case 1 前時代の暴君③
もたらされた依頼はパワハラ上司への復讐というもの。正直なところ偽善屋に依頼をする内容としては
ここにもたらされる依頼は基本的に法の元では果たせない復讐だ。
今回のケースはある意味でそれに該当するが、理不尽な目にあったから復讐するという理由ではリスクリターンの帳尻が合わない。
それでもこの偽善屋に頼むという事は自分の復讐以外に何か理由がある筈だと考えたからこそ先生は依頼人にそう問うたのだった。
「…………やっぱり理由はきちんと話さなきゃ駄目ですよね。ごめんなさい」
少しの沈黙の後、依頼人は目を伏せ、謝罪の言葉を口にしながら丁寧に頭を下げる。
「……ということはやはり?」
「はい……でも、自分のためというのは嘘じゃありません。だって私が本当依頼したいのはアイツに殺された先輩の敵討ちなんですから」
依頼人から打ち明けられた本当の理由に後ろで控えていた助手が眉を顰める中、先生は表情を変えずに話を続けるよう彼女に促した。
「……先輩は私が入社した時の教育係でそれが終わった後もよく話す仲でした。私が理不尽に仕事を振られた時も手伝ってくれたり、アイツに真っ向から抗議したりしてて……だから強い人だと思ってました」
先輩についてを話す依頼人の口調は全て過去形で、先ほどの殺されたという言葉が比喩表現ではない事が容易に想像できる。
「……思っていたって事は実際は違ったと?」
「……気付いた時にはもう遅かったんです。先輩は会社を辞めさせられて、私が自宅を訪ねた時にはもう」
「ゆっくりでいいですから落ち着いて」
俯いて唇を噛み、肩を震わせる依頼人に助手が駆け寄り、背中を擦って落ち着かせる。
「……先輩は自宅で首を吊って亡くなっていました。遺書はありませんでしたけど、誰かが侵入した形跡もなかったから警察は自殺だと」
「……依頼人さんは他殺だと思ってるんですか?」
「いえ、自殺なのは間違いないと思います。けど、その原因を作ったのは間違いなくアイツ……だからその復讐を依頼したいんです」
そこから彼女は先輩が置かていた状況を先生達に事細かく説明した。
いつも抗議してくる先輩の事を上司は疎ましく思っており、他の人よりもパワハラの度合いが凄かった事、その内容は人格否定が多く、聞いているだけで気分が悪くなるほど酷かった事、そして上司のパワハラを告発しようとしたのがその先輩だった事など、どれも自殺の理由になりえるくらい陰鬱な内容だった。
(……決定的だったのは告発しようとした事、それがきっかけでそのパワハラ上司が徹底的にその先輩を追い詰めたってところか)
先生は説明で分からなかった部分を想像で補い、心情を予測する。
もちろん、予測が正確だという保証もないため、後々で裏付けの調査が必要になるだろうが、依頼に対するアプローチの一つと考えればひとまずはこれで十分だろう。
「……私は何も知りませんでした。先輩が告発した事も、罵詈雑言に心をすり減らしていた事も、それを表に出さず笑顔を絶やさなかった事も、全部先輩が亡くなった後に知ったんです。私が先輩の事を勝手にに強い人だと勘違いしている間に」
「依頼人さん……」
皮肉めいた自虐の笑みを浮かべながら自分の髪をぐしゃりと握る依頼人に助手が痛ましそうな視線を向ける。
彼もし、彼女がもっと早くに先輩の心情に気付いていれば相談に乗って自殺を未然に防げたかもしれないし、知っていたとして何も変わらなかったかもしれない。
たらればの話をしたところでどうしようもないが、彼女の後悔はそれを考えてしまうからこそ生じるもの。
だから彼女はそこに苦しみ
「……いまさら復讐したところで先輩が帰ってくるわけじゃないのは分かってます。でも先輩をいじめ殺したアイツが何事もなかったみたいにのうのうと過ごしてるのが許せない」
暗く重苦しい声で心の内を吐露した彼女はテーブルのティーカップを手に取り、冷めて温くなったコーヒーを一気に飲み干してから先生の方を真っすぐ見つめた。
「だからあくまでこれは私の自己満足……私のための復讐です。それでもこの依頼を受けてくれますか?」
最初に向けられた覚悟の問いを今度は彼女が先生へとぶつける。その顔からはここを訪れた当初のおどおどはすっかり消え去っていた。
「……愚問だね。自己満足?自分のための復讐?大いに結構。それらを満たし、叶えるのが〝偽善屋〟の仕事だ」
正義も正当性も関係ない。そこに確固たる理由があればそれでいい。それが依頼人の復讐代行を生業とする〝偽善屋〟なのだから。
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