第五十四話 開幕
祝砲が上がる。
空を飾る大輪の花びら。熱狂を齎す喇叭の音。
マディステラの首都『ケントルム』に集まった人の数は数えきれず。
現地の人間や別の街の人間、ひいては他国から来た観光者たちまで。
全員がその時を今か今かと心待ちにしている。
『さぁさぁ! ケントルムに集まって下さった皆々様! 今日は一年に一度の祭典! 《六魔大祭》の日だァァ!!!』
街中に響き渡るほどの大きな声。
街の中央に位置する巨大円形闘技場――《エルデス・テアトル》の外周に設置された
空中に映し出された映像には、《エルデス・テアトル》の中心――これから戦いが繰り広げられる、円形の石畳の上で一人の男が立っている様子が映されている。
『《六魔大祭》――それはかつて、魔法の始祖である《魔導王》エルデスが死の間際に、彼に師事した者の中から自分の後継を決める名目で行った《六魔戦》に由来しています』
男の口から語られるのは、《六魔大祭》の起源。
かつて、この世界で『魔法』を極めた最古の魔法使い――《魔導王》エルデス。
現存する魔法の技術の根幹を築いた魔法の開祖。彼が齎した『知慧』の数々は魔法を極める『魔導』の礎となり、その功績は語るに足らないほどだった。
そして、そんなエルデスの後継を決めるべく、六人の弟子がそれぞれの功績――ひいては魔法の腕前を競うべく始まったのが《六魔戦》だった。
『第一の弟子の名はレウゼン。弟子の中でも圧倒的な実力を有し、魔法戦闘という一点のみを見るならば、彼はエルデスの六人の弟子の中で最強。他を寄せ付けない戦闘の天才――』
語るは第一の弟子。
名をレウゼン・アシュバール。
現在の戦闘魔法の根幹を作り上げた者。語り継がれる伝承の多くはどれもこれも、戦闘での圧倒的な無双ぶり。圧倒的な強者として語り継がれるその弟子は――『力』の象徴である。
『第二の弟子の名はアルビス。弟子の中でも特に病弱であり、外にも出歩けないほど病魔に苦しめられていたが治癒の魔法を開発し自身の病を克服した、医療魔法の功労者――』
語るは第二の弟子。
名をアルビス・グレイシス。
治癒魔法を極めた者。その当時、魔法は『壊す』ための力として知られていた。しかし、病魔に侵され、苦しんだからこそ『治す』ための魔法を開発したその弟子は――『癒』の象徴である。
『第三の弟子の名はエルビナス。弟子の中でも一番の頭脳を有し、その当時、魔法を使う上で何よりも難解とされていた術式の構築理論を提唱した、知慧の代弁者――』
語るは第三の弟子。
名をエルビナス・ハヴァール。
師の教えから魔法の基礎理論を構築した研究者。誰よりも魔法に魅せられ、魔法の一般化に取り組んだ賢者。生涯、魔法という『至上命題』の研究を続けたその弟子は――『知』の象徴である。
『第四の弟子の名はローゼンティル。弟子の中でも一番の商才の持ち主。超常の力として一般人からほど遠かった魔法を、魔法具という形にして一般人に一気に浸透させた、技術発展の起源――』
語るは第四の弟子。
名をローゼンティル・ノア。
一部の才を有するものにしか馴染みのなかった魔法を、一般に広めるために『魔法具』を開発した技術者。彼が齎した益は計り知れず、誰よりも技術の発展を重視していたその弟子は――『技』の象徴である。
『第五の弟子の名はジェノリア。弟子の中でも一番の指導者。他者のために魔法の力を使い、時には貧困に苦しむ者を、時には争乱で親を失った子を救った。聖人と謳われ、どの弟子よりも慕われた、真正の聖人君子――』
語るは第五の弟子。
名をジェノリア・ラーナ。
誰よりも心優しく、困窮する者たちに手を差し伸べるその姿はまさに慈愛の神。善性の塊であり、自己を顧みずに人を助ける姿に感化された人々が自然と敬愛を示していったその弟子は――『調』の象徴である。
『第六の弟子の名はフルトリエ。弟子の中でも一番の天才。創造した魔法の数は量り知れず。誰よりも魔法を純粋に楽しみ、誰よりも魔法の真髄を探求した、魔法の申し子――』
語るは第六の弟子。
名をフルトリエ・イルス。
エルデスが認める魔法の天才。誰よりも魔法に楽しさを見出し、次々に新たな魔法を創り上げていくその様はまさしく、魔の寵児であった。その才能を遺憾なく発揮したその弟子は――『才』の象徴である。
