case 1 前時代の暴君 エピローグ
事の顛末として、例の上司の動画は瞬く間に拡散され、削除されても別のどこかで上がるといういたちごっこの末に会社側が非を認める形で騒動は治まった。
例の上司は当然クビ、会社自体もその隠蔽体質が表沙汰となって経営が傾き、そこへ追い打ちのように他の幹部達のパワハラやら汚職やらが出てきて絶望的な状況になっているらしい。
「――――今回は本当にありがとうございました」
事務所の玄関先で深々と頭を下げる依頼人を助手が見送っていた。
「いえ、きちんと依頼料はいただきましたから。それよりも会社の方が大変な状況みたいですけど大丈夫ですか?」
助手が少し申し訳なさそうに尋ねる。依頼を元に動いたとはいえ、事態を引き起こした身としては思うところがあったようだ。
「大丈夫です。騒動が始まる前に退社しましたし、これからは実家に戻って地元で就職しますから」
「でも……」
たとえ退職したとしても元の会社の悪評はついて回る。今のご時世、そこまで影響はないと信じたいが、
そんな助手の内心を察したのか、依頼人は心配ないと笑顔を浮かべる。
「本当に大丈夫です。だって私は
「……そうですね。生きてさえいればどうとでもなる……その通りだと思います」
きっとその言葉には色々な思いが込められているのだろう。
依頼人も、助手も、それ以上は何も言わず互いに笑いあう。
「……できれば先生にもお礼を言いたかったんですけど……それは無理そうですね」
「……ええ、ごめんなさい。先生は終えた後で依頼人と会わない主義だから」
それがどうしてなのか助手には分からないが、ここに関しては先生が一歩も譲らない事だけは知っていた。
「いえ、できればと思っただけなので。助手さんの方からよろしくお伝え下さい」
「……わかりました。しかと伝えておきます」
次第に言葉が少なくなり、依頼人がドアノブに手を掛ける。
「……それでは本当に……本当にお世話になりました。その、お元気で」
「……はい、お元気で。願うならもう二度とお会いしないように……さようなら」
最後の言葉をかわし、依頼人は笑顔のまま偽善屋の事務所を後にした。
「――――依頼人さんはもう帰りましたよ。先生」
去る依頼人を見送った助手が部屋に控えていた先生へ呼び掛ける。
「んーそう。彼女、どうだった?」
「……気になるなら自分で見送ればいいじゃない」
わざわざ聞いてくるという事は先生も気になったということ。
こうして反応を気にするのなら主義なんて言わずに自らの目で見た方が早いだろう。
「……そういうわけにはいかないよ。この仕事をやっていく上で決めた事だからね」
「…………先生に感謝してたわよ。直接伝えられないのを残念がっていたけれど、笑顔で帰っていったわ」
助手の言葉に先生はもう一度そうと呟くと微かに口元を緩める。
「……ねぇ、先生はどうして会わないって決めたの?不便な事もあるんじゃない?」
意を決したように助手が尋ねると、先生は気まずそうに頭を掻く。
「…………別にそんな大層な理由じゃないよ。ただ自分のやっているのが良い事だって勘違いしないようにしてるだけだ」
「勘違い…………」
助手には先生の言うそれの意味を完全に理解することはできない。
けれど、少しだけなら助手にも分かる。
今回の依頼人のように復讐を遂げた事で感謝を告げられた時、ほんの少しだけそう思ってしまう。
「俺達のやっているのは復讐代行。どんなに綺麗に取り繕おうと碌でも無い……だから偽善屋なんだよ」
「……そう、ね。ごめんなさい、変な事を聞いたわ」
先生の言葉にはきっと助手が助手になる前の知らない重みが含まれているのだろう。
どうして偽善屋なんて仕事を生業としているのか、出会ってからの先生しか知らない助手には分かる筈もないし、これからも分かる日がくるとは限らない。
けれど、人がいる限り
つまり依頼の果てにいつか助手が先生の全てを知る日がくる可能性は十分にあるという事に他ならなかった。
「……いや、気にしなくてもいいよ。結局、これは俺の自己満足で、助手ちゃんに強要するつもりはない。ただ頭の片隅にでも入れておいてくれたらそれでいいさ」
「……しっかりと胸に刻んでおくわ」
なら今は分からなくてもそれでいい。
今、分からなくても、いつかがあるのなら助手はいずれその全てに行き着くだろう。
何故なら彼女のいるべき場所は先生の隣……偽善屋の助手を除いて他にはないのだから。
偽善屋 乃ノ八乃 @ru-ko-bonsai
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