第五十五話 再会

「なんか……物々しくない?」


 シャルルは《エルデス・テアトル》の周囲に配置された騎士たちを見て、そんな感想を覚えた。《六魔大祭》の開幕を宣言され浮き足立つ民衆とは正反対に、険しい表情をした騎士たち。


「う、うーん……やっぱりお祭りだから、犯罪が起きない様にって気を張ってるんじゃないかなぁ?」

「仮にそうだったとして、こんなに顔が険しくなる? それに数だって多すぎる気がするんだけど……」

「言われてみればそうだね。なんか騎士の人たちの数が多い気がする」

「やっぱりそうよね? なんでこんなに闘技場の周りに騎士を配備してるのかも分からないし、それに……装備もかなりしっかりしてる」


 警護をしている騎士たちを見れば、全員騎士服と呼ばれる純白の制服ではなく、鎧に身を覆った者が多く見て取れる。

 《六魔大祭》中の警護をしているのは堅実で厳粛とされている第五番隊とは言え、ここまで装備を固められていれば違和感を覚えてしまう。

 アイリスも同様に違和感を感じたらしい。


「ねぇ、リエルちゃんはどう思う?」

「…………多分、普通だと思う。ただどうしても警護に付く騎士の人たちは浮き足立つと、何かあった時に対処に遅れるから気を引き締めてるだけ……だと思う」

「確かにその可能性もあるね。私はのかなって思っちゃった。だからこんなに装備を固めてるのかなぁ……ってね」

「…………そう」


 無邪気な笑顔を向けるアイリスに、リエルは無表情で見つめる。


「時間も無いんだし早く会場に行きましょ。他の出場者たちも待っている頃合いだろうし、ね」


 シャルルは足取りを早めて、二人にそう急かした。

 時刻は現在十時を少し回ったころ。

 《六魔大祭》新人戦の出場者の集合時間は点呼を取る十一時だ。点呼の時間に遅刻してしまえば、折角勝ち取った出場権が取り消されてしまう。

 それだけは避けなくてはならない。シャルルにとって、この《六魔大祭》という舞台は大事な通過点だ。

 そして、自分の価値を証明するための舞台装置でもある。


「それに、どうせなら顔を合わせておきたいでしょ? 他所の学校の『新入生』たちを」


☆☆☆


 ――《エルデス・テアトル》地下一階・東大広間。


 そこには今日行われる新人戦の出場選手たちが集っていた。

 選手たちは同じ学校の生徒と固まりながら、点呼の時間まで各自時間を潰していた。

 ある者は友人と談笑し、ある者は部屋の隅で読書を行い、ある者は両脇に女生徒を侍らせ。

 そして、刻一刻と迫る時間を待ち続けながら、赤髪の少年――グレンは目を瞑り、集中力を研ぎ澄ましていた。


「…………来たか」


 人の気配を感じ取り、グレンは目を開いた。

 そこには二人の女生徒が立っていた。


「えぇ、少し遅かったかしら? まぁ、時間には間に合ってるけど」

「でも、もう殆ど来てるみたいだよ?」


 シャルルとアイリス。

 レウゼン魔法学校から新人戦に出場する五人のうちの二人だ。

 そして、グレンを含めた残りの三人の出場選手たちは既にこの場に集まっていた。


「お久しぶりですわね、シャルルさん」

「えぇ、久しぶりね。ティアラさん」


 剪定戦初日で戦った巻き髪の少女――ティアラ・フルイゼル。

 そして、四人と少し離れたところで仏頂面をした一人の男子生徒。

 そんな男子生徒を見て、グレンは苦笑いを浮かべた。


「おい、ディエル。お前もこっちに来い。折角、こうして新人戦の舞台で顔を合わせたんだ。一度くらい、皆で会話をしようじゃないか」

「…………僕は、良い」


 ディエル・フラン。

 こちらも剪定戦初日でグレンと戦った男子生徒だ。

 この二人には唯ならぬ因縁があるらしいが、それはシャルルの知るところではない。

 ただどうやら、ディエルという男子生徒はコミュニーケーションに難アリらしい。


「それで? 他の学校の人たちの様子はどうなの?」


 シャルルは気になった事を質問した。

 それに答えたのは、グレンだった。


「まず、噂通りといったところだな。噂の五人を観察していたが、誰も彼も歴戦の猛者と言わんばかりの風格を醸し出している」


 シャルルは周りの選手達を見渡した。

 一際目に付くのは、同じく五人。ボリュームのある黄金色の長髪をした少女、両脇に女を侍らせた顔に傷を持つ少年、部屋の隅で本を読んでいる眼鏡を掛けた黒髪の少女、巌のような巨軀を持つ男。

