第2話 表明

 人生に絶望して投身自殺し、この異世界へと転移した俺……タツキと、敵国軍人を皆殺しにし世界大戦を終わらせるという野望を持った生物兵器・サラマン。

 その二人の行く手を阻むのは、『魔獣』と呼ばれていた、角の生えた熊サイズのオオトカゲ。『魔獣』ってなんなのさ、とすぐに質問したかったところだったが、二匹が繰り広げる殺気のぶつかり合いで言葉が喉元から出ようとしない。


「なんだ、怖気づいたか?……んじゃ、俺から行かしてもらうぜ」


 すると、オオトカゲを制止するように掲げていた右手から、粘性の強い透明な液体がじわじわと分泌される。


「俺はファイヤーサラマンダーっつうイモリの生物兵器だ。こいつは耳下と背部に集中した毒腺から毒液を発射するんだけどよ、俺はその毒腺が全身に備わってる。……して、ソウ属性魔術で原子をいじって、毒液の性質を可能な範囲で変幻自在に変える……」


 すると、空気を読まないオオトカゲが再びこちらへ突進してくる。サラマンはそれに一切動じず、右手の手のひらから粘性を……発射する。野球ボール程の塊を形成する粘液の塊は、大砲の如く勢いよく発射された後、オオトカゲの右目へと着弾する。


「これが俺の『能力魔術』……『侵食する劇毒』だ」


 そう言って、サラマンは後ろを振り向きフロントガラスがバッキバキに割れた車の方へ歩……いや、這いずっていく。オオトカゲは大丈夫なのか、と振り向くと……白い頭蓋骨を露呈させたトカゲの死骸が、砂利道に倒れ伏せていた。サラマンが放った毒液は、とてつもない強酸性の液体……腐食液へと変わり、オオトカゲの血肉を見るも無惨に溶かしたのだ。これで生きている方がおかしい。


「どうだ?エンジンつくか?」


「……はい、エンジンはやられてないみたいです」


「おーいタツキ、また『魔獣』が来るかもしれねぇから早く車に乗れぇ」


 車を運転していた男とサラマンの会話を聞いて、俺は急いで車に乗る。


「……で、どうだ?俺の魔術は」


 機能しなくなったフロントガラスを横目に、窓から顔を出し前方を確認する白人の男と運転を代わったサラマン。どうだった、と聞かれても……聞きたい単語がありすぎて言葉が出ない。「あっ……すごかったっす」とかの薄い感想しか浮かび上がって来なかった。


「そういや、お前外界人だから『魔獣』とか『能力魔術』とか知らねぇよな?」


 質問したかったことをダイレクトに質問される。俺は首を縦に振りまくった。さながらヘドバン。


「……よし、目的地まで2時間かかるからよ、それまで説明回にすっか」


 受け取りようによっちゃあなんともメタい発言。俺は心を落ち着かせて、サラマンの話に耳……というか脳を傾ける。


 まずは『能力魔術』。魔術には、火・水・風・土・電・操・光・闇の8つの属性があり、訓練すれば複数の属性の魔術を習得することができるものの、人によってどの属性の魔術を扱うのが得意か全く異なるという。

 その為、複数の魔術を組み合わせたり、放出後に新たな性質を付け加えたりすると、その差異も多かれ少なかれ無限に広がる。それが『能力魔術』。簡単に言えば自己流にアレンジした魔術のことらしい。


 次に『魔獣』。一言で言うと、魔力の大量摂取で身体が劇的な進化を遂げた生物。

 この世界に生息する生物は、俺がいた世界の種となんら変わらず、強いて違いを挙げるなら、秘髄を持っていたり生息地が違う程度らしい。

 そして魔力を司る器官……秘髄には、魔力を扱える量の上限があり、含有魔力量がそれを越すと、脳が魔力を大量消費しようとして、異常な進化が起こってしまうという。これを『狂化』という。魔獣は人間にしか扱えないはずの魔術を本能的に使用し、狂化による激痛に苛まれ見境なく人間を襲う程に凶暴。当然害獣扱いされており、サラマン達はあの森に生息する魔獣の討伐にきたという。ちなみに、知能の高い生物程狂化するリスクは少なく、無脊椎動物、植物、そして人間の魔獣は未だに確認されていないという。


