友達

 翌日。

 筋力をつけるため病院内を歩いていると、昨日と同じ場所に華恋はいた。


「おはようございます。和孝くん」

「おはよう」


 俺に気づいた華恋はふわりと微笑み、英単語帳をパタリと閉じる。


 俺は華恋の隣に座った。


「昨日はごめん。俺の幼馴染が酷いこと言って」

「いえ、私は気にしていませんよ」

「そう? ならいいんだけど」

「ただ少し残念です。初めて和孝くんを見た時から、お友達になれそうな気がしたのです。ですが、私が和孝くんと親しくすることをカノジョさんは望まないでしょう」


 俺と友達に……? 


 俺は前のめりなって、華恋に顔を近づける。


「俺と友達になってくれるの?」

「か、和孝くん? 顔が近いです」

「あ、ごめん」

「いえ……」


 華恋は微かに頬に赤いものを宿す。


「俺、友達いないんだ……」

「そうなのですか? 和孝くんは人脈が広そうに見えますが」

「全然だよ。俺は学校で孤立してた。友達もいないし、イジメに近いこともされてた。俺は周囲を害を与えるだけの存在なんだって思い込んで、逃げるように学校の屋上から飛び降りたんだ。それで今、こんな状態になってる」


 改めて口にすることで、自分の情けなさを痛感する。


「そういった経緯で怪我をされていたんですね」

「はは、ダサいでしょ俺」

「いえ全くそうは思いません」

「そうかな……」

「はい。和孝くんが自分を責める必要はありません」


 華恋が真っ向から否定してくれたことで、少し心が軽くなる。

 華恋は身体ごと俺に向き直ると。


「私、喘息を持っているんです。今、この場にいる理由もそれです。幼い頃から病院の厄介になることも多かったので、友達と呼べるほど親しくなった人はいません」


 一呼吸置いてジッと上目遣いで俺を捉えた。


「そんな私でよければ、和孝くんのお友達にしてください」

「こちらこそ。ぜひっ」

「ふふ、ありがとうございます。和孝くんがお友達一人目です」

「お、おう」


 無垢な笑顔を咲かせる華恋に、俺はなんだか調子を狂わされる。


「和孝くん、このあとは時間ありますか?」

「リハビリが始まるまで、一時間くらいあるかな」

「ではそれまで一緒に勉強しましょう」

「おー」


 中学を境に、俺は友達がいなくなった。

 結葉の言う通りにしていたから、みんな離れていった。


 華恋と友達になったことで、孤島に橋が架けられたような繋がりを感じられていた。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ムカつくムカつくムカつくわ! 


 最近、和孝の様子がおかしい。何か良いことあったみたいに楽しそうで、ずっと浮き足が立っている。絶対あの鬼龍院とかいう女のせいだ! 


 和孝と鬼龍院が一緒にいるところを見たのは一回だけ。

 けど、あたしに隠れて会ってるんじゃないかしら? 


 和孝はあたしだけを見てればいいのよ。

 よその子に浮気するなんて許せないわ。


 女の勘は鋭いってことわからせてやる……! 


 平日の真っ昼間。

 普段のあたしは学校にいる。けど今日はズル休みをした。


 和孝が鬼龍院と会っていないか確かめるためだ。


「……やっぱりあたしは合ってたわ」


 和孝と、そして鬼龍院の姿を発見し、あたしは下唇を噛む。


 二人はフリースペースで一緒に勉強をしてた。


「何楽しそうにしてるのよ……」


 あたしと勉強してる時は、全然楽しそうじゃないのに! 

 塾講師と生徒みたいな関係なのに! アッチは友達同士みたい……いや見ようによっては恋人同士にも見える。ムカつくムカつくムカつく! 


「文句言ってやろうかしら?」


 和孝はあたしの彼氏だって、近づくなって言えばいい。

 けど、結局はあたしが居ない間にまたコソコソ落ち合うんじゃないかしら? 


 どうすれば和孝をあたしだけのものに──。


 そう思考をめぐらせ、あたしはハッとした。


 あたし、何にも変わってないじゃない。

 あたしは和孝を独り占めしようとして、和孝を追い詰めた。あたし、また同じことしようとしてる……。


 その事実が重くのしかかる。


 でも、嫌なものは嫌だ。あたしは和孝の一番になりたい。


 一体どうしたら良いの……? 


「あ、そうだわ!」


 和孝には何もしなければ良いんだ。


 あたしは天啓のようなその閃きに口角を緩め、二人の勉強会が終わるのをジッと待った。そして、鬼龍院が一人になったところで距離を詰めた。


「ねえ、ちょっといいかしら?」

「はい、なんでしょうか」


 安心してよね、和孝。あなたに悪い虫はつかせないんだから!

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