それから

私は自宅に戻ると三日間引きこもっていた。冷蔵庫にあった物を食べ、トイレに立ち、シャワーを浴びるだけ。それ以外は何もしなかった。朝6時半頃、近くの公園の蝉が鳴き始める。シャワーを浴びると目に見えない全身の傷に沁みた。ユニットバスの排水口には蝉の細かな足が四度目のシャワーの時も流れていった。オナニーをすると最後にあの味を思い出した。私は蝉拾いの男に囚われた。


三日目の昼にようやく鍵をかけていない玄関の扉が開いた。スマホにたくさんメッセージや着信があったことをわかっていて、でも返事を書こうにも手につかずいよいよ心配した誰かが訪ねてくるのを待っていた。私はその扉から救いがやってくる信じていた。


「生きてた!もう心配したんだよ」


彼女は二人分の昼ごはんが入ったコンビニ袋を下げていた。「あがっていい?」とわざわざ尋ねてから靴を丁寧にそろえている。


この三日間のほとんどを過ごしたしめっぽい寝床から立ち上がって狭いワンルームの玄関へ、彼女の元へと向かった。


「何があったの?」と尋ねる彼女に「そこに置いて」とコンビニ袋やカバンを置かせて私は彼女を抱きしめた。


「こっち来て」と手を引くと彼女は私のベットに素直に来てくれた。私はすぐに彼女の着ているものを全部脱がせて、彼女も戸惑いながらも私の服を脱がせようとしたが待ちきれなくて自分で脱いだ。


「どうしたの、なにかあった?」


利発な彼女に向けて剝き出しの欲をぶつけることが出来なかった今までの私はもうどこかへ行ってしまった。まだ死の海を漂うこころがそうするように命じていた。


彼女をベットに寝かせ、一度馬乗りになって彼女をじっと見てから覆いかぶさった。自分の体を出来うる限り押し付けて体のすべてを密着させた。胸筋だとか肩の骨だとか男根だとか、体の突起を全部ないものとして彼女に密着しようとした。あの死の海から生還した私はこの時やっと安心した。あたたかかった、柔らかかった。


その時近くで蝉が大きな声で鳴いた。性欲を喚き散らして鳴いていた。私の口内にまたあの味がした。


私は彼女の首筋に汗が光るのを見て唇を這わせて舐めとった。塩味のある彼女の味がした。生きた味に私はまた安堵した。彼女は聞いたことのない声をあげていた。ただ首筋を舐めただけで体をよじって猫のように鳴いた。哺乳類の性感だった。私はまた安堵した。


そのあと私は夢に描いた体験をした。彼女とすべて混ざり合って、果てた。


「なんかすごいね」


私の汗をかいた太ももに手を這わせて彼女は言った。その手は徐々に男根へと向かって硬くした。利発で大人しい普段の彼女とはかけ離れた姿だった。手は硬さを擦り合わせ楽しみながら根元の方へと降りてゆき今まで触れたことのない睾丸やさらに後ろの方まで進んだ。私はそこを初めて触られた。ただ頭の中を欲で満たしている時だった。


「えっ」


彼女の手は動きを止めた。で何かを見つけて、まだありあまる欲のために密着した二人の眼前へと持ってきた。


彼女の指先に挟まれた昆虫の小さな足先。


「なにこれ?」


彼女は"不思議そう"にではなく私を責めるように言った。私は何も答えられなかった。


「ねえ、浮気した?」


今でもこの言葉が頭の中で何度も響くが答えを出せていない。私はあの時、蝉達や男におかされたのかもしれない。彼女は続けた。


「二回目で慣れたからすごいのかと思ったけどやっぱり変だよ、なんていうか」


その時また蝉が鳴き出した。


「そう、蝉みたい」


私は彼女と別れた。私はそれからセックスが良い。他の女性と関りを持っても皆が精根尽きるまで求めてくれる。そんな時、私は自分の腰つきや声にいつも蝉を見つけてしまう。


死んだ蝉は私に生きているものとの最良の接し方を教えてくれた。言葉や力学ではなく拭えない渇望を植え付けた。私はいつだって心の底から人を求めて受け入れる。だがその時には、うまくいけばいくほど、蝉の死にまみれて見た蝉拾いの男の燦々輝くほほ笑みを思い出す。


蝉拾いの男は私のセックスを良くして平静を奪い去ってしまったのだった。

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蝉拾いの男 ぽんぽん丸 @mukuponpon

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