にやっただけで俺は関係ない!」


 先生の言葉に男は分かりいやすく反応を示し、狼狽えながら叫ぶ。


「関係ないわけないし、証拠なら今、貴方の目の前で流れてるでしょう?」

「こんなものが証拠になるものか!たったこれだけの映像で……」

「証拠がこれだけだとは一言も言ってない。少なくともお前の蛮行を収めた映像は山ほどある」

「っ……!」


 その一言で真っ赤に染まっていた男の顔から一気に血の気が失われ、顔面蒼白になる。


「そ、そんな映像があるわけない……そんな事がないように俺は徹底して……」

「あるわけないならこの映像はどう説明する?そもそも今の発言からして自分から白状したようなものだが」


 とどめと言わんばかりの言葉に顔面蒼白の男は唇を震わせ、全身から冷や汗を吹き出させていた。


「な、なにが望みだ!お、俺を脅してどうしようっていうんだ!」

「脅す?そんなつもりはさらさらないわ。私達はただこの事実を周知にするだけ」

「な、ならどうしてわざわざここにきた!?それだけならこの会話も意味がないだろう!」

「別に?ここにきたのは無様に狼狽える姿を見に来ただけよ」


 まだ交渉の余地があると思って叫ぶ男だが、そんなものはないと言わんばかりに助手が冷たく言葉を告げる。


「く、そ、そうだ!パワハラをしているのは俺だけじゃない!他の奴だって……」

「他の奴なんて関係ない。俺達の標的はあくまでお前だからな」

「っだ、だが、この映像を公表すれば俺だけじゃない、会社自体が被害を被って関係ない社員も巻き添えに……」

「だからどうした?会社だろうと社員だろうと知ったこっちゃない。言っただろう?俺達はただ事実をだけだと」


 他にもいると言ってみたり、誰かが犠牲になると訴えてみるも男の言葉は二人に通じない。


「っ……そうやって正義の味方にでもなったつもりか!貴様らのやっている事は所詮――――」

「〝偽善〟……だろ?そんなの言われるまでもない。そもそも俺達は自分達が正義だなんて言った覚えもないしな」

「そうね。私達の行動の結果、会社が潰れようと誰かが路頭に迷おうと、まして貴方が自殺したとしても関係ないわ」


 負け惜しみのように捨て台詞を吐き捨てた男だが、そんな最後の言葉も先生と助手には届かず、ピシャリと言い切られる。


「っふざ……ふざけるなぁぁっ!たかだか平の女一人が自殺したくらいで俺が終わる?そんな理不尽があってたまるかぁぁ!平社員共に何をしようが上司の俺の勝手だろうがぁぁっ!!」


 もうどうしようもない事を悟ったのか、男は子供が癇癪を起したように叫び回る。


 たとえどれだけ叫んだところで結末は変わらない。


 叫び声が木霊する室内に二人の声が響く事はもうなかった。

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