第6話 立ち塞がる大蛇

 ……ラグマルクの南にあるマーシャル帝国、その国境にある砂漠地帯。ラグマルクとマーシャル、両国は古の時代から仲が悪く、国境間であるウルー砂漠では、紛争が絶えない。

 その為、国境には防壁が建てられているのだが、つい先月、マーシャル側が南東国境の防壁を破壊して侵攻してきた。


 通常なら、人間兵達によって3週間程で鎮圧されるはずだったが、紛争が終結した直後にマーシャルが1体の生物兵器を導入。戦争規模が大きくなった為、ラグマルク側も生物兵器を出撃させることになったという。

 

 曇り空の元、海原のように広がる砂漠、そして銃を持ち武装した人間達。

 砂塵から目を護るための分厚いゴーグル、ベージュ色の迷彩服、そして形の変わらない銃。個性という物を完全に消し去った、気味の悪い軍隊。マーシャルの一小隊と思われる兵士達が皆、銃口を一点集中させる。

 その中心にいるのは、ラグマルクから投入された生物兵器……サラマン。


「そんな大軍で挑んで……勝機があるとでも思ってんのか?」


 その直後に号令がかかり、弾丸が不協和音を奏でながら一斉に放たれる。そして、暗幕がかけられるように、大量の砂塵が両者達を覆う。


 相手……マーシャル軍の兵士達は、銃を下ろし始めた。それが、勝利を確認したか、はたまた己の死を察したからか、理由は分からない。そして、眼前に広がる見飽きた光景……飴玉程の透明な粘液の弾丸が、彼らの元へと返って行く。


 サラマンの能力魔術『侵食する劇毒』。強酸性の腐食液を纏わせた両腕を、内から外へと振り払う。操魔術の念力によって小さな球体へと分けられた粘液は、扇状に分散する無数の透明な弾丸となって発射される。これが、サラマンの得意攻撃である『酸の弾丸』。


 貫かれた者達は、皆断末魔を上げて服を、身体を、頭をアイスクリームのように溶かしていく。中途半端に溶け絶命する者もいれば、顔がほとんどなくなっているのに未だに動いている者もいる。彼らに共通していた感覚は、激痛。


「あーあ、せっかくの銃が台無しだな」


 砂の上に滴る溶解液の上から、肉塊を手でどけながら前へと向かって行く。 


「なん……て……残酷……な」


「あー?お前らも同じ事をしてきたんだろ?戦場に慈悲なんてあるわけねぇっつーの」


 左腕が溶けゆく兵士の頭に、指鉄砲を突きつける。


「やれやれ、無様無様。人間が生物兵器に勝てる訳ねぇって知らなかったのか?地獄で仲間に教えてやんな」


「我々は死後……"輪廻"へと……辿……」


「あっそ」


 指先から水滴が放たれる。


 ウルー砂漠南西、マーシャル軍の本陣の仮設テントの中。ベージュの迷彩服を着た軍人達が、鳴り止まない通信に右往左往する。


「伝令!第2部隊、ラグマルク歩兵隊並びに生物兵器『嫉妬エンヴィアス』と交戦し全滅!」


「40人いる小隊をこんな短時間で全滅させるとは……!」


 生物兵器が戦争に導入されて40年、複数中隊……400人に匹敵する兵力を持つ生物兵器に人間が敵わないことは、自明の理だった。だが、国の繁栄、栄誉がかかっている兵士達は、そんな怪物とも戦わざるを得ない。