『それぞれの弟子の名を冠した六校が今、師の名を有するこのステージに集った。かつての《魔導王》の御前で、かつての弟子が己の誇りを賭けて再び刃を……いや、魔を交える!』
男の語り口調に熱が籠る。
静寂に包まれたケントルムの全域。
誰もが、次の言葉を聞かんと、耳を澄ます。
『さぁさぁ! 集え、魔法に魅せられし才ある若人たちよ! 己の力を示し、己の利を証明し、己の才を魅せてみろ! これより《六魔大祭》の開催を、宣言するッ!』
天高く掲げられた示指。
街中に響き渡る高らかな宣言。
それと同時に一際大きな花火が打ち上げられ、青々とした麗美な空さえも掻き消すほどの大輪が空を支配した。
『ウオオォォ――――――ッッッ!!!!』
大歓声。
静寂は一転し、世界は騒音に支配される。
熱狂も熱狂。人々の興奮を煽るかのように、連続で打ち上げられる花火。それが爆発する音すらも掻き消すほどの民衆の声が、更なる大熱狂を齎す。
一年に一度。マディステラが誇る三大祭の一つ、《六魔大祭》の幕が上がった。
☆☆☆
「……今年も始まったか」
耳を劈く民衆の大歓声を部屋の中で聞きながら、フローリアはド派手に宣言された《六魔大祭》の開催に微笑みを浮かべていた。
「この楽しい雰囲気をぶち壊しにしようとする輩が居るとは…………なんとも下賎な奴らだ」
「じゃな。こんな老人も呼び出されるなど……ほとほと迷惑極まりない奴らよ」
そう口々に言う二人の男へと、視線を移す。
一人は身長が二メートルに及ぼうかという重鎧を装着した巨漢。
もう一人は温厚な笑みを浮かべた杖を付いた小柄な老年の男性。
「……お二人には感謝しています。私の協力要請に応じて頂いて感謝しかありません」
「気にするな。それに、俺は国を守護する『盾』としての責務を果たすだけ。君からお願いされずとも、話を聞けば力を貸したさ」
「儂にも気を遣わんでいい。こんな老骨がなんの役に立つかは知らんが、優秀な部下なら山ほどいる。好きなように使ってくれ。それに、儂もこの知識くらいなら貸せるだろう」
「そう言ってもらえると有難いです。第五番隊と第二番隊に協力をお願いできて本当に良かった」
二人の男――第五番隊 《
フローリアが協力を取り付けられた二つの隊の隊長に手を差し出す。
ライナスとニルコは迷わず、順々にフローリアと握手を交わした。
「それで? 敵方の規模は不明ということだが……どうやって守るつもりだね、リオン」
「…………知るかよ」
三人の輪の中から外れた場所で、ソファに座っていたリオンに視線を向けたニルコ。彼はすかさずリオンに質問を投げかけた。
対するリオンの答えは素っ気ないものだった。
「俺だってどうするか考えたさ。ただ、俺は守ることに関しては専門外。正直、作戦の立案なんてできないね」
リオンは確かに戦闘という面で見れば、他の騎士と隔絶していると言って良いほどの強さを誇っている。
だが、それはあくまでも『殺し』を目的としたならの話だ。これが一転して『守ること』を目的とした戦いをするのなら、足手纏いになるとリオンは自覚している。
だからこそ、『守り』に特化した第五番隊と『知恵』を有する第二番隊に協力を要請したのだ。
そんなリオンの考えを見抜けないほど、ニルコは耄碌した老夫ではない。
「ま、そうじゃろうな。何度か主を抜いた三人で作戦を練ったが、もはや作戦など有ってないような物だと儂は考えとる。敵の出方が不明であり、活動場所も分からない以上、こちらから仕掛けることは不可能。おまけに数も分からないなら、尚更だろう?」
「同感だな……」
敵――《
「それで? 主は何か掴めたのか?」
「結論から言うなら、全くなんも掴めてない」
ニルコ達が会議している間、リオンもリオンで色々と調査を続けていた。無論、シャノンもこの調査に同行させたが、結論は結局のところ『不明』というだけだった。
「ただ……おかしいくらいに人も情報も無かったらしい」
「……らしい、とは?」
「俺は俺で行動が制限されててな。敵情視察はシャノンに任せてた。シャノンをこの近辺の犯罪組織のアジトに潜入させてみたが、その全てがもぬけの殻だったんだと」
リオンは肩を竦めながら、シャノンから聞いた情報を共有した。
シャノン曰く、
『まるで人の気配が無かったんだよねぇ……。それはもう不気味なくらいに静かでぇ、なーんにも無かったんだよ。処分されたとか、そんなんじゃないよぉ?
