第4話 未完成
翌日。俺はそんなに寝心地のよくないベッドで目を覚ます。灰色で覆われた全く見慣れない部屋、そしてハンガーにかけられた軍服。
……ああそうだ、ここは異世界だった。確か、サラマンに拾われて……、ラグマルクとかいう国の軍のアイデクセンとかいう部隊に入って、そして6時にテントへ来いとか言われて……。
そういえば、この部屋の中に時計が見当たらなかった。
今は何時だ……?
とりあえず、身支度を整えて部屋を出る。昨日この部屋に案内された時に渡された軍服を着てみる。
深緑色で、生地の分厚い想像通りの軍服。一番階級の低い三等兵のものらしい。階級が上がると軍服も変わり、無駄に着づらくなるとサラマンが言っていた。鏡に映った自分の姿は、軍人というのにはとても頼りなく見えた。
途中、たくさんの軍人とすれ違う。たまに女性もいるが、大体がたくましい男性だった。そして、皆が白人で、おそらくゲルマン人……ドイツの人々と似ている。
そうこうしている内に、テントへと辿り着く。
「おいガキ!遅ェじゃねェか!」
「ご、ごめんなさい!」
テント内にいたのは、パイプ椅子に座ったヅォルンとサラマン、そして俺とは異なる型の軍服を着た、ツーブロックの坊主頭をした黒人の男性。
「タツキ、コイツがアイデクセンの隊長だ」
サラマンは顔で男性の方を差す。
その軍服は、肩に様々な勲章らしきものがついていて、上官であることがひと目で分かる。
俺はとりあえず敬礼をした。
「君がタツキ・ウィングラムくんかな?」
優しい声の男性がこちらへと近づいてくる。俺は間髪入れずに大きく返事をする。
「俺の名前はウィリアム・ログライン。ラグマルク国軍大佐、並びに
ウィリアムはすぐさま右手を差し出してくる。俺も、物怖じせずにすぐ手を握る。
「ウィリアムが本部からすっ飛んでくるとか、竜巻でも起こンじゃねェのかァ?」
そう言ってヅォルンはパイプ椅子から立ち上がり、ウィリアムに近づく。普段基地に滞在しないであろう大佐が緊急でここに来るということは、俺の存在は相当に重要なのだろう。
改めて、自分の異質さを自覚する。
「せっかく"大型新人"が来たんだ、顔合わせくらいしておきたいと思ってね」
「……ってこタァ、軍はこのガキの存在を認知したのか?」
ヅォルンがウィリアムに聞くと、ウィリアムはパイプ椅子に座り込んだ。
「いや、まだ俺のとこにしか情報は入ってないよ。バレたら色々面倒になるのは俺も分かってるからね、そこは信じてくれ」
すると、テントの入口が開かれ、1人の少女が入ってきた。
「……お、隊長じゃん、珍しい」
その正体はリリアだった。始めて会った時に着ていた黒いローブを脱ぎ、中に着ていた軍服を顕にする。
……何がとは言わないが、小さい。
「やあリリア、君のお姉さんは相変わらず元気でやってるよ」
すると、リリアはかぶせ気味に言い放つ。
「知ってる。そもそもお姉ちゃ……姉さんが元気じゃなかったら私が真っ先に駆けつけるから」
言い間違えた瞬間、リリアは顔を赤らめたのが見えた。……姉にはデレるのか。とりあえず挨拶をば。
「今日からよろしく、リリアちゃ」
その途端、リリアは後ろから大きな杖を取り出しタツキの目線の先に先端を向ける。高価そうな黒い鉱石で作られた杖の先端から、何よりも黒い靄のようなものがじわじわと集まってくる。
「『ちゃん』づけしないで。殺すよ」
「ごめんなさい、じ……じゃあ、先……生?」
「呼び捨てでいい」
リリアは浅いため息をついて杖を下ろした。
「魔術を教える代わりに貴方のことを研究させてもらう、っていう条件を忘れないで。その気になったらいつでも軍に告げ口できるからね」
「はい……」
……あれ?リリアさんって味方……ですよね?
「……さ、隊長も来てるとこだし、早速力試しといきますか」
するとリリアはローブをたたみ終え、せっせとテントから出ていく。
俺の最初の魔術訓練は、突然始まりを告げた。
「それじゃ……まず試しに、この『
倉庫の外、リリアとサラマン、そしてウィリアムに見守られながら、風魔術を自分の物とするための訓練を行う。
目の前に小間切れにされた白い紙切れを散らされ、それを風属性魔術を使って動かせ、と言われる。
そして渡された『
外界人には秘髄が存在しない、よって魔術は絶対に使えない。
この世界に来てから幾度もそう言われてきた。
……本当に、自分は魔術を使えるのだろうか。
揮棒で紙切れを指しながら、必死に力んで動かそうとしている自分が馬鹿みたいに思えてきた時、サラマンが助け舟を出した。
「タツキ、『動け』って念じるんじゃなくて、『動かす』って念じろ。あれは当たり前のように動かせる、あれをどう動かしたいって完璧にイメージして、動かす方向を指揮するように揮棒を振ってみな」
サラマンの指示通り、紙切れを動かそうとイメージする。
あれは、ただの紙切れ。
腕を使えば、余裕で掴んだり破ったり、上へと動かすことなんて簡単に出来る。
そう思って
「で……できた!」
俺は、その時人生で2回目の魔術を使用した。
外界人と呼ばれる人種の中では始めて魔術を使った。あの時のような派手な風圧は感じられないが、達成感が体中に広がる。
……だが、現実はそんなにあまくなかった。
「んー……、魔力の向きが安定してねぇな。こりゃずