エピローグ

 四月になった。

 今日から高校生だ。


 俺が拒絶の意思を見せて以降、結葉とは全く関わりを持っていなかった。

 もう二度と会うことはない。そう思っていたのだが、玄関を出ると結葉が電信柱に背を預け佇んでいた。


「か、和孝」


 彼女の前を通り過ぎる。と、名前を呼ばれた。


「あ、あのね、あたし……ずっと和孝に言いたいことあったの」


 結葉は両手をごにょごにょと擦り合わせる。


 三秒ほどの重たい沈黙のあと、彼女は長い髪を地面に当てるくらい深く頭を下げてきた。


「ごめんなさい!」


 唐突の謝罪に、俺は意表をつかれる。


「な、なんだよいきなり。顔あげなよ……」

「あたし、和孝に酷いことした。和孝を追い詰めた。最低だった。それに懲りず、恋人自称したり本当に……ごめんなさい!」


 結葉の声は掠れていて、ポツポツとアスファルトに涙が滴り落ちる。


 結葉がいなければ、俺はもっと別の中学生活を送っていたに違いない。

 彼女を許すことはできない。だが全て彼女が悪いかと言えばそれも違う。結葉の言いなりになっていた俺にも非はある。


「いいから顔あげなって」


 結葉は目元をくしくしと擦りながら、鬱蒼と顔を上げる。


「許してくれるの?」

「それはできないけど、いつまでも過去に縛られたくない。だから、もう気にしなくていいよ。謝ってくれたし、もうこれでおしまいな」

「ありがと、和孝」

「ん」


 俺は小さく首を縦に振って玄関へと向かう。


 結葉はそんな俺の背中に向かって。


「ま、また幼馴染に戻れるかな」

「調子に乗んな」


 俺は呆れたように言い放ち、高校へと向かった。



 ★



 高校は中学からは少し遠いところを選んだ。

 片道1時間弱かかるけれど、同中出身の人間はいない。もちろん結葉もいない。


 ここから俺の第二の人生スタート。

 中学の暗い過去を捨てて、華々しく高校デビューをしてやるぜ! 


「おはようございます、和孝くん」

「おはよう」


 正門のそばに咲く桜を見上げていると、後ろから声をかけられた。


 華恋も同じ高校だ。

 見知った顔が一人いるだけで、不安はうんと少なくなる。


「喘息は平気なの?」

「最近はすこぶる調子がいいです。この調子なら皆勤賞を目指せるかもしれません」

「そっか。じゃあ一緒に皆勤賞目指そう」

「はい、頑張りましょうね」


 華恋はふわりと微笑む。ちんまりと俺の制服の袖を掴んできた。


「えっと、華恋?」

「人が多いので逸れないように、です」


 桜のように頬を染めて、華恋は気恥ずかしそうに言う。


 俺は胸の奥から体温が急激に上がっていく感覚に襲われた。


「逸れないようにするなら、こっちのがいいんじゃない?」

「ふふっ、確かにそうですね」


 華恋の手を握る。彼女は頬を崩して握り返してきた。


 雲ひとつない晴天。

 明るく楽しい高校生活を暗示している。そんな気がした──。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「和孝……」


 あたしは自分の部屋の窓から、和孝の部屋の様子を伺う。

 カーテンの隙間からチラッと見える和孝は、学習机に向かってペンを走らせている。


 和孝。あたし、自分が間違ってたって認めるわ。

 和孝を独占しようって考えが間違ってた。これからは身の振り方を考え直す。


 他の女の匂いを付けてても構わない。一番は願わない。あたしは何番目でもいい。


 優しい和孝は、時間が経つにつれてあたしを許してくれるはずだ。


 いつかはあたしを受け入れてくれる。そうに違いない。


「あたし、諦めないからね」


 手の届かない距離にいる彼に向かって呟くあたしなのだった。


──────────────────


最後までお読みいただきありがとうございました。

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幼馴染に記憶喪失のふりをしたら「私たちは恋人同士だ」と嘘を吐いてきたのだが、お前にヒロイン面する資格あると思ってる? ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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