第7話 提案
その平原は、
卑しい人間の手が加えられてもなお、その新緑色は輝きを放っている。
ラグマルク国北西のシャルド地方、その北に位置するベリル平原。そこに、生態系の破壊者……魔獣が現れてしまったのだ。軍からの情報によると、その魔獣はヘビ。
ヨーロッパクサリヘビから狂化したというが、本種の持つ毒牙は一切使わず、闇夜に紛れて獲物を探し、その魔術で仕留めた獲物を豪快に丸呑みする。かの魔獣が操る魔術は……土。魔力で生み出した砂を固め、強固な砂岩の柱を、まるで蛇のように変形させ自在に動かすという。それも、一度に十数個の石柱を精確に操るらしい。
この魔獣が軍の重要討伐対象として定めるに至ったきっかけは、他の魔獣との縄張り争いだという。
シャルドにある駐屯地からの情報によると、この魔獣が出現してから、各地の村々が魔獣に襲撃される事件が増えたという。今の所、兵士達の健闘により最悪の事態は免れているが、果たしてこれはこのヘビの魔獣による仕業なのか、それとも……。
軍はこの魔獣を『
「以上、シャルド地方に出現した蛇の魔獣に関する報告です」
そう言って、眼鏡をかけた兵士が、幾多もの資料が貼られたホワイトボードから離れる。
……俺は今、ラグマルク軍の第三会議室にいる。来週行われるクエイクバイパー討伐作戦、その会議をしている。今、この部屋には、俺をこの作戦へと強引に参加させたヅォルンと、二人の魔術師、そしてこの作戦に参加するであろう数十名の兵士が、大量にあったはずの椅子を埋め尽くしていた。
「はーい、質問」
そう言って手を挙げたのは、金髪のロングヘアに黒いトンガリ帽子、身体に深緑のローブを羽織った、推定40歳のツリ目美人の女性魔術師。
彼女の名はベアトリルス・アレスティナ。
魔術創始者マグナフォーデムの分家アレスティナ家出身であり、彼女もリリアのように魔術の才能が飛び抜けていて、その膨大な魔力が故に大罪を犯しかけた経歴を持つという。あと、年齢の割には態度が若々しい。
「なーんで魔獣を倒すのに『
そう言うとベアトリルスは隣に座るロロイの肩を叩く。
その男……ロロイ・ティオドランは、鳥の翼のような口髭を貯えた、穏やかな老人の顔と、2m程ある身長に丸太のように太い腕という筋骨隆々とした身体、そしてその紳士的な姿勢に似合わぬような白髪のモヒカンヘアを持つ……魔術師。
着込んでいるスーツがピチピチになる程の筋肉量を持っている彼だが、ヅォルン曰く「アイツは肉体よりも頭を使う魔術を鍛えた方が楽しいらしい」という。
……この人は適材適所という言葉を知っているのだろうか。
「私は別に不服や不満があるわけではないですが……詳しい理由は教えていただきたいですな」
彼はその剛腕で口髭を整えながら兵士に問う。
アイデクセン入隊前にサラマンから聞いた話によると、この世界には陸海空軍の他に、国内の犯罪者を取り締まり、魔獣から王や民を守る『
魔獣討伐は兵士もしないことはないが、主に担当するのは騎士なので、軍に所属していない魔術師達からしたら疑問に思うらしい。
今回の会議には、騎士と思われる人物はいなかった。
頭上に疑問符を浮かべていると、上官が立ち上がって説明を始めた。
「現在シャルド地方含む北部領では、クエイクバイパー以外にも大量の魔獣が出現しているようで、王立騎士団が対応に追われている次第です。そこで、王立魔術師団に名を連ねるお二人に要請を出しました」
「こっちだって忙しいのにさー、勘弁して欲しいよねー」
ベアトリルスは上官に向かって悪態をつく。
明らかに上官の方が年上なのに。
「……で?どういう作戦でなんちゃらワイパーを殺すの?」
すると、眼鏡の兵士がホワイトボードに貼られた紙の中から、ベリル平原の地図と思われるものを取り出す。
平原は歪な円のような形をしていて、その南西部は森林に覆われている。