 そして、シャルルの目線の先。こちらへと歩み寄ってくる一人の少女。


「…………クレセリア」


 名前をぽつりと溢す。

 怪訝な顔をしているグレン達の視線に臆する事なく、シャルルの元へと歩み寄ってくる少女。

 腰まで伸びたブロンドのポニーテール。腰に挿してある一本の剣。伸び切った背筋と、乱れのない歩調は端麗な少女の美しさを増強している。


「お久しぶりです。五年ぶり……ですね」


 自分よりも頭一つ高いクレセリアを見上げながら、シャルルはその顔を強張らせた。


「生きていたのね。あの後、アナタは私の前から居なくなったから、てっきり…………」

「父の尽力のおかげで生きていました。私も驚きました。まさか、こんな場で貴女と再会できるとは思っていなかったものですから……」


 顔を綻ばせるクレセリアに対し、シャルルは表情がさらに強張っていく。

 二人の反応は対照的だった。

 再会を喜ぶ素振りを見せる少女と、再会を素直に喜べない少女。

 だからこそ、二人の歪な再会を目の当たりにした四人は胡乱な目を向けるしか出来なかった。

 いや、違う。

 胡乱な目を向ける事しかできないほどに、その場を支配するほどの殺気が放たれていた。


 ――邪魔をすれば、殺す。


 言外に放たれるクレセリアの圧に、その場の誰も動けなかった。

 蛇に睨まれた蛙のように。

 その場にいた彼らは理解してしまった。なぜクレセリア・ジオルーフェンが『フローリア・レーベンハイトを超える逸材』と呼ばれているのかを。

 再会を喜ぶ彼女は本当なのだろう。そこに一切の嘘偽りはない。だからこそ、有り得ないほどの濃密な殺気に当てられ、足が竦んでしまった。


「あぁ……貴女との再会をどれだけ望んでいたか。分かりますか? 私がどれだけ貴女を守れなかった事を後悔していたのか。腹を切って詫びようと思ったんです。この首を自分で落として、主人を失った首無しの騎士として墓前に立とうと思っていました。でも、貴女の墓を建ててしまえば、本当に死んでしまったと認めたようで建てられなかった。でも、それが今となっては正しかったと知れてよかった。だって、こうして貴女は生きておられたのだから。その美しい銀髪も、その綺麗なスカイブルーの瞳も、その可憐な唇も、その麗美なお顔も、愛しい貴女を構成するその全てがこうして、今も尚失われていないと知れたことのなんと幸福なことか。話したかった、触れ合いたかった、笑い合いたかった、会いたかった、会いたかった会いたかった会いたかった会いたかった会いたかった会いたかった――こんなにも再会を望んで、貴女の夢を見続けた。出逢いを覚えていますか? あの美しいレオル山の麓にある花畑で、私は貴女と出逢った。初めて貴女の姿を見たとき貴女こそ私の仕える主人であると、電流が迸ったように理解したのです。なのに、あの日あの時穢れた魔物のせいで、貴女を失ってしまいそうになった。いや、確かにあの時私は失いました。貴女と過ごしていたはずの楽しい時間を、貴女の隣で貴女の笑顔を見続ける悦楽を。でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも、こうやって貴女と再び巡り会えた。あぁ、そうだ! これはきっと運命なんですよ! 神は私を見捨ててなんていなかった! だってこんなにも愛しくて、大切で、大事で、何にも代え難い宝物である貴女と再び出逢わせてくれたのだから。あぁ、シャルロッテ様……この名前をまた呼べる日が来ることがこんなにもしあわせなんでしょうか! そして、貴女も私のことを覚えていてくれた! 五年の歳月を経ても、色褪せない思い出が私と貴女を繋いでいてくれたんだ! 見えないだけで繋がっていた運命の糸を辿って、再び貴女と巡り会えた。これはきっと祝福だ。この《六魔大祭》の場は貴女と私を巡り合わせるために神が用意してくれた舞台装置だったんだ! あぁ、神よ! 