第2話 鍛治屋小路さんは興奮する


 『ふらふらしているヤッポンに肩を貸して、自室に誘導する。朦朧としていて抵抗しないし、疑問も持っていないようだ。ベッドに座らせ、手を添えて寝かせる。いつも酒場の隅からじっと見つめていたその色白でふっくらした頬が、いまわたしの目の前にある。ごくり、と喉が鳴る……こんな感じで考えてますが、いかがでしょうか』

 『……ごめんなさいちょっと境界の向こうに到達しちゃってました世界が桃色です血流整いましたありがとうございますありがとうございます』


 ヤッポンとのカップリングを希望した読者さまは、ゆきりんさん、という。

 自宅に戻ってきて、いま、小説投稿サイトのダイレクトメッセージ機能で二次創作の内容についてやりとりをしているところだ。

 

 ヤッポンは、勇者パーティどころかどこのパーティにも所属できなかったあぶれものだ。身体が大きかったり力が強いわけでもなく、魔力も剣術もてんで駄目。といって悪だくみができるほどの頭脳もなく、目端も利かない。

 小金持ちの色白のぼっちゃんが酒場で小銭をひけらかして周囲にダル絡みをするという、自分で書いていても憂鬱になるほどの駄モブ、引き立て役。


 だから最初に、ヤッポンのどこが良かったんですかと、失礼を承知で直球で聞いてみた。絡ませ方、空気感を決めたかったのだ。ガチ恋ではないにしても、どこまでコメディを含めようか、と。


 『……え。どこって……ぜん、ぶ?』


 疑問符つきで返してきた。

 ガチか。マジか。


 『でも、ほとんど登場シーンなんてなかったのに』

 『わたしには見えていました。白くてぽにょぽにょのほっぺとか、ビンタされて飛んでく時にぶわんと揺れながら踊る彼のおなかの脂肪とか、ベルトが緩んで半分落ちそうになってる下穿きとか、香油塗りすぎててっかてかに潰れた髪とか、踵踏んでだらしなく履いている靴とか、あと他にも』

 『なるほど大変よくわかりましたありがとうございます』


 うん。まったくわからない。

 たぶん人類には知り得ない何かを、ゆきりんさんは見ておられる。


 その後もしばらくゆきりんさんのヤッポン愛に関する長文のメッセージを拝読することとなり、本題に戻れたのはやりとりの字数にしておよそ二万字ほどが経過したのちだった。

 こちらからシチュエーションについていくつか質問し、案はすぐ返ってきたから僕は少し時間をもらって考えていた。

 と、ふいにゆきりんさんがメッセージを送ってきた。


 『……あの……ほんとは、わたし。ヤッポンさま、見た目から入ったわけじゃないんです』


 だよね、とは思う。


 『そうなんですね。きっかけ、なんだったんです?』


 問いかけると、しばらく迷うように時間が空いて、ぽこんとメッセージが届いた。


 『……わたし、会社で、うまくいってなくて。喋れないんです。怖くて。話したい、って思ってるのに、いざとなると足が震えて……今日も、大事な用事で上司のところ行ったのに、声をかけられなくて、助けてもらっちゃいました。ほんと、駄目、なんです』


 え。

 画面の前で声を出し、僕は固まった。

 昼にメッセージを送ったとき、鍛治屋小路かじやこうじさんのスマホ、鳴っていた。真っ赤な顔で、画面を見つめていた。

 ひょっとして、いやまさか、と思っていたけれど……。

 確認すべきか考えているうちに、新しいメッセージが着信した。


 『……たぶん、わたし、羨ましかったんだと思います』

 『……なにが、ですか……?』

 『ヤッポンさま』

 『……はあ』

 『主人公たちみたいに、特技があるわけでもない。力も魔法もなんにもない。なのに、堂々としていて、毎日を楽しんでいて』

 『……堂々、というか、なんというか……』

 『酒場の女の子にだって、ちょっとやり方はあれだけど、臆さずにアタックして。いいな、楽しそうだな、って。自分の駄目なところ気にしないで、気楽に過ごせるのって才能だなって。それがきっかけです』

 『そう、なんだ……』


 まあ、たしかに……見方によっては、ビビらず臆さず、なんにも気にせず日々を楽しく暮らす、羨ましい人生にも思えるかなあ。

 でも……うう。ちょっとだけ、違う、気もする。

 わざわざ言うことじゃない……かな。

 だけど、鍛治屋小路さんの顔を思い浮かべながら言葉を交わしていると、今日、係長の背中で泣きそうな顔をしていた彼女を目の前にしていると思うと。

 

 『あの……気に障ったらごめんなさい』

 『……はい』

 『ヤッポンが気楽、なにも気にしていないっていうのだけ、ちょっと、違うかも、です』

 『……え』

 『ヤッポンは、たぶん、全部わかってます。自分に何もないことを。みんなに疎まれて、軽く見られていることを』


 ゆきりんさんは、黙っている。


 『それでも、ヤッポンは、恐れていないんです。自分を……ほんとの中身を、誰かに見せることを。晒すことを。それはきっと、主人公たちもみんな、でこぼこがあるってわかってるから。そのでこぼこがあるから、物語が成り立っているってわかってるから』


 自分でもなにいってんだ、ってなってる。

 ヤッポン、そんなに深いやつじゃない。

 作者が言うんだから間違いない。


 でも。

 僕は、たぶん。

 ヤッポンの話をいま、しているわけじゃないんだ。


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