第8話 努力の才能

――いの――――がいっ――に――めない……。

 

――こじゃ――っすか?この――のした――の

 

 首筋の1つ目の背骨のコブの下辺りに、誰かが軽く触れているような感触がする。

 

――どれ、魔力の反――は……うん、確認できたね。じゃあ始めるか

 

 ぼやける視界、そして寝ぼけている状態の脳でも、俺はこの状況を理解できた。

 おそらく俺は、ベアトリルスに拉致・監禁されて、どこかのベッドの上で横に倒されて外界人である俺の身体をいろいろ実験されているのだろう、そういう結論に至った。

 

「よーし、だいぶ痛くするけど我慢してね!」

 

 それは聞いてない。

 

「電気……ショック!」

 

 当たり前のように、全身に走る激痛。罰ゲームの電撃とは比べ物にならない程の痛みだった。

 

「おはよう!目は覚めた?」

 

 寝起き電撃とかいう、反応をどうすべきか困るレベルで悪質なドッキリを喰らって目覚めない訳ないだろう。

 俺は怒りを原動力にして上体を起こした。

 視界に収まったのは、壁一面が本棚に囲まれたTHE・魔女の家のような研究室。円形となっているその部屋の中心に置かれた白く無機質なベッド、それに横たわっていた俺。

 そして、その眼の前にいるのは……憎き魔女ベアトリルス。そして彼女の助手らしき、黒い長髪で白衣を着た白人のお姉さん。

 この人"は"若い。

 

「おかげさまで」

 

 俺はその声に多分に怒りを混ぜた。

 

「ごめんごめん、君の秘髄を調べようと思ったんだけど反応が弱くてさぁ、ショック療法しちゃった」

 

 そんな簡単にショック療法使われてたまるか!と怒鳴りたいところだったが、歯を噛み殺して必死に耐えた。

 ……それより、秘髄の反応が弱いということは、やはり俺が外界人だから、という事に関係があるのだろうか。

 

「解析終わりやした……やっぱパンピーより秘髄機能が弱ぇみてぇっす」

 

 すると、黒髪のお姉さんがレントゲン写真のようなものと荒い文字が印刷された書類をベアトリルスに渡す。

 

「どれどれ……んー23.6か……」

 ベアトリルスの反応を見るに、やはり実験は微妙な結果だったのだろう。

 

「えーとねぇ……検知器で秘髄の機能を数値化したんだけど……君のは凡人の半分くらいしかないみたい」

 

 ベアトリルスは黒髪のお姉さんから渡された書類を俺に預けて立ち上がる。

 レントゲン写真の方を見てみると、俺の背骨が移されていて、そしてもう一方の書類を見ると……、物理学で使うようなピクトグラムやらなんやらのグラフが書かれていた書類で、俺の数値が一般人のより下を行っていた。

 

 つまり今俺は、己の才能の無さを突きつけられている。

 

 ――期末テストの各教科の合計点を並べた、あの忌々しい折れ線グラフを思い出す。どれだけ苦労してもグラフは少ししか上がらない、しかし一点集中すると他の教科が急角度で下がっていく。そんな中で、得意教科も苦手教科も、全て最高点を取らなければならない。当たり前のことだが、それがどれだけ辛いことか、人間は少なくとも齢12にして知る。この世界でも生かせる才能がなかった俺は、やはり努力で追いつくしかないらしい。

 

「そう……ですか」

 

 ベアトリルスの言葉に一切動じずに返事だけ返した。

 

「まあ……落ち込むことはないよ。魔術の錬度を決めるは秘髄だけじゃない。普通の人より苦労はするだろうけど、才能がなくても頂点は目指せるからね」

 

 そう言うと、ベアトリルスは俺に微笑みかけた。優しくしたつもりなのだろうが、その努力の辛さを知っている俺は、ベアトリルスの言葉を受け入れられなかった。

 努力が報われる時はある。だが、そうなるのは血の滲む程努力できる、あるいは神がかり的に有効な努力を見出せるという才能を持ったヤツなのだ。努力までも才能の一部となり、どれだけ努力をしても、凡人は才人に勝てない。俺が1ヶ月前に思い知ったことだ。あの頃とは違い、否定はされていない。むしろ希望を持たせてくれている。

 だが、あの頃のように失敗はしたくない。希望と絶望の中葛藤する俺の顔は、徐々に曇っていった。

 

「……所長、とにかく早く本題を話しやしょうぜ。ヤニ吸いてぇ」

 

 落ち込む俺を察したのか、黒髪のお姉さんがベアトリルスに話題を振る。本題……?これが本題じゃないのか?