「敵歩兵隊と銃撃戦の末、途中参戦した『嫉妬エンヴィアス』によって一掃されたとの報告が!」


「こちらの生物兵器の到着はまだか!」


「ただいま『梵行ブラフマカル』を連れた第3部隊がこちらに向かっておりますが、ラグマルクの戦車部隊に足止めを食らっています!」


「こちら第5部隊!生物兵器『怠惰スロウアー』と遭遇!壊滅的状況です!」


「おのれ……!トカゲ共が……!」


「伝令!こちら第4部隊、サラマンと交戦中に敵が」


 5秒の沈黙。


「……第4部隊!?どうした!応答せよ!」


「……」


「第4部隊!応答せよ!第4部隊!」


「……こちら第4部隊、お前らもリンネに招待するぜ」

 通信から流れてきたのは、忌まわしき兵器の声だった。


 一方その頃、タツキは、アイデクセン基地にてリリアと魔術訓練をしていた。


「ここッ!」


 叫んだタツキは、リリアの出した黒い球体を潜り抜けながら、揮棒から強風を放つ。勢いよく吹き抜ける風は、間一髪で仰け反ったリリアの眼前を通り抜ける。


「おっ……と、もっと速度を上げて」


 リリアはすぐに体制を立て直し、3つの球体をタツキに向かって発射する。目にも止まらない速度でこちらに近づく球体、1つ目と2つ目は避けることができたが、3つ目のが右足のくるぶしに直撃する。


「いっっっっ!」


 右足を襲う、火傷のような痛みとそれに反するような倦怠感。闇属性エネルギーの性質である、魔力生成並びに細胞活動を阻害する効果が働く。脱力するのではなく、痺れたような感覚によって命中した部位付近がピクリとも動かせなくなる。

 それを見たリリアが近寄ってくる。


「あーあ、また当たってんじゃん。いい加減避けられるようになりなよ」


 訓練を初めて2週間、俺は下段風魔術……とまではいかないが、一般人よりかは魔術を扱えるようになった。最初は魔術訓練と言われたのに、いつの間にか回避の方法も教えられ、本格的な戦闘訓練へとなっていた。

 そんな中、「肉体が追いつけない」と嘆いていたところ、俺の運動神経の無さを見かねたヅォルンから、「俺が体力つけてやる」とか言われ、アイデクセンの体力錬成訓練に毎日強制参加させられている。学校へ毎日登校していた時の辛さとは比にならない程の疲労が溜まっていく。


 ……が、それを苦と思ったことはない。それどころか兵士達との交流が増え、最初はよそよそしかった彼らの輪に入って仲良く談話できる程には距離が近づいた。ちなみに、自分が外界人であることはまだサラマン達以外には暴露してはいない。


 ……とまあ、俺の第二の人生は今のところ、好調であった。


「魔術使うから大人しくしてて」


 そんなリリアは、第2の能力魔術『抱擁の月光』を発動し、怪我をした俺の足に薄暗いエネルギーをかける。この魔術は、先程説明した闇属性エネルギーの持つエネルギー生成阻害効果を利用し、対象にかかる苦痛を極めて薄い闇属性エネルギーで上書きする、という今までにない治癒用途に使う闇属性魔術らしい。ちなみに、リリアはこの魔術についての論文を魔導学会で発表した所、他国からも注目を浴びる程の称賛を得たそうな。


「んーでも、射撃力は格段に上がってきてるね。放出後の軌道変えも出来てるし、段位習得もそう遠くないかも。思ってたよりは順調だよ」


 表情一つ変えずに珍しく褒め言葉を言うリリアに、心を揺さぶられる。異世界にもツンデレは存在したのだ。増してや女性と話した経験がほとんどない俺からすれば、この胸のトキメキは致死量に値した。

 処置が終わり、何かに気づいたリリアに「うわキモ」と罵声を漏らされた後、再び"立ち"上がる俺。すると、その間に1つの大きな影がこちらに近づいていた。


「おうガキ共。仲良くやってッか?」


 ヅォルンが前脚で歩きながら俺の隣に座る。ここに来て2週間経ったが、ヅォルンとは未だに打ち解けてない。リリアとはタメ口で話せるくらいには(おそらく)距離が近づいた(はず)だが、ヅォルンとは未だに敬語を使ってしまう。


「ヅ、ヅォルンさん!お疲れ様です!」


「リリア、コイツの進捗はどうだ?」


 俺を無視するヅォルン。彼はとても気難しい性格で、今の今まで怒号または無視でしか会話をしたことがない。


「思ったよりは飲み込みが早いね。あと1週間くらい訓練すれば下段風を習得しそうだけど」


「そうか。ンなら、コイツに任せても問題ねェな。……来な」


 そう言って、ヅォルンは無理やり俺の右手を引いてどこかへ移動する。彼の人間離れした握力で掴まれた腕が千切れそうだ。彼に身を任せて倉庫内を進んでいると、入り口付近にある小さな白テントの前で止まる。中へ入ると、数個並べられたパイプ椅子に、そこそこ位が高そうな軍服を着た3人の兵士……上官達が行儀悪く座っていた。ヅォルンと俺は彼らの近くで足の動きを止める。


