出会い
目覚めてから二ヶ月が経った。
リハビリの成果なのか、支えがあれば一人でも歩けるようになった。
結葉に勉強を教わっていることもあり、学力も少しずつ向上している。
今のところ、順調そのもの。
だが油断は禁物だ。少しでも筋力をつけるため、病院内を散歩している時だった。
「あの、少しよろしいですか?」
突然、声を掛けられた。
「俺……?」
「はい。貴方です」
彼女はふわりと微笑み、トントンとベンチの空いたスペースを叩いた。
座れってことかな?
「いきなり呼び止めてごめんなさい」
「それは大丈夫だけど」
「中学生ですよね?」
「うん。中学三年生」
「やはりそうでしたか。私も同じ中学三年生です」
彼女は柔和な笑みを咲かせて、銀色の髪を軽く揺らす。
「そうなんだ。それで俺に何か用?」
「はい。できたら貴方の力をお借りしたいと思っています」
「俺の力を?」
「これです」
そう言って彼女が取り出したのは数学の参考書だった。
「自学習だけでは限界を感じています。勉強を教えていただけませんか?」
「え、勉強教えるなんて俺にできるかな」
「出来ると見込んでお願いしています。貴方には優秀な家庭教師さんが付いているみたいですし」
「もしかして俺を見たの今日が初めてじゃない?」
「はい。先日、そこのフリースペースで勉強しているのを見かけました」
同室者に迷惑をかけないために、勉強をするときはフリースペースを利用している。
結葉に勉強を教わっている場面を見られていたみたいだ。
「これといったお礼はできませんが、私に勉強教えてはくれませんか?」
深いブルーの瞳に見つめられ、俺は不覚にもドキッとしてしまう。
「力になれるかわからないけど、俺でよければ」
「ありがとうございます」
彼女は柔らかく表情を崩す。
「私、
「俺は
「私のことは華恋と呼んでください。苗字はあまり好きではないので」
「わ、わかった。……華恋」
結葉以外で女子の名前を呼ぶのは初めてかもしれない。緊張する。
華恋はふふっと小さく笑うと。
「そんな固くならないでください、和孝くん」
「お、おう。てか、同い年なんだし敬語使わなくていいよ」
「タメ口は苦手なんです」
「苦手?」
「ええ。小さい頃に見たアニメのキャラに影響されて口調に丁寧にするようにしたんです。軽い遊びのつもりが、いつしか身体に染み付いてしまって」
「そうなんだ……」
「あ、引いてますね?」
「引いてないよ、変わってるなぁとは思うけど」
華恋は小さく口元を綻ばせる。
「よく言われます。ですが私はそんな自分を気に入っています」
「うん。いいと思う」
「それでは早速ですが勉強をしましょう」
「おう」
それが鬼龍院華恋との出会いだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
和孝が目覚めてから二ヶ月が経った。
和孝は順調に回復していっている。記憶はまだ戻らないみたいだけど……。
「今日は数学の勉強するわよ。和孝」
あたしは数学の参考書を脇に抱えて、病室の扉を開ける。
が、そこに和孝の姿はない。和孝と同室の人から白い目で見られる。恥ずかしい。
あたしは和孝を探しにリハビリルームに行く。しかしそこにも和孝はいなかった。
どこにいるのよ、和孝……! 逸る気持ちを抑えながら、早足で病院内を回っているとフリースペースで和孝を見つけた。
「あ、やっと見つけ……」
パタリと、あたしは声を詰まらせた。
そして気がつくと、あたしは走り出していた。
「ちょっと、誰よその女!」
バンッ、と音がなるくらいテーブルを強く叩く。
和孝と、銀髪ロングの女が驚いたようにあたしに視線を送った。
「あ、結葉……」
「誰かって聞いてんの。早く答えて!」
銀髪ロングの女はスッと目を細めると。
「鬼龍院華恋です」
「知らないわよそんな女」
「和孝くんとは先ほど知り合いました。今は勉強を教えてもらっています」
「勉強を? はあ? 和孝に勉強を教えることなんてできるわけないでしょ。和孝はあたしがいないと何にもできないんだから!」
あたしの悪い癖が再発してしまう。
「そんなことはありません。和孝くんの教え方はすごくわかりやすいです」
「な、なんなのよ……。ほら、和孝行くわよ。こんなよくわからない女に関わっちゃダメなんだからね!」
あたしは和孝の右手首を掴む。が、すぐに振り払われた。
「そんなこと言わないでよ。そうだ、この問題に俺も華恋も詰まってるんだ。結葉、教えてくれないかな?」
華恋、だって?
ふざけないでよ。なんで和孝がこの女を下の名前で呼んでるわけ?
和孝が名前で呼ぶのはあたしだけでしょう? あたしだけの特権でしょう⁉︎
「嫌。ぜったいに嫌! 和孝には教えるわ。でも、アンタには死んでも教えない!」
あたしは敵意を剥き出しにして鬼龍院を睨む。
「随分と嫌われていますね、私」
「当たり前でしょう! あたしは和孝のカノジョなの! 彼氏に近づこうとする女は総じて敵に決まってるじゃない!」
「カノジョ……。貴方は和孝くんのカノジョさんなのですか?」
「え、ええそうよ。悪い⁉️」
鬼龍院は顎に手をやると少し考えた様子をみせてから。
「それは悪いことをしました。和孝くんを奪おうとは考えていませんので安心してください。それでは邪魔者は退散しますね」
鬼龍院は荷物をまとめると、ペコリと頭を下げて立ち去っていく。
な、なによ。物分かりいいじゃない。なんかあたしが一人で騒いでるみたいで少し惨めになる。
「な、何よ。あたしは当たり前のこと言っただけなんだからね」
「ああ。……そうだね」
和孝のあたしを見る目は冷たくて、それがすごく辛かった。
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