第31話 四階に(31日目・またね)


夏の日差しが入っても、廊下は薄暗い。

外の生徒たちの喧騒が、遠くに聞こえる。僕は、一人で旧校舎の廊下を歩いていた。旧校舎に来たくて来た訳ではない。黒い影のような靄のようなモノが、視界の隅に入る。僕を追って来ているのだ。音の無い廊下、校舎の薄暗闇が、僕を飲み込もうとしているようにも思えた。中に一人で入ってしまったことは、後悔している。ここしか、逃げる場所が無かったとはいえ。外に出たい。でも、いつもの方向音痴を発揮してしまい、上手く出ることが出来ずにいる。影はまだ追って来ている、が、ここに来て追われているというより、誘導されているようにも感じた。僕を、何処へ連れて行きたいのだろうか。

適当に歩き回って来たが、教室から見るに、三階にいるみたいだ。下へ行こうと、階段を途中まで下って来て気付く。踊り場に、男子生徒がこちらに背を向けて立っているのが見えた。ドキリとして、立ち止まる。その生徒から、目を逸らせない。じっと見ていると、不意に後ろから突き落とされた。視界の隅に、さっきまで見ていた影。

「うわっ」

幸い、あと二、三段で踊り場だったから派手に落ちずに着地出来たけど、足を痛めた。立っても足が痛くて、座り込む。そのまま、彼を見た。ゆっくりと、その生徒が振り向く。青いネクタイで、同級生と分かる。笑う口元が見えたが、そこから上は、影で見えない。全身総毛立つ。恐ろしい姿でも何でもないのに、とてつもなく怖かった。逃げ出したいけど、立てても、今この足じゃ走れない。これと会わせる為に僕は誘導されていたのだと、ピンとくる。でも、何の為に?

「君は、誰?」

彼は、一歩僕に近付く。その足元に、影が無い。気付きたくなかった。

「……四階に行こうよ」

「四階?」

この旧校舎に、四階は無い。また一歩、歩いて来て、遂に腕を掴まれる。強い力で立たされて、足が痛い。

「痛いよ、離して」

笑う口元が、嫌な形に歪む。この距離でも、口から上は分からない。暗闇だった。背筋がゾクリとする。

「教えてもらったんだ。君を連れていけば、そしたらーー」

教えてもらった?どういう意味だ?

何とかしないといけないのに、頭の中で考えが糸が絡まったようにぐちゃぐちゃになり、解けない。そしてそれ以上の怖さに塗り替えられ、強く目を閉じた。

宗也そうや!」

パッと、掴まれていたのと反対の腕を取られて、バランスを崩す。目を開けた。あの男子生徒はもう居なくて、代わりに満寛みちひろがいる。

「……満寛?」

「何やってんだ。こんなとこで一人で」

足の痛みが戻って来て、僕は崩れるように落ちる。

「おい、大丈夫か?」

「ちょっと、足痛めた……。他に誰か見なかった?同級生」

「いや、誰も見てないぞ。つか、本当に何やってんだ」

満寛は呆れた顔になる。それはそう。肩を貸してもらって、立ち上がった瞬間。

“ーーまたね。日田技宗也ひたぎそうやくん”

耳元であの声が囁いた。僕はサッと、階段を振り仰ぐ。階段を登り切った三階に、さっきの男子生徒が立っている。彼はそのまま、階段の無い壁の方へ歩いて行き、消えた。

「宗也?どうした?顔青いぞ」

「うん……後で話す。ありがとう。来てくれて」

「……たまたまお前が入ってくの見えたから良かったものの……一人で旧校舎入るの止めろよ」

「いつも入りたくて入ってる訳じゃないよ……」

満寛は僕を見て、長い溜息をついた。後は何も言わず、身体を支えてくれる。

またね、って言ってたけど。もう会いたくない。教えてもらった、というのも気になる。考えようとして、どんどん強まる痛みに邪魔される。今は、諦めた方が良さそうだ。僕も溜息をつく。旧校舎は鬼門。本当に。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文披31題 僕と 宵待昴 @subaru59

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