決意
目覚めてから二週間が経った。
自ら命を投げ打った立場で『不幸中の幸い』と言っていいのかわからないが、俺の外傷はひどくない。左足の骨折と節々の打撲。これと言った傷も残らずに済むそうだ。
今はリハビリをしながら、日常生活に戻れるよう奮闘している。
しかしそれとは別の問題を俺は抱えていた。
「毎日来てくれなくて大丈夫だよ。大変でしょ?」
「あたしが来たくてきてるんだから平気よ。それに和孝のお母さんは仕事で忙しくてあんまり時間作れないでしょう? 暇つぶしの相手にくらいなるわ」
あれから毎日、結葉が俺の病室に足を運んでくるのだ。
記憶喪失は嘘だった、もう二度と俺に関わらないでくれ、と拒絶するのは可能だ。
けれど、結葉は自己中心的でプライドが高い。逆上されたらどうなるか……。
「それより記憶喪失のことは本当に話さなくていいわけ? お医者さんに診てもらうべきだと思うんだけど」
「うん。話さないでほしい。母さんに心配かけたくないんだ。それとも結葉は早く俺に記憶戻ってほしい?」
「え……ま、まぁ早く記憶が戻るに越したことはないけど、焦っても仕方ないしね。あたしは和孝の気持ちを尊重するわ」
「ありがと、結葉」
俺を記憶喪失だと思い込んでいるのは、結葉だけだ。
医者に診られるのは避けたい。
「ねえ、どのくらいで退院できそうなの?」
「リハビリがうまくいけば半年くらいだって」
「そうなのね。なら受験には間に合いそうね。あ、でも中学以降の記憶ないのよね。勉強した内容も全部抜けちゃってるわけ?」
「え、あーいや、それは大丈夫そう。因数分解くらいはできる」
今は中学三年の七月。
受験は二月に控えている。
順調に回復すれば高校入試には間に合うはずだ。
「そっか。じゃあこれからは毎日あたしが勉強を教えるわ。それで一緒の高校に行きましょ」
結葉は満面の笑みを咲かせて、俺の手を包むように握ってきた。
嫌悪感で顔が歪みそうになったが、グッと堪える。
(一緒の高校なんて行くわけないだろ……)
そう──結葉と一緒の高校に行く気は微塵もない。
今、俺が考えているのは高校進学を境にした『人間関係リセット』だ。
暗かった中学生活を払拭するためにも、俺は結葉から離れて新しい地でやり直したい。しかし当の結葉がこの調子だ。どうしたものか……。
「でも結葉は頭がいいから、一緒の高校に行くのは俺には無理だと思う」
「そんなことないわ。あたしが徹底的に勉強教えるし……ん? あれ、あたしが頭いいってこと和孝に言ったっけ?」
「な、なんとなくそうかなぁって」
「なるほど。あたしって頭の良さが滲み出ちゃうのね」
バカで助かった。
「それに高校は和孝の学力に合わせるわ。無理に県内一の進学校を目指したりしないから安心して」
「そんな、せっかく勉強が出来るのに俺に合わせる必要ないよ」
「あたしと和孝は付き合ってるのよ。恋人が違う高校にいたら心配になって授業どころじゃないでしょ」
「そういうものかな」
「そういうものよ。あたしは和孝を誰かに取られるかもって思うだけで夜も眠れないんだから──って何言わせんのよバカ!」
結葉はボワっと頬を上気させて俺の肩を叩く。普通に痛くてイラッとした。
ちょっと仕返しするか。
「相当、俺のことが好きなんだね?」
「は、はぁ? そんなことない……こともないけど、変なこと聞かないでよね! 和孝があたしを好きなのであって……あたしはまぁ、それなりだし」
「俺が、結葉を好き?」
「当たり前でしょ。和孝があたしにしつこく告白してきたんだし。あたしはしょうがなく和孝と付き合ってあげてるだけなんだから」
「しょうがなく、か。それなら俺とは別れてくれて大丈夫だよ。俺、結葉のこと忘れちゃってるし、気にする必要ないから」
「……ッ! な、なに悲観的なこと言い出すのよ。う、嘘だから。しょうがなくじゃない。あたしは和孝が……だ、大好きなんだから別れるわけないでしょ! うぅ、こんなこと言わせないでよねッ」
制服のスカートをギュッと握り、赤い顔を隠すように俯く結葉。
どうしよう。全く嬉しくない。
これが他の女の子ならツンデレ的な可愛さを見出していたと思うけど、相手が結葉となるとそうはいかない。
いっそ逆上されるのを覚悟で、記憶喪失は嘘だとバラして「もう俺に関わるな」って拒絶してみるか?
いや待て。
俺は今、中学三年生。退院の見込みは半年後。
誰かの援助がなければ学力は下がる一方で、ロクな高校に進学できないだろう。
今は結葉を利用しよう。
退院すればこっちのものだ。受験先は結葉にバレないようこっそりと変えればいい。
「ん? ねえ、どうしたのよ。急に黙っちゃって」
「いや、なんでもないよ」
「ふーん。ならいいけど……」
「じゃあ一緒の高校に行くために勉強教えてくれる?」
「うん。当たり前でしょ!」
この病院で過ごす半年間が、結葉との最後の時間になるだろう。
いや最後にして見せる。その決意を胸の内に宿す俺だった。
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