🍍第10話 契約 2
「なんの用だ? アレ(巻き毛)を連れて早く立ち去れ」
「え、でも、デモデモ記憶があやふやなパイナップルちゃんを騙すのはよくないと思いますけれど?」
小夜子は、その言葉を聞いて羊皮紙を握り締めたまま固まっていた。
『ひょっとして、とんでもない契約書にサインしてしまった?』
「パイナップルちゃん結婚しちゃったら、お手伝い券どころか一生ブルーエにこき使われちゃうよ?」
「え……?」
羊皮紙をよく見ると、ちっちゃい文字で、いろいろなことが書いてあった。
『これ、多分ろくなものじゃない!』
焦った小夜子は灯してあった蝋燭で、誓約書を燃やしてしまおうとするが、全く燃えない。
「まあまあの防火と防煙加工済みでございます……」
「!!!!」
“老アルジャン”のその言葉を聞いた小夜子は、ドレスの裾を翻し、窓から飛び降りると、処刑台を目指して周囲の注目なんか気にせずに、ひたすら走っていた。
『火力が違う!』
そう、さっきの会場での“老アルジャン”の言葉を思い出したのである。
「あらららら……」
「余計なことを……」
あっという間に、『ミロワール』こと小夜子の姿は小さくなっていた。瞬足なのである。
「そう言えばさ……閣下の鎌の情報は欲しくない? パイナップルちゃんと交換してあげるけど?」
ロジーエ公爵はその言葉と一緒に、ギラついた視線を隠すでもなくブルーエに向けていた。
『でき損ないの母親』を持つ彼は、それ故に『でき損ないになってしまった死神』であるブルーエの秘密を知っていたのである。
「それは、お前の鎌を、お前の命を、わたしに“刈れ”ということか? 赤の塔の所有権を譲るかね?」
本来、彼等にとって『鎌』は魂であり彼らの根本だった。つまるところ、ブルーエは、ロジーエにいささかの疑問は残るが、鎌を使う程の者ではない。遠回しにそう言い、自分たちの間にある格の違いを皮肉っていたのである。
「高慢な男だね……」
「お前ほどではない。さすが下品な女の血が流れているだけはある。不相応な赤の塔の主の地位も、その手口で継いだのかね……わたしとお前、どちらが上か、まだ判断はついているか?」
「……失礼いたしました大公殿下」
小夜子は詳しく分かっていなかったが、『塔』や地位には見えない序列があり、故に、この場面ができあがっていた。
***
ミロワール・小夜子はそんな陰湿なやり取りも知らず、火力が違う処刑場の
「やれやれ、もう一息……」
処刑場の隅には広い闘技場があり、やはり死神同士であろう誰かと誰かが、真剣に、そして永遠に続くごとく鎌をふりあげ、派手な音を鳴らして相手の攻撃を防ぎながら、こちらを無視して戦っていた。
『勝った方が無罪放免なのかな? どちらもさっきのウソつき死神よりは強そうなのに勿体ない……おっと、そんなことより自分の用事!
探していた
『さすが火力が違う……あれなら、でも、どうやってあそこまで……あちっ! え? わっ!』
金属風の筒を迂闊に掴んで思わず手を離し、口にくわえた契約書まで落としそうになった小夜子に、いきなり目の前で鎌が二本振り下ろされ、飛び上がって回避すると、自分と金属風の筒の間、つまり目の前で鎌を交差させて近づくことを制止される。契約書を左手に掴み直した小夜子は、邪魔すんなよと思いながら、自分も鎌を出すかどうか考えつつ一応声をかけてみる。
「ちょっと! 邪魔しないで! すぐに帰るし! ちょっとだけだから!」
「部外者は立ち入り禁止……でも、なつかしくて……いい香りがする……」
「うん……君は誰……慈愛? 少し違うような?」
小夜子を制止したのは、実は白と黒の双子の塔主、『白の王』と『黒の王』で、ふたりは、『処刑場』を管理する存在でもあり、そんなふたりは小夜子を不審げに扱っていた。当然の措置である。
「うっとりする香り……と、ブルーエの匂いがする……」
「確かに…………」
「…………(契約したらマーキングでもされているんだろうか?)」
小夜子がだまっていると、そんな会話と沈黙のあと、あっという間に、『青の塔』へご一緒に、つまり両脇を抱えられて送還されていた。
「頭になにか生えてる……引っ張っていい?」
「だ――っ! ダメっ! た、ただの飾りです! か、冠! ブ、ブルーエ大公にもらいました! そう! あと、えっと、わたしは、彼の婚約者、慈愛です! 大公殿下の婚約者だから関係者で、ここはひとつ、もとの処刑場へ!」
「ふ――ん」
「それにしてもいい香り…………」
気まぐれで有名な『黒の塔主』と、無口な、『白の塔主』は、案の定小夜子の言葉を聞かず、そのまま飛んでいたし、青の塔の『惨状』に少し驚いてから、ミロワール・小夜子を抱えて窓から入る。
ふたりは面白そうに、開放的になってしまった天井を見上げていた。
そうして小夜子は再び青の塔に帰り、悔しくて、「関係者以外は、立入禁止です……」なんて言っていた。
「じゃあ、こっそり行こうか!」
「…………」
「黒の塔主」の提案に、「白の塔主」は、無言で頷く。
「…………」
なんのことはない。小夜子は忍び歩くふたりに付き合わされただけで、『バカみたいじゃなくて、わたし本当にバカばかり見てる!』そう思っていた。
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🍍不幸な彼女は死神の世界で溺愛される 相ヶ瀬モネ @momeaigase
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