Day.31またね

 学校の最寄駅からちょっと西に行くとショッピングモールがある。

 そこのフードコートでお肉ましましペッパーランチを食べていた。

 目の前には同じようにペッパーランチをハフハフ言いながら食べている幼馴染のコウ、一ノ瀬孝二が座っている。


「トッキー、今日は午後空いてるだろ? 昼飯行こうぜ」


 そう誘われて一緒に飯を食いにきた。


「あー食った食った」


 コウはごちそうさまと手を合わせてから水を飲んだ。

 オレもさっさとかき込んで立ち上がる。


「んまかった。じゃあ行こうか」


 トレーを片付けてコウと並んでフードコートを出た。

 そのままショッピングモールも出て海の方に向かう。

 近所の小学校が夏休みに入ったのかショッピングモールも海に向かう遊歩道も家族づれで賑わっていた。


「トッキー」


「うん」


 この時が来たかと思う。

 コウは静かに前を見ながら歩いている。

 オレはそのちょっと後ろをやっぱり黙って着いていく。


「俺ね、やっぱりトッキーとは付き合えないよ」


「うん」


 遊歩道の先は防風林があって、その向こうからザバーンザバーンと波の音が聞こえる。

 はしゃぐ子供達の声だって。

 なのに、大して大きくもないコウの声が耳に響く。


「トッキーのことはね、好きだよ。そりゃあ生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染だもんよ。多分こうやって、ずうっと一緒にダラダラ並んで過ごすのかなとは思ってた」


「うん」


 正直それはオレも思っていたし、それでもいいんじゃないかとも思ってた。

 でも、それだけじゃ物足りなと思ってしまって、人間喉が渇いたことに気づいたら水を飲むまで飢えたままで。


「ごめん。幼馴染であって、恋人にはなれないんだ」


 防風林が途切れた。

 海が真正面に広がる。

 波の音と匂いが一気にぶつかってきて、振り返ってこちらを向くコウの顔がよく見えない。

 どんな顔だろう。

 知りたいけど知りたくなかった。


「うん。ちゃんと答えてくれてありがとう」


「今まで気づかないで無神経なことばっか言っててごめん。それで、その、まだ幼馴染しててほしいって言ったら困る?」


「そりゃ困るよ。困るけど、オレもコウの幼馴染してたいんだよな。だからちょっと待って。整理つける」


 笑え。

 コウが悲しい顔をしないように。困らせたり悲しませたりしないように。

 どうにか笑顔を搾り出せ。


「わかった。俺のこと好きって言ってくれてありがと」


 そりゃあ泣きたかった。

 失恋したんだから泣いたっていいだろう。

 でもそれはもうちょっと後でだ。

 今はコウに別れを告げないと。


「したらさ、オレちょっと失恋してメソメソしたりするから一人にしてもらっていい?」


「……うん」


「夏休み明けたらまた学校でな」


「うん、また」


 手を振ると、コウも振り返してくれて、そして背を向けて駅の方へ戻って行った。



「またね」


 そう、これで今生の別れというわけでもなし。

 どんなに別れててもせいぜい一月半。

 なんなら帰ったら母親にコウの家にゴーヤを届けろなどと言われる可能性すらある。

 だからまあ、別れなんてものではないのだ。


 潮の匂いがする。

 口の中がしょっぱいのは潮風のせいだ。

 断じて涙ではない。

 悲しいけど、辛いけど、ここで終わりではないのだ。

 顔を腕で擦って、オレは歩き出した。

 

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オレときみとあの子との閉じない三角関係 水谷なっぱ @nappa_fake

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