困り顔でそう言っていたシャノンの話を聞いたリオンの最初の感想は――有り得ない、だった。
シャノンは言ったのだ。はじめから何も無かったかのようだった、と。それはつまるところ、何の痕跡も存在しなかったということ。
犯罪者たちがアジトとして利用していた場所に、果たして痕跡が存在しないなんて事有り得るだろうか。
「明らかに異様だ。奴らが何をしようとしてるのか分からないが、確かに言えるのは何かヤバい事が起ころうとしてるって話だけだ」
それがリオンの言える結論。
そして、相手の行動が分からない以上、作戦など立てようもない。
「まぁ、そうなれば取れる策は『数の投入』しかあるまいか。直ぐに第五番隊の全隊員を配置させるとしよう」
ライナスは兜に取り付けられている魔石型の『無線通信機』から、第五番隊へと号令を掛けた。
それに倣うように、フローリアも胸元に忍ばせていた『無線通信機』を取り出して、自分の隊員たちへと指示を飛ばし始めた。
「さて、それじゃあ儂も行動に移すとしようか。――ライ、レフ」
ニルコが杖を三度地面に突くと、突如として彼の眼前に少年と少女が現れた。
「「ここに……」」
ニルコに傅く彼らの瞳には無機質な光が宿っている。
「ライは周囲の警戒を強め、異変があれば直ぐに私に知らせろ。レフは突然よ襲撃に備えて、常に臨戦態勢を取っておけ」
「「了」」
ライと呼ばれた少年とレフと呼ばれた少女はそれだけニルコの指示を聞くと、再び姿を消す。
その様子を見て、リオンは顔を顰めた。
「アンタの人としての倫理を疑うよ」
「倫理、か。それで守りたいものを守り抜けるなら、儂もそうしたいがね」
ニルコは不気味な薄ら笑いを崩さない。
リオンはニルコに決して良い感情を持っていない。敵になる事は無いと断言こそ出来るが、それは信頼から来ているものではない。
ニルコという男は、狂人なのだ。
自分の目的のためなら手段を厭わないような、人道に反する研究者というのがリオンのニルコに対する評価だ。
ニルコがリオンの側へと近づいた。
肩を一つ叩くと、耳打ちをするように声を潜めて――それに……と、言葉を続けた。
「君も儂と同じだろう?」
「…………」
否定も、肯定もしない。
ただリオンはニルコを睨みつける。
視線だけで猛獣をも射殺せそうなほどの殺気を受けながら、ニルコは余裕綽々という表情を崩すことなく部屋から退出していった。
「リオン、落ち着け。あの人が気に食わないのは……まぁ、俺も良くわかる。ただ、それでもあの人は信頼できる人だよ。絶対に騎士団を裏切らないと分かっているからな。だから、殺気を抑えろ」
「……分かってる」
ライナスに諭されるまでも無い。
ニルコの事は決して認めていないが、それでも騎士団を裏切らないという確証があるからタチが悪い。
「これじゃあ先が思いやられるな」
そう言ってため息を溢したのはフローリア。
こめかみを抑えて、頭痛がしそうな現状、そしてこの先を憂いている。
「とりあえず私たちも配置に付こう。これは総力戦だ。第一番隊、第二番隊、第五番隊、そして零番隊の現時点での全戦力と、《
――健闘を祈る。
フローリアのその言葉と共に、隊長たちの会合はお開きとなった。
《六魔大祭》を巻き込む騎士団と《
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