雨の亡霊

双町マチノスケ

怪談:雨の亡霊

 雨は嫌いだ。




 薄暗くて、どんよりしてるから。


 なんとなく憂鬱で、嫌な気分になるから。


 じめじめして気持ち悪いから。











 ──あいつらが視えるから。




 いつから視えるようになったのかは、よく分からない。気がついた時には、雨の日になると「その人たち」がいるのが当たり前になっていた。最初に目にした時のことが思い出せない。外のいたるところ……道端、街中、路地裏、どこにでもいる。外に出て歩いていると必ずと言っていいほど会う。見た目は普通の人間。でもどこか輪郭がボンヤリとしていて、すぐにでも雨の濃い霧に溶けてしまいそうな儚さだ。特に変なことをしているわけではなく、別になにか私にしてくるわけでもない。たぶん、私に気づいてすらいない。霊感のある人はよく「自分が『視えている』ことに気づかれてはいけない」というけれど、その点に関してはこの人たちは大丈夫そうだ。試しに話しかけたりもしたけれど、気づく様子はなく全くの無害だった。

 でも……なぜだろう。この人たちを見ていると無性に腹が立ってくる。ただ彷徨ってるだけの、たぶん……亡霊なのに。なにもしてこないのに。分からない。話しかけても答えてくれないから?この人たちが何かブツブツ喋ってるのを頑張って聞き取ろうとしているけど、一言も聞き取れないから?亡霊のくせして一丁前に傘なんか差して、あたかも生きてる人間のように振る舞っているから?色々と考えを巡らせてみるけれど、どれも腑に落ちずやっぱり分からない。でも、腹がたつ。






 雨のせい……なのかな。


 雨が嫌いだから、雨の日しか視えないこの人たちも嫌いなのかな。


 そもそも私は、なんで雨がこんなにも嫌いなんだろう。






 そこまで考えて、ふと気づく。


 なんで雨が嫌いなのに、いま外に出てるんだろう。何をしに外に出たんだろう。何かを買いに出たんだっけ。でも私、なにも持ってないな。というか傘も差してないな。うっかりしていたのかな?よほど急ぎの用事だったのかな?じゃあ、なんで思い出せないんだろう。なんで雨に打たれながら、道の真ん中に突っ立ってるんだろう。前に雨が降った日、外に出た時は何をしてたんだっけ。






 ……なんで、雨の日のことしか思い出せないんだろう。


 晴れた日は何をしていたんだろう。


 最近晴れたのは、いつだったっけ。




 深呼吸をして、しとしと降る雨に耳を澄ませてみる。




 なんで雨の匂いに混じって、血の匂いが感じられるのだろう。


 なんで雨音に混じって、車のブレーキ音や何かが割れたりする音が。


 叫び声とか啜り泣く声とかが、頭の中に響いてくるんだろう。






 かすかに頭に残っている、最後の晴れた日の記憶は。















 もう……ずっとずっと、前のことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨の亡霊 双町マチノスケ @machi52310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