🍍第9話 契約 1
ロジーエ公爵が文字通り飛びすさっていた頃、その下では実に不毛で頭の悪い子どもをあやすような会話が交わされていた。
***
〈 青の塔内部 〉
「救世の死神」が引きずられて消え、うるさい巻き毛、『自称:慈愛の女神』は、とりあえず迎えがくるまではと客間に案内というか、まあ同じように引きずられてゆくと、外から頑丈な錠前をかけられていた。なにか客間の中が、騒がしかったが、みな聞かなかったことにする。
小夜子・パイナップルは、ブルーエとひとまず補修がはじまった広間を下がり“老アルジャン”が扉を開けた、彼女に割り当てられている『通称:青薔薇の間』へ帰ると、お腹が空いたと言いつつ、一番気になっている話を持ち出していた。
もちろん「パイナップル」の件である。
「名前を変更したい?」
「そう! そうなんです! ほらこれ! このパイナップルのヘタっ! 名前を変えれば取れるかも……パナケイアなのにパイナップルにしか聞こえなくて、気がつけばこの始末で……」
とほほ……小夜子はまさにそんな顔で、ヘタの生えた自分の頭上を指差していて、ブルーエは本日2回目の笑いを堪えていた。
「ソレは生えていたのか……名前を変えればヘタが取れるかもしれないと……?」
「さすが大公殿下は話が早い! そうそう、ひょっとしたら取れるかも……それに取るのが無理でも、せめて名前くらい別の素敵なものに変えたいのです!」
「…………」
小夜子は、名前の変更くらいどうってことないだろうと思っていたが、あいにく、その申し出は素気なく却下され、ロジーエはロジーエで、ヘタなんかどうでもよくないか? そんなことを考えながら嫌がる小夜子を無視して、「ヘタ」を少し摘まんでいたが、せっかくの機会なのでとある話を持ち出すことにした。
「人の世界でも名前を変えるのは、かなり大変なはずだがな? ましてや一応ここは神の領域……」
「ダメなのですか……」
小夜子は、がっかりしてふてくされると、つけていた仮面も放り投げて、長椅子に倒れ込んでいたが、「……いや、できないこともない」そうポツリと言われて、ガバリと起き上がる。
「ど、どうやって!? なにをどうすれば、どうにかなるんですかっ!?」
「…………ば、一度だけ付け足して選べる」
「え? なんて言いました?」
『結婚するときだけには、一度だけ、ひとつ名前を付け足せる』
「結婚……だれと?」
「目の前の婚約者にそれを言うかね?」
「ああ、そういえば……そうでした」
大ざっぱな小夜子であったが、さすがに少し悩んでいると、壁際に控えていた魔女が、扉から聞こえたノックの音に反応して、手元に食事を瞬間移動させて運んできてくれる。感心していたのもつかの間だった。
「お待たせいたしましたパイナップルさま」
『パイナップル……』
「……いますぐ婚姻届を出します」
「そうかね……先代は死んだ方がマシだとほざいていたがな?」
「そんなことないですよ? どうせ、もう元には戻れそうにもありませんし、できることで最高の成果を上げるのが、わたしのモットーです!」
「……いい子だ。では結婚祝いに、もっとも気に入った宝石、もしくは欲しがっていた“仮初めの顔”のどちらかを用意させよう」
「ぜひ仮初めの顔でお願いします! わたしは、なんの持ち合わせもないので……お手伝い券でもあとで……」
「……それはありがたいな」
『まぬけたヘタ付きのパイナップルさまより、無愛想だけれどイケメン死神と結婚して、素敵な名前にチェンジする方がよっぽどマシ! しかもプライスレスで、顔面取り替え工事つき!』
そう思った小夜子は素早く食事を済ませると、機嫌よく新しく付け加える名前の候補を、いくつか考えていたが、まったく思いつかず、延々とうなっていたが、見かねたブルーエに、『ミロワール』(※フランス語で“ミラー”という意味)はどうだと提案され、「それで行きましょう! 決定! この名を死神の世界全土に広げて頂きたい! パイナップル改め『ミロワール』で! パイナップルって言ったら、『アンハッピーセットの刑に処する』と、大々的に告知して下さい!」
「…………」
小夜子は、少し呆れているブルーエを置き去りに鼻息も荒くそう宣言すると、こちらも素早く用意されていた羊皮紙でできた「結婚届け」という名の誓約書に、『パナケイア・ミロワール・ブルーエ』と、鼻歌交じりで勧められるままに、指の先にナイフで、ちょっぴり切り込みを入れ、軽々しく血文字でサインをしていた。
「え? サインしてしまった?……取り返しがつかないのは……知ってるよね?」
そんな『小夜子・パナケイア(呼ぶのは禁止)・ミロワール・ブルーエ』に、サインを終えた瞬間、待っていたのように顔を出してそう言ったのは、正門から入り直して母を引き取る前にブルーエに謝罪と挨拶にきた「赤の王」こと、ロジーエ公爵であった。
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🍍不幸な彼女は死神の世界で溺愛される 相ヶ瀬モネ @momeaigase
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