鍛治屋小路さんの不可解な性癖

壱単位

第1話 鍛治屋小路さんは語らない


 パソコンから目をあげると、斜め向かいの係長の背に、鍛治屋小路かじやこうじさんが立っていた。

 泣きだしそうな顔だ。


 「係長、後ろ……」

 「おお」


 声をかけると、係長はびっくりした表情で振り返った。静かに背後に立った鍛治屋小路さんに気づかなかったらしい。書類を受け取り、さんきゅ、と手を上げて、また前を向く。

 彼女はその背に頭を下げ、ついで僕の方を見て、硬い笑顔で黙礼し、席に戻っていった。

 いい加減、慣れてもいいころだと思うんだけどなあ……。


 鍛治屋小路ゆきなさん。

 先月、営業部からこの業務部に異動になった彼女は、この春に入社したばかり。半年足らずで異動になったのだ。

 原因は、人見知り。

 もともとの性格らしい。大学のときはそう目立たなかったけど、会社に入り、営業としてお客さんを回るうちに、小さな失敗を重ねるたびに、だんだん声が出せなくなっていったそうだ。そうしてついに、営業部から見切りをつけられた。


 業務部は、書類とパソコンを相手にする仕事がメインだ。鍛治屋小路さんはそういう仕事はとても上手にこなすし、メールの文面も丁寧で好感が持てる。取引相手からの評判もとても良い。

 でも、やっぱり人との会話はうまくいかない。努力の姿勢がよくわかるので、見ているのが辛くなる。

 なんとか早く、慣れてくれれば……。


 書類とメールをいくつかこなして、資料を作っているうちに昼になった。

 みな立ち上がり、近くの食堂に出かけたり、コンビニに何かを買いにゆく。部屋に残っているのは数人ほど。

 僕はううんと伸びをして、買っておいたおにぎりを取り出した。


 食べながら、行儀わるくもスマホを開く。

 いつものアプリを立ち上げる。

 とある小説投稿サイトの編集アプリだ。

 自分の作品、というところをクリックすると、いま書いている小説のタイトルと、今日の閲覧数、お気に入りの数が表示された。

 ……おお、まだお昼なのに、百人くらい来てる!


 <雑草でも抜いてろと追放されてひたすら抜いてたら魔草だったのでいつの間にか規格外の魔力を溜め込んでいた件〜今さら頭を下げられたって世界は救いませんよ?〜>


 タイトル、長い。

 いいんだ。これが受けるやつなんだ。

 まあ、受けるといっても、一日で三百回ほど読まれたのが最高記録だけど。何千とか何万とか、神の如き異次元の方々とはレベルが違う。

 ただ、最近は伸び悩んでいたし、タイトルはともかく中身までいわゆるテンプレートに収まるのが納得いかず、殻を破りたくて悶々としているところだ。


 それで昨日、ヒントを探す意味で、あとがきで宣伝を打ってみた。

 この小説の二次創作、あなたの希望どおりに書きます。面白いなと思った一名さま限定、希望者はコメントで!

 今日の盛況は、この宣伝のおかげだろう。もう何件か、希望者がいる。ふふふ、と小さく笑いながら、僕はコメントを読んでいった。


 そうして、あるコメントまでたどり着く。

 僕はお米を噴射した。


 『こんにちは。いつも楽しみに読んでいます。もしよろしければ……ヤッポンさまとわたしのカップリング、書いていただきたいのです』


 咳き込みながらお茶を飲み、もう一度文面を読み込む。目を擦る。

 間違いない。ヤッポン。


 主人公が追放される第一回の冒頭、パーティ一行が入った酒場でエルフの女給のおしりにタッチして強烈なビンタをもらい、カウンターまで吹っ飛ばされたあげくに、パーティに八つ当たりで絡んでいって外に蹴り出される役回りの、残念なモブ。


 え、え、なんで。マジで。

 というかよく名前覚えてるなこの読者さま。ビンタされるときに、やめてくださいヤッポンさん、って言われただけなのに。

 しばらくスマホを握って考えていたが、まあ即決だった。

 

 『コメントありがとうございます。あなたの案、採用させていただきます! ヤッポンとのカップリング、とても意外でしたが面白そうですね。このあとメッセージでやりとりさせてください』


 たたた、とそう書いて、送信ボタンを押す。


 ぴろりん、ちりん。


 送信と同時に、静かな事務所内のどこかで、聞き慣れた音。いま使っている小説投稿アプリのメッセージ着信音とよく似ていた。

 ん、と思い、顔を上げて見回す。


 隣のデスク島の向こうで、鍛治屋小路さんが顔を真っ赤にしてスマホを見つめ、手で口を押さえていた。


 


 

 

 


 


 

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