 

「あ、そうそう。ウィングラムくん、君は今日から数週間、ここアレスティナ魔術研究所で暮らしてもらおうと思ってるんだけど」

 

 ベアトリルスの口から、耳を疑うような誘いが放たれた。

 

「あの、戦闘訓練があるんで研究には付き合えません、って昨日言ったじゃないですか」

 

「そうだね」

 

 ベアトリルスは悪気もなく返事をし頷く。

 

「……分かってるなら尚更なんですけど」

 

 すると、実験室の鉄扉が開き、誰かが入ってきた。

 

「訓練は心配しなくていい。ウィッカ家とアレスティナ家総出で、貴方の才能を花開かせるから」

 

 そこにいたのは、見覚えのある声と金髪をした少女……ウィッカ家の次女だった。

 

「リ……リア?」

 

「あーやっと来たリリア!貴女からも説明してあげて!」

 

 ベアトリルスが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるリリアのことを小突く。

 

「立案者は私。クエイクバイパー討伐作戦まであと2週間強、ヅォルンと一緒の組になったとは言え、今の貴方の実力じゃ討伐戦の力にもなれない。そこで、私の師匠のベアトリルス先生に掛け合って、先生の研究所で一線級の訓練を受けて、貴方自身の能力魔術を編み出してもらうことにした」

 

 いつものように気だるげに話すリリアの眼には、俺に対する信頼のようなものが宿っていた。

 俺には才能がない。現実を理解したはずなのに、俺を信じて訓練に付き合ってくれている。俺というゴミに希望を抱いてくれている。それならば、彼女の信頼と期待に応えざるを得ないだろう。例え満足行く結果にならなくても、俺は俺を頼りにしてくれた人間に尽くす、と心の中で誓った。

 

「んま、訓練形式は模擬戦だから、貴方たちが基地でやってたらしい方法と変わりはないけど、座学の方は物理学を交えた、本場の魔導学を学んでもらう。順調に行けば、下段魔術師の資格を習得、あるいはそれに匹敵する実力を2週間でつけられるからね、君の努力の才能の見せ所だよ」

 

 ……と、ベアトリルスは何かを握った手を俺に突き出してきた。

 彼女の手が、握った内側から薄っすら緑色に輝いている。

 

「これは120カラットの風魔鉱石。貴方の適正属性は風だって聞いたから、リリアが裏ルート使って用意したの。低く見積もって成人4人分の魔力、しかも風属性持ち。600万マルク(日本円で何十億)するから、なくさないよう肌身離さす持っててね」

 

 人生で初めて触れる億超えの物体に、とてつもなく動揺して手汗が湧き出る。俺の出身中学の建設費より高い……。

 

「明日からそれを使って模擬戦して。膨大な魔力を使った魔術に慣れてもらうから」

 

 リリアがぶっきらぼうに言い放つ。こんな態度でも、彼女は俺の為にここまで動いてくれた。それに答える他道はない。だいぶ荒っぽい方法でここまで連れてこられたが、今は、とりあえずリリアに感謝すねば。

 

「ありがとう、リリア」

 

 俺はリリアに頭を下げた。

 

「え……なんで笑うの気持ち悪いんだけど」

 

 引き攣った顔でこちらを見るリリア。ツンデレのデレを期待したが、全然引き出せなかった。

 ……まあ、いいや。

 

「あの、今から訓練ってできますか?」

 

 俺はベッドから降り、ゆっくりと立ち上がる。

 

「魔鉱石持たせたんだから、負けたら承知しないからね」

 

 澄まし顔をしたリリアは、スタスタと部屋を出ていく。慌ててついて行く俺。辛い訓練が始まろうとしているのに、俺の心はどこか穏やかで清々しかった。

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