第3話 鍛治屋小路さんは解放する


 『……ありがとう、ございます』


 しばらく互いに黙っていたあとで、メッセージが届いた。


 『たぶん、わたしのこと、励ましてくださったんですよね』

 『あ……や……すみません、余計なことを』

 『いえ、すっごく、嬉しかったです。それに……ヤッポンさまのこと、わたし、ちゃんと理解してませんでした。あんなに好き好き言っておいて、結局は、見た目だけだったのかもしれません』


 いろいろな意味でなんと返していいかわからず黙っていると、続けてメッセージ。


 『お願いして良かったです。どうしてわたしがヤッポンさまに惹かれたのか、わたし自身も気づいていないことを教えていただけました』

 『……う、うん……少しでも気持ち、上向きになれればいいけど』

 『……わたし、ヤッポンさまの登場シーン、二千回くらい読み込みます。一文字ずつ、刻み込みます。ヤッポンさまのお心、浸透させます。いつか、ヤッポンさまのような素敵なひとになれるように』

 『あ、それは、やめたほうが……』

 『ふふふ。本当に、本当に、ありがとうございました!』


 今後の予定を伝えて、メッセージ越しの会話は終わった。

 ベッドにごろんと転がり、ふうと息を吐く。


 相手が鍛治屋小路さんかどうかは、わからない。ヤッポンにそんな高尚な精神性など書き込んだつもりもない。

 でも……話しているうちに、自分が小説をかくこと、物語の世界でなにを本当は表現したいのかまで、だんだん浮かび上がって。


 僕の小説、ぱっとしない。人気も高いわけじゃない。でも、たくさんの物語世界のなかで、僕がいる場所は、あるんだ。間違いなく。

 僕の世界、僕がつくった世界。誰にも同じものをつくれない、僕だけの世界。


 なんだか嬉しくなって、笑みが溢れた。

 もっともっと、自由になろう。

 最初から自由なんだから。


 ◇


 翌朝。

 いつものように出社して、いつものように席に着く。コンビニで買った野菜ジュースをストローでちゅうちゅう吸う。


 明け方までがんばって執筆したので、とても眠い。あくびが出る。

 それでもこんなに楽しく書けたのは久しぶりだったから、気分はとてもいい。


 何回目かの欠伸を噛み殺したとき、鍛治屋小路さんが入ってきた。

 と、入り口のところで立ち止まっている。

 左右を見回している。

 唇を噛み締めて、ちょっと下を向き、それから勢いよく上を向いた。


 「お……お……おっはよう、ございまあああす!!」


 音程の外れた大きな声でそう叫んで、口を引き結んでどすどすと歩いてくる。

 出社している数人の同僚がみな、ぽかんと見守るなか、彼女は通路となっている僕の背中に通りかかった。僕は中腰で、呆然としている。

 鍛治屋小路さんは、ふん、と気合いを入れるように鼻息を吐き、そして……。


 ぱあん。


 「よ、にいちゃん! いいケツしてんな!」


 僕の腰のあたりを思いっきり平手で叩いて、顔を真っ赤にして。

 だけど、すごく素敵な、大きな笑顔を浮かべた。



 <了>

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鍛治屋小路さんの不可解な性癖 壱単位 @ichitan

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