私は今、初めて貴方に感謝をしています! なによりも大切で、大事で、愛しくて、焦がれて、逢いたくて、願って、望んで、夢見て、そうして出会えたのだから! これ以上に幸せなことはないです! あぁ、幸せだ、私は世界で一番の幸せ者だ! 幸せすぎて脳みそがおかしくなりそう! いや、それでも良い! だって、私は今、とても幸せなのだから! だから次は離さない。だから次は離れない。だから次は失わない。だから次は奪わせない。だから次は譲らない。だから次は、次は次は次は次は――貴女を守るッ!!! それが私の存在意義なのだから! それが私の生きている理由なのだからッ! 不幸なんて訪れないッ! 離別なんて有り得ないッ!! 失ってたまるもんかッ!!! シャルロッテ様! あぁ、愛しきシャルロッテ様ッ! 私と共にここから抜け出しましょう! ここは貴方には相応しくない! ここは可愛くて弱くて美しくて儚くて優しくてトニカクカワイイアナタには似つかわしくない場所だッ! さぁ、私の手を取ってください! 次こそ貴女を守ってみせますから! だからどうか、私と一緒に来てください! 私を受け入れてくれれば、それだけで私はなにを望む事もしないと誓います! 貴女は拒絶なんてしませんよね? だって、ようやく再会できたのだから。だって、こんなにも想い焦がれていたのだから。それはきっと私だけではないはずだから! だから私たちはまたこうして出逢えたのでしょう? そうですよね? そうだと認めて、私を受け入れて、私と来てください! 私に再び貴女を守る役目を与えてください! なんならこの場でこの忠義が本物だと、私の強さが如何程のものなのかも証明してみせますから! だから、どうかお願いします! 私に再び、騎士の叙勲を! 御身の側に置いてください! その為なら、私はなんでも差し出せますからッッッ!!! だから、私と……来てくれますよね?」


 ――クレセリアは微笑んでいた。


 優しく、柔らかく、慈母像のように。頬を熱でうっすらと赤らめて、瞳を情動で潤ませながら、答えを催促するようにシャルルの肩を力強く掴んでいる。

 震える睫毛が不安げに揺れて、沈黙が続く時間に比例するように指に込められた力が強くなっていく。肩に食い込む爪がシャルルの肩に赤の鬱血を刻み込んでいく。


 シャルルは何も言えなかった。狂気に取り憑かれたかのようなかつての友人の変貌ぶりに。何かを喋ろうと口を開くも、痛みと恐怖が発声を邪魔して何も言えない。

 乾いた声だけが、溢れ落ちる。喉の奥から湧き上がる胃液の味、舌の上は乾き、肺の中に上手く空気を取り込むことができない。


「――――」


 全員がクレセリアの狂気を目の当たりにして、シャルルに助け舟を出せない。

 縛り付ける鎖は今もなお放たれている殺意。鎖が繋がれた楔は純然たる『愛』という名の『狂気』そのもの。


「さぁ、私と一緒に――」


 クレセリアの掌が、シャルルの頬に触れようとする。溢れ落ちようとしている涙の断片を掬い上げようとして、


「――触らないで!」


 パシンッ――と、乾いた音が一つ。


「貴女がシャルルとどういう仲なのかは知らないですけど、今ので分かった! 貴女は……狂ってる!」


 殺意と狂気に竦んでいた身体を奮い立たせ、シャルルとクレセリアの間に割って入ったのは、アイリスだった。

 シャルルに触れようとしたその手を振り払い、クレセリアを否定する。


 怒りに相貌を歪めるアイリスとは反対に、クレセリアは引っ叩かれた自分の手の甲を無表情に見つめる。

 先程までの狂気は鳴りを潜めて、いっそ不気味なほどに静かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強騎士、教師になる ホードリ @itigo15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