6.仕事の時間だ
あの日の夢から
その後の顛末について話そう。
柳生校長先生は任期が終わるタイミングで退職する意志を表明した。そもそも今年が定年退職の時期だったので、あまり長いこと校長を務める気はなかったようだ。
逆に言うと、今年は先生が校長でいられる最後の年だったので、体育祭について彼も焦っていたところがあったのかもしれない。最後の体育祭をしっかり見届けたい。その想いがあの暴走に繋がったのだ。
柳生校長の引退が決まった後。
新聞部の部室におそろしいことが起こっていた。これにはさすがの岩田先輩もびっくりしていた。
体育祭の象徴にして生徒の憧れ、総務長。
九人の英傑。
その全員が新聞部室に押し掛けたのだ。
「生徒会にかけあって鍵を直してもらったぞ」
これは
「どこかの誰かさんがスカートの中覗かなくなるから安心ね」
岩田先輩がそう鼻を鳴らすとリシュー先輩が「俺はそんなことしねぇぞ」と返した。「どうだか」岩田先輩は素っ気ない。
「礼を言いに来た。お前たち新聞部には何から何まで助けてもらった」
「ありがとうな。本当に助かった」
「世話になった。この恩は忘れない」
そうつぶやいたのは三騎士の面々。髪色はもう元通り。黒に戻ると何だか三人とも好青年といった雰囲気でとてもよかった。かっこいい。人気が出るのも頷ける。
「来年の入部希望者増えるように、宣伝いっぱいしとくね。ねー、黒澤くん」
「あ、うぃっす……」
あの一件でインフルエンサーと化した金和さんと、ネガキャンが行き過ぎて逆にファンが増えた黒澤さん。二人は私たち新聞部の宣伝をしておいてくれるらしい。にしても、黒澤先輩の気まずそうな顔と言ったら……可笑しい。何だかんだ愛されキャラなんだろうな。だから総務長になれたんだ。
「俺たちはこの経験を語り継ぐようにするよ」
これは、山沢先輩と藍崎先輩。雨降って地固まり、すっかり仲良しになれたようだ。
「総務長の引継ぎノートにしっかり今年の出来事を記しておく」
引継ぎノート。各パートのリーダーが次期リーダーに向けて共有しておく仕事のイロハである。仮装のパートリーダーには仮装のパートリーダーの、総務長には総務長の、代々引き継がれているノートがある。どうも山沢先輩と藍崎先輩はそれに私たちのことを書いておいてくれるらしい。
「本当に、ありがとうな」
最後に。
そうつぶやいて、リシュー先輩の肩を叩いたのが園江先輩だった。どうしてだろう、彼は少し声を震わせていた。
「たくさん、迷惑かけた」
「いや、俺が首突っ込んだことっすから」
リシュー先輩が笑いながら返す。しかし園江先輩は終わらない。
「俺、お前のこと守り切れなかったのに……悪かった」
「約束通り花生は守ってくれたじゃないっすか」
「守るってほどのこともしてねぇんだ。ただ発破をかけて、その……」
私が、体育祭の閉会式で校長先生を告発した時。
暗躍してくれたのが園江先輩だった。彼は放送部や体育祭実行委員に声をかけて、私が告発する下準備を整えてくれた。放送部のアナウンサー、
「俺、知ってますよ。花生の告発の面倒を見てくれたんでしょ。俺との約束通り……花生を守ってくれたし、花生の面倒を見てくれた」
リシュー先輩はニカっと笑った。
「後輩との約束を守り抜く。さすが総務長!」
そこで男子二人、熱い抱擁が交わされる。友情の証なのだろうか。バシバシと背中を強く叩いている。
と、目線を横に逸らすと金和先輩と岩田先輩が「はわー」という顔で、抱き合うリシュー園江コンビを見つめていた。何を思っているのかは知らないがふしだらなことを考えているに違いない。
「せっかくですし、今からパーティでもしましょうか」
岩田先輩の提案。即座にダブル鈴木の吉高先輩が続く。
「おっ、秘蔵のコーラ出しちゃうか?」
「秘蔵のコーラ?」
辰人先輩が首を傾げる。
「何だそれ」
すると吉高先輩が誇らしげに返した。
「実はよぉ、夏休みの間三年の教室に置かれている冷蔵庫やら何やらの家電、しまってある倉庫があるんだけどよぉ。あそこ実は電気引いてあるんだよね。だから一番でかい冷蔵庫に飲み物とかお菓子とか入れて冷やしてあんのよ、俺」
「……一番でかい冷蔵庫ってうちのだろおめぇ」
「ひっ、すんませんしたぁ……」
「まぁ、掃除するんなら許す」
「はいっ、手入れしときます……」
さて、そういうわけで。
吉高先輩が持ってきた飲み物と、お菓子で。
パーティの、始まり始まり。
*
今年入学したばかり、釣り上げられた魚もかくやと言わんばかりのピチピチ女子高生である私の、親愛なる先輩にして新聞部副部長、そして伝説の幽霊部員でもある
さて、そんなリシュー先輩は私の
失礼。自己紹介が遅れた。私は
さてこの日、私たちは新しく部活として設立された競技かるた部の取材に行く予定だった。例によって購買部横の昇降口でリシュー先輩と待ち合わせる。しかし待てど暮らせどリシュー先輩がやってこない。取材時間五分前になってもやってこない。部室集合ではなくここに来いと先輩自ら連絡してきたにも関わらず、はて。
……あんの馬鹿、また『H2』読んでるな?