「現在、他の魔術との縄張り争いにより傷を負ったクエイクバイパーは、平原南西の森林に身を隠しているようです。そこで、森林の東西南北に陣を張り、感づいた奴が移動した方向にいる陣が攻撃を開始し、圧制しながら他の陣へと追い込み挟み撃ちを狙う作戦を取りたいと思っております」
それから、上官と眼鏡の兵士が各陣の人員割り振りをしていく。俺はヅォルン率いる北陣へと配属された。他にも、東陣はロロイ、西陣はベアトリルス、南陣は空軍から派遣される魔術師が、それぞれ指揮を取るらしい。
「なお、平原には他3頭の魔獣の生息が確認されています。クエイクバイパーより危険性は低いですが、十分注意し、可能なら討伐してください」
「おお……それは手強い」
ロロイが岩のような肩を動かす。この人ならむしろ素手で勝てそう。
「……本会議でお伝えする内容は以上です。それでは、各自解散してください」
その一言を皮切りに、会議室の人々は外へと出ていく。
「おい、内容ちゃんとメモッたか?」
後ろにいたヅォルンが、振り向こうとした俺の肩を地中に埋め込むばかりに強く叩く。
「った……はい、もちろんまとめました」
「おう、見せろ」
そう言ってヅォルンは強引にメモ帳を奪い取り、ページをパラパラと捲り始める。
「えーと?ここが俺、ここがロロイ、ここがベア、ここが……」
彼は俺の駄文を覗きながら、まるで必死に確認しているかのように読み進める。
……もしやこの人、さっきの会議の内容を……。
「……うし、大体分かった」
ヅォルンは、俺に乱暴にメモ帳を返した。
「じゃ、戻ッか」
そう言ってヅォルンは俺の腕を加減なしに引っ張る。誇張抜きで手がもげそうだ。俺達も会議室を出ようとした。
「ねぇねぇねぇヅォルン、ちょっと待ちな」
すると、深緑ローブのおば……お姉さん、ベアトリルスがヅォルンの肩を指先でつつく。
「アァん!?気安く触んじゃねぇよ年」
「年増っつったら殺すぞガキトカゲ」
若作りするのを止めたベアトリルスの声は、予想以上に殺意が高かった。余りの気迫に、黙り込むヅォルン。
さすが王立魔術師団所属、そこらの人間とは格が違う。
「……ごめんごめん、ウィングラムくんに用事があってね、少し借りていい?」
ベアトリルスは、俺の肩を優しく掴む。さっきの威圧が嘘みたいに和やかな表情だった。
ヅォルンは、うしろめたそうにしながら「いいぜ」と小声で言い、俺に背を向け会議室を出る。
「あっ……ヅォル……」
俺はここから基地へ帰る方法を知らない。一度来た道を引き返そうにも、迎えの車を入口に呼んで、広大な軍本部を右往左往し、その入口を見つけなければならない。つまり、ヅォルンとはぐれると詰みなのだ。
「アイツのことは気にしなくていいよ。帰りは私が送るから安心してねん」
そう言ってベアトリルスは笑顔をこちらに向けるが、俺は素直に頷けなかった。
ベアトリルスが基地に返してくれるのか、という心配ではなく、彼女の何か企むような顔を本能的に警戒してしまったからである。
ウィングラム呼びにも何か意味があるのだろうか。
「んじゃ、早速本題に入るけどさぁ、君が魔術を使える外界人って噂……本当?」
俺の勘は当たっていた。俺が魔術を使えるということは、被差別者である外界人である俺の身の危険性を考慮して、関係者にしか口外していない。
ここでいう関係者というのは、アイデクセンのメンバーだけであって、他の軍関係者には一切話していないのだ。このベアトリルスという魔術師は、どこから情報を得たのだろうか。
「外界人が魔術を使える訳じゃないですか……、俺は魔術の才能がなさすぎて『外界人』ってバカにされてるだけの一般ピーポーですよ」
「へー……じゃあ、ウィリアムはそんな最低なあだ名を使ってたってわけ?」
ウィリアム大佐の名前が出てきた瞬間、俺は一気に目が冴えた。
広まると面倒になるから誰にも話してない、そう言っていたはずの大佐がなぜ……?
ベアトリルスはウィリアム大佐の信用に値する人物、俺の味方なのか……?
「いや……そんな訳ない……じゃないですか」
俺は思わず肯定とも取れる動揺をしてしまった。
「ん?もしかしてこれ正解だった!?君マジで外界人なの!?」
この反応……もしや彼女は、大佐から聞いたのではなく、推測で言い当てた……!?
「あ、安心して、多分これアイデ以外には漏れてない情報でしょ?ちゃんと私も極秘にするから、警戒しなくていいよ」
警戒しなくていい、と言われると余計に警戒せざるを得なくなるのだが。
「いや、軍に情報売るとかそういうのじゃなくて、魔導師として、君のことを調べさせて欲しいの。セルゲイの近郊にある私の研究所に来てもらいたいんだけど、この後時間あるかなぁ?」
「すみません、明日も戦闘訓練があるんで、申し訳ないんですけど早く帰してもらっていいですか?」
俺は語気を強くして断った。
すると、ベアトリルスは不敵に笑う。
「やだなぁー、人攫いじゃないんだから、そんなに警戒しないでよぉ」
すると、彼女はローブの中から大きい箱……大昔の大型携帯電話を取り出す。
「ちゃんとウィリアムには連絡しとくからさ、一日くらい徹夜しても大丈夫でしょ?」
「いや……大丈夫じゃないんですけど……」
戦闘訓練の運動量は半端じゃない。朝起きたら毎日基地周辺をランニングし、教官に筋トレなどの有酸素運動を無限にさせられ、さらに座学で兵器の使用法や陣術について学習する。こんな生活をかれこれ2週間くらい続けているが、未だに筋肉痛が治らず、一度横になろうものなら一分後には疲弊で自動的に瞼が閉じる。
そんな状態で、研究所で徹夜で質問責め……いや薬品とか怪しい器具を使って実験されるなんて絶対耐えられない。
さっき言葉を強くして断ったのも、疲労による苛立によって恐らく想定より怒った演技になっていることだろう。謝る気などないが。とにかく気が立ってしょうがなかった。
「えー、どうしても?」
「はい。どうしても嫌です」
……嫌っつっちゃったよ。
だが吹っ切れた俺は、決して臆することなく不機嫌な演技を続ける。
「すみません、また別の機会にお願いします」
すると、暗転したモニターのように急に視界が暗くなる。
「なら、従ってもらうね」
何も見えない中、ただベアトリルスの声がする。それで俺は理解した。
これは、闇魔術で視界を奪われているのだ。闇魔術の黒い靄を、両目に集中してかけると、例の活動阻害が眼に働く。それで視界を闇一面に包んでいるようだ。俺が訓練に遅刻した時、苛立が限界に達したリリアやられたことがある。
それをノーモーション、そして一瞬たりとも悟らせずにこの魔術を発動させるとは。王立魔術師団の名は伊達じゃないようだ。
「え……闇魔術ですか?」
一度やられたからか、そこまで驚かなかった。俺は変態ではないがあえて言っておこう。ありがとうリリア。
「あれ?知ってんだ、じゃあ話は早いね。失明したくなかったら私が手を引っ張る方向に進んで」
「……いや、失明とか……目隠しでそんな、大袈裟じゃないですか、俺は騙されませんよ」
「あ、知らないんだ。この技、眼球に直で闇魔力かけてるから、長時間このままだと普通に失明するよ?」
徐々に背筋が凍っていく。
「魔導師……いや、研究者ってのは、知的好奇心を満たす為ならなんでもする人種なの。そういう人らが君の存在を放って置くわけないじゃん?この世界で静かに生きたいなら、大人しくお姉さんに捕まった方がいいと思うよ……ウィングラム、くん」
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