🍍第8話 女神降臨 4
〈 再び青の塔 〉
小夜子の記憶にない巻き毛女は、慈愛の乙女の遠くを探れば遠縁にあたる元侍女であり、ロジーエの実母で、腹黒未亡人とも呼ばれる面倒この上ない女だった。
「わたくしが分からないなんて、絶対にニセモノですわね! そして、わたくしの魂の色をよく見なさい! これこそ“聖なる慈愛の力”を示す魂の色! わたくしこそが本物の慈愛の乙女……もとい! 慈愛の女神!」
「魂の色って……」
『ずいぶん偉そうだな……濃い美人顔だけど、この系統に顔面を取り替えるのは、止めておこう……』
小夜子がそんなことを考えながら、視線をブルーエに向けると、面倒くさそうではあったが一応返事は返ってくる。
「まあ……確かに、癒しの力を持ってはいるのだが、そなたが消えてから自分こそ、この世界で唯一無二の“慈愛の乙女”ならぬ“慈愛の女神”だと言いだしてな……まあ、元はそなたの侍女なのは確かだが? 親戚筋の……」
「う――ん、確かに既婚者で乙女はずうずうしいかも……でも、本当に全く覚えていませんし、そもそも、それなら別にえっと大公殿下が気を遣う相手ではないような気がしますが?」
「まあな……ただ……」
「ただ?」
「赤の塔の支配者、ロジーエの母でもある。先代が気まぐれに手を出したばかりに、この有様だ……」
「散々ですね……」
赤の塔……うっすら残る記憶をたどると、この世界には四色の名がついた塔があり、それぞれが「王」とほぼ変わらない、なんとなくではあるが、一応合議制の世界らしい。
「どんなに優秀な一族にも、厄介な親戚のひとりやふたりは存在するものだ……」
「では……とりあえず面倒は後回しにして、横のアホの死神をすぐに尋問にかけましょうか?」
自分で自分たちのことを、優秀とか言うんだ……。
小夜子がそんな提案をしつつ呆れていると、一応の方針が決まったと判断した“老アルジャン”は、先に、「救世の死神」を査問会議にかけるよう命令を下していた。
“老アルジャン”の言葉に「救世の死神」とやらは大声を上げる。
「お、お待ちください! わたしがなぜウソをついていると決めつけるのですか!?」
「……だって、その大蛇を倒したのは、わたしだから! ウソはお見通し!」
慌てて大声を上げる死神に、思わず発した小夜子の言葉を聞いて、広間にどよめきが走る。
なにせ、慈愛の乙女といえばその名の通り、なにかあればすぐに気絶するような、はかなく気弱な性格であったのである。
「いくらなんでも、あなたさまがそのような……」
「控えよ! ここ数年、パイナップルさまは、大公殿下に相応しくあろうと、密かに人の世界で修行なさっていたのである!」
“老アルジャン”は平然とそんなウソをついて、小夜子・パイナップル、もとい、小夜子・パナケイアを援護射撃していた。(ただ、アンハッピーセットがしたかっただけかもしれないが)
「救世の死神」とやらの絞り出すような声に、周囲には同情するような空気と“老アルジャン”の言葉に賛成する空気が起こり、とまどいが広がる中、小夜子は、「やっぱりパイナップルにしか聞こえない!」なんて思いながら、ブルーエに耳打ちをする。
「同じような大蛇をここに連れてきて下されば、アホの死神のウソは、ここで証明できますけれど? あと、慈愛パワーとかも、そこそこ、なんとか使えると思います」
コソコソとそうも付け加える。
巻き毛のお蔭で、慈愛パワー改め慈愛の力の使い方が、ミラー・小夜子に理解できたのである。
『魂の色』やら『慈愛の能力』が、なんのことやら分からなかった小夜子であったが、巻き毛が鼻高々に手の平から出した、小さな桜色の透きとおる
『パイナップル、パイナップル、パイナップルって、うるさ……いやいや、ここは精神統一! 体内に湧いた力を手の平にのせて……っと、集中させ、増幅させてから、慈愛パワー発動!』
そんな小夜子の出した魂の巻き起こした
差し出した手の平に現れたのは、巻き毛とは比べものにならないほどに、燃えさかる桜色の
「さすが正当な後継者だ……」
金色の波打つ長く巻いた髪がとても美しく、そして、小夜子いわくとても濃い顔の女は、巻き起こった現象を見て歯を食いしばっていた。
実質的なこの世界の頂点、ブルーエの隣にいる、「自分よりも神の子孫に近しい」だけで、遥か上の地位に当然の顔をして、しかもいつも悲しんでいる女が許せなかった。
あの女ができるなら、わたしにもできないはずはない!
その昔、ブルーエに袖にされた勢いで赤の塔の当時の主の子を産んだ、金髪巻き毛こと、ロジーエ公爵夫人は、まさか『慈愛の乙名』の中身が、顔は薄いが魂の馬力・生命力は桁外れな小夜子と、無理矢理に入れ替わったせいで『慈愛の乙名』から『慈愛の女神』へ『堂々のランクアップ!』それくらいにパワーアップしたことには、周囲と同様に気づいていなかったのである。
「おいマジかよ?」
「あれ? お前仕事中じゃなかったのか? 門守の当番は?」
「抜けてきた! なんか、面白いことやってるって聞いたからさ! あれ? 塔の天井がなくなってる……」
「いま、なくなったんだよ……パナケイアさまの聖なる力が強すぎてな。ほら、ウチの塔はアチコチ呪いがかかってるからさ……慈愛パワー全開で呪いが解けちゃったみたい……防御壁の効果も見ろよあちこち穴開いちゃって……」
「やり過ぎだろ? 塔が崩れたらどうするんだよ!?」
扉の近くでは門守の役目を放棄して、コッソリ覗きにきた死神が、知り合いとそんな会話をしながら、大蛇と小夜子パナケイアを交互に見つめる。
「慈愛さま、力もそうだけど、確かになんだか雰囲気が変わったな! スゲー修行の効果じゃね?」
「おもしれーな、腹黒未亡人と慈愛さま、あとで勝負とかになったら、どっちが勝つか賭けるか!?」
「慈愛さまの一択しかないのに?」
やがて、羽の生えた大蛇が運び込まれ、大蛇は、あの時と寸分たがわず、素早く小夜子パナケイアの金の鎌で刈りとられ、彼女の放った『慈愛の力』で、全ての魔力を消滅させられると、ちいさな一匹の無力な白い龍となって、床の上でのたうち回っていた。
***
〈 赤の塔 〉
速達を受け取ったロジーエ公爵は顔をしかめてから、ひと時の現実逃避と分かりつつ、ボンヤリ城壁の外に広がる砂漠を延々とながめていたが、何度目かのため息をついてから母親を回収しに行くことにした。
面倒な存在ではあるが自分の母には違いなく、いつものごとく『ロジーエ』の名に、壊滅的な傷がつく前に回収するためである。
公爵は数名の供を連れ空に舞い上がると、風を切って青の塔へと向かってゆく。
『それにしても少し意外ではあるな。慈愛の乙女が帰ったとはいえ、性格はともかく、いや、あの性格だからこそ母の力は“慈愛の乙名”に、実力的にはひけは取らないはずであったが?』
受け取った速達には「能無しの貴婦人を早々に迎えにこい」と、書いてあった。
「あの……青の塔、天井なくなっていますよ?」
「え……?」
穴の開いた塔の上からは、なにかまだ光が放射されており、ロジーエ公爵は少し考えてから面白そうに穴に近づいてゆくと、光に触れた瞬間めまいに襲われ、文字通り飛びすさっていた。
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