電話をかける。LINE通話。しかし出ない。もう一度かける。やはり出ない。メッセージを送る。〈仕事ですよ! 取材ですよ!〉。しかし既読すらつかない。そもそもアナログ派のあの人のことだ。スマホに電源を入れているか、それどころか今朝スマホを持って家を出たかさえ定かじゃない。自分の帰宅時間を調べるためにポケット時刻表を持っているような人なのだ。もしかしたらGoogle検索もできない可能性さえある。
仕方がないので私は猛ダッシュで第一体育館を目指す。新聞部部室は第一体育館下、格技場の裏手にある四つ並んだ文化部室の内の一つだった。昇降口からアクセスするのはさほど手間ではないとは言え、急ぐのであれば階段をそれなりの速さで下りる必要がある。そして私は恥ずかしながら、階段を上るのは得意だが下りるのは苦手だ。走って下りると足が絡まる。なので手すりに手を置きながら、慎重にだが急いで、階段を下りて新聞部室前に駆け付ける。
「コラ! リシュー先輩コラ!」
ドアをぶん殴る。しかし応答はない。私は一度ドアノブを見てから、鍵が開いていることを祈って強くそれを握る。するとそれはあっさり開いた。中には椅子を二つ並べて簡易ベッドのようにして眠りこけているリシュー先輩がいた。
バシッと額を引っ叩く。
「いたっ」
阿保ちんが起きる。
「取材ですよ! もう、何寝てるんですか!」
「マジ?」
リシュー先輩が体を起こす。
「どうして起こしてくれなかったの?」
「今起こしたでしょうが! だいたい待ち合わせ場所指定するならちゃんと来てください! そもそもあなたは記者としての自覚どころか先輩としての……」
「わーったわーった! 悪かったって!」
立ち上がるリシュー先輩。ぐいっと伸びをして新聞部の腕章をつける。
「行きますよ!」
さて、私たちの仕事の時間だ。
ただ、私には気になっていることが一つ、ある。
つい先月開かれた体育祭。
その後のこと。
――まぁ、聞かなかったことにしてやるよ。また後日、俺の方から言うわ。
その「後日」がまだ……。
「ああ、そうだ、花生」
大欠伸をしながら、リシュー先輩。
「この間『後日』って言ってたことなんだが……」
「は、はぁ?」
私は思わず大きな声を上げてしまう。
「『後日』の件ってあれですか? 私が、その、す……」
「『好き』とか何とかって話……」
「わー! わー! わー!」
私は叫ぶ。
「い、今ですか? 今この空気で言うんですか?」
するとリシュー先輩は目を丸くして。
「おお。それもそうだな」
と、私をそっと抱き寄せて。
後頭部に手を置いて、顎を軽く私の頭に置いて。
彼の匂い。厚い胸板。
それを感じさせてから、ポロっと一言。
「じゃ、後でな」
そう、笑った。
悔しいー! 何で! 何でこんなことで私の心臓は!
「行くぞ、花生」
リシュー先輩が歩き出す。
「仕事の時間だ」
『あの言葉は胸にあるか』 了
あの言葉は胸にあるか 飯田太朗 @taroIda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます