喪失
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「はい、なんでしょうか」
鬼龍院は微笑み混じりに目を合わせてきた。
随分と余裕じゃない。まぁいいわ。ガツンと言ってやる!
「あたしのこと覚えてる?」
「和孝くんのカノジョさんですよね」
「そうよ。あれから和孝とは会ってたりしないか確認したいの」
「同じ病院に居ますから会うことはありますよ」
「この前みたいに一緒に勉強してたりしないかって聞いてんの」
「そうカッカしないでください。血圧上がりますよ」
鬼龍院の悠然とした態度に、あたしの腑は煮えくり返る。
「良いから答えなさいよ」
「貴方はすでに回答を持っているのではないですか?」
「は?」
「私の口から聞く必要はあるのでしょうか」
この女……!
あたしを馬鹿にしてるの!?
「ええそうよ。さっき、アンタと和孝が一緒に勉強してるのを見かけたの。ああいうのやめてくれる? 和孝はあたしの彼氏なんだから!」
「私は和孝くんとお友達になりました。お友達と一緒に勉強をするのはごく自然なことだと思います」
「何が自然よ。和孝と一緒に勉強したいなら性転換でもしてきなさい。アンタが女である限り、和孝に近づくのは許さないわ」
「誤解をされていると思います。先ほども言いましたが私は和孝くんのお友達です。貴方の立場を脅かそうとは考えていません」
理路整然と、落ち着いた様子で切り返してくる鬼龍院。
あたしは血が出るくらい下唇を噛んで、拳を握りしめる。
「アンタがどう考えてるとかどうだっていいのよ。和孝と関わらないで。あたしが言いたいのはそれだけ」
「どうしてそこまで和孝くんを独占しようとするのですか?」
「か、カノジョなんだから当たり前でしょう?」
「いえ狂気的なものを感じます。私と関わるかどうかは和孝くん自身が決めることです。恋人だからといって制限する権利はありません」
「勝手なことを……ッ」
「勝手ではありません。勝手なのは貴方のほうです」
ああ、イライラする! ほんと何なのよこの女!!
「和孝くんを想う気持ちがあるのなら自分の気持ちを押し通すのではなく、和孝くんの気持ちを尊重してあげるべきではないでしょうか」
「アンタになにがわかんのよ。和孝のこと全然知らないくせに勝手なこと言わないで!」
あたしが感情の赴くままに咆哮すると、鬼龍院は半開きの目で見つめてきた。
「和孝くんがどうして貴方を恋人に選んだのか不思議です」
「な、なによ……急に……ちょ、待ちなさいよ!」
鬼龍院は訝しげにあたしを一瞥して、踵を返した。
和孝の記憶喪失に漬け込んで恋人を自称していることが見抜かれたような気がして、あたしは去っていく鬼龍院を追いかけることはできなかった。
★
もう全然うまくいかないわ!
悔しいけど、鬼龍院をあたしの思い通りにできる気がしない。
やっぱり和孝をどうにかするしかないわ。
「ねえ和孝、ちょっといいかしら?」
「ん?」
日本史の勉強をしている最中。
あたしは居住まいを正して、神妙な面持ちで切り出した。
「あたしに隠れてこの前の女……鬼龍院とかいう人と会ってたりしないわよね?」
「会ってないよ」
和孝があたしに嘘を……!
これも全部、あの女のせいだ!
「どうして嘘を吐くの?」
「え?」
「あたし見たのよ。和孝が鬼龍院と一緒に勉強してるとこ!」
「え、ああ……そうなんだ」
「そうなんだってなによ。和孝、自分のしてることわかってる⁉︎ あたしへの裏切り行為よ⁉︎ どうしてそんな酷いことするの⁉︎ こんなの浮気と変わらないじゃない!」
あたしがヒステリーに喚き出すと、和孝が冷たい目で見てくる。何でそんな目で見るのよ……。憐れまないでよ……。
「華恋とは友達になったんだ。友達と一緒に勉強してるだけだよ。浮気じゃない」
「あたしにとっては浮気なの! 和孝が他の女と一緒にいるなんて耐えられない!」
「じゃあ俺と別れてくれていいよ」
「は?」
なんて言った? 今。
「そんなに耐えられないなら、俺と別れたら良いと思う。俺は結葉と付き合った記憶はないし、結葉のこと何も覚えてない。辛いなら、別れてくれて構わないよ」
「なんでそうなるわけ⁉︎ 意味がわからないわ!」
「俺、友達いないんだよ。せっかく華恋が友達になってくれたんだ。恋人なら普通、そういうの祝福するもんじゃないの?」
「でもだって……鬼龍院は女だし……」
あたしは途端に勢いを無くして、視線を右往左往させる。
「俺、華恋と友達やめる気ないし、これからも一緒に勉強したりするから」
「ふざけないでよ。そんなの許さないから! ……ねえ、和孝!」
和孝は参考書をパタリと閉じると、小さい足取りであたしの前から立ち去っていった。
なんでよ。待ってよ。なんで、和孝があたしに歯向かうの……?
あたしの思い通りになる和孝はどこ行っちゃったの……?
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