「そして、狂化を人為的に起こして軍に逐一改造されて生まれたのが、俺ら生物兵器って訳だ。言い方を変えりゃ、俺も魔獣ってことよ。……ま、獣共とは違って、人間並みの知能はあんだけどな」


 そういうサラマンの顔は、どこか悲哀に満ちていた。


「俺ぁ生物兵器として生まれたからよ、当然戦場に駆り出されて、毒で人間を大勢殺す。それが兵器の使命だからな。軍は俺を無尽蔵の兵器として扱ってこき使う。でも……俺には意思がある。俺も休みてぇ。人並みに扱われてぇ。20年前までは、その現状になんとも思わなかった。」


 段々と沈んでゆくサラマンの表情。


「……だが、その使命を破って無差別テロを決行した"同僚"がいた。カタギも軍人も無差別に殺すアイツを助長する訳じゃねぇが、"使命からの開放"を求めるその執念に感化されちまった。俺の……いや、世界の自由を勝ち取る為なら、戦争の関係者はいくらでも殺す。決して誇れるもんじゃねぇけどよ、これが俺のポリシーってヤツだ」


 俺は言いたかった。

 それほどまでに強い信念を抱くアンタが自身を否定するな、と。


 何度も言うが、俺はイギリス人の父と日本人の母を持つハーフ。1歳差の妹がいたが、俺が6歳の頃に起きた震災による津波によって消息不明となってしまった。その翌年にイギリスへ出稼ぎに行っていた父も行方不明となり、俺は母の地元である東北地方のたいして都会じゃない市街地で、母方の祖父母と共に"平和"に暮らしていた。

 俺は普段から暗い性格で、運動より読書のが性に合い、小学校の時からすぐに陰キャグループに属することとなった。とは言っても、陽キャを毛嫌いする斜に構えたタイプではないし、むしろ親友である近所の同級生が陽キャだったこともあり、ダークサイドには堕ちずに小・中の学生時代を難なくひっそりと過ごした。

 だが、その可もなく不可もない人生に甘んじていた俺は、いつしか闘争心、向上心というのを忘れ、競争を避ける恐ろしく気弱な人間へと成長した。その結果、勉強を怠り、学期始めには合格圏内だった進学校に入ろうとするも不合格。滑り止め受験していた学校にも落ちていた俺は、人生に絶望してマンションの屋上から飛び降りた。

 己の能力を過信した、天狗野郎の最期にはお似合いだ。

 社会的平和の中で"生きながらえていた"俺は、社会に出る事すらなく生涯をドブに捨てた。


 そんな俺に比べたら、サラマンは立派な人間だ。人生を成り行きで消費し希望を棒に振った俺とは違い、使命に縛られる人生から脱却しようと今もがいている。


「誇れるよ。だってアンタは……今を真面目に生きてるから」


 すると、サラマンが耐えるような不思議な笑い方をする。


「……ククク!俺が真面目、ねぇ……!」

 

 ひとしきり笑った後、サラマンは溜息をついて再び語り始める。


「……まずお前には、ラグマルク国軍生物兵器統率部隊『アイデクセン』に入隊してもらう。要するに俺ら生物兵器の手下だ。そして、『星の揮棒ステラ・タクト』っつう、軍が優秀な魔術師に譲渡する道具の7代目継承者になって、アイデクセンの指揮官を目指せ。これが、お前に課す最低限の目標だ」


「そんな大層なものを俺みたいなヤツが扱う資格なんて……」


 俺の最大の欠点である、自己嫌悪が発動する。その『星の揮棒』という物を受け継ぐ適任者は、絶対俺以外にいるはずだ。なのになんで……


「ない。微塵もない」


 サラマンははっきり言い切る。

 ……その次に出た言葉も。


「だから、お前の手で掴み取れ。実力で周りを黙らせりゃ、誰も文句は言えねぇぜ」


 彼は満面の笑みを浮かべていた。

 

 これが、俺がサラマンについて行こうと心から思った瞬間だ。


「……見えてきたな、あれがラグマルクの首都……セルゲイだ。アイデクセンの基地も近ぇぜ、心の準備しときな」


 全世界を揺るがす大戦、そのスタートラインに俺は立った。

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