「おう、コイツ連れてッてもいいか?」


そう言って俺の方を親指で指す。


「そいつは誰だ?」


「コイツはウチの新入りでな、"戦闘"見学ついでに人員の足しになってもらいたいからヨ」


 戦闘見学……?ヅォルンの言おうとしていることを何となく察した俺は、とても危惧した。すると、座っていた上官が立ち上がり、近くにあったホワイトボードに複数枚の大小のがする資料を貼り付けだす。


「これがベリル平原で発見された魔獣……クエイクバイパーだ」


 ……俺が勝手に参加させられたのは、魔獣討伐作戦への同行、戦闘見学だった。そして、その討伐対象はクエイクバイパー。ヨーロッパクサリヘビが狂化した魔獣で、全長は16メートル、「砂岩を生み出し操る」という中段相当の強力な土属性魔術を使ってくるという。

 戦争でマーシャルに赴いている他の生物兵器達に代わりヅォルンが討伐に出動することになったが、クエイクバイパーが生息域を平原付近の森林に変えた為、ヅォルンの能力で山火事を起こすことを危惧し他の魔術師に助けを求め、俺も研修生として参加することとなった、という訳だ。数日前から話を聞いていたが、まさか本当に参加することになるとは。


「今回の要請に応じてくれた魔術師は、ベアトリルス様とロロイ様の計2名だ。作戦の内容は明日の本部会議で説明する」


 すると、上官達は席を立ちテントから出ていった。敬礼して見送る俺。


「じゃ、解散だ。リリアのとこに戻れ」


 そう言ってヅォルンは俺を手で追い払う。俺は一礼してヅォルンの元を離れた。魔獣討伐作戦……。魔術師……。魔術同士がぶつかり合う戦闘……。いよいよバトル漫画のような展開を見られると思うと、胸が熱くなる。サラマンの為にも、戦闘経験を積んで、いち早く星の揮棒を取らなければ。サラマンが帰って来たら、この作戦の土産話をいっぱいしてやろう、この時の俺は呑気にそう思っていた。


 ラグマルク・マーシャル国境付近砂漠地帯。地面に散らばるのは、小間切れにされた人間の身体と、大量の血。風に仰がれた砂塵は、地面に積り彼らを埋葬していく。砂塵のカーテンに隠された影は、まるで老木のような細長い胴と3本指の細長い腕、そして長い首と……大蛇の頭。そして、カーテンの外から、地を這いずり大蛇へと向かってくる輩の笑い声が聞こえる。


「こりゃあずいぶんと……派手にやってくれたじゃねぇか」


 その中に単身で乗り込む生物兵器……サラマン。大蛇の正面へと近づいた後、身を屈めて戦闘態勢を取る。


「こちらこそ、私の部下が世話になったようだな。我が神が貴様へ復讐する使命をお与えになってくださった」


「ククク……!さすが『梵行ブラフマカル』……!使命使命って……やっぱ坊さんは頭固いねぇ……!」


「どうした『嫉妬エンヴィアス』。そんなに羨ましいか、神の下で清く生きる私が」


「……ああ、羨ましいぜ。羨ましいから……殺すんだよ!」


 サラマンの両手から大量の溶解液が放たれる。そしてそれを片手で起こした風で受け止める、蛇の生物兵器。


「ククク……ノリが悪ぃなァ!風穴の1つや2つくらい空けさせろやァ!ルマーラ・ブラフマカル!」


「身を慎み勉学に励むことこそが美徳。妬みに駆られ驕り高ぶる愚者は……死して己の業を恥じるがよい!ナール・エンヴィアス・サラマン!」


 ヘビとイモリ、毒を以て獲物を仕留める者と、毒を以て天敵を威す者。睨み合う両者の闘いが"再び"始まろうとしていた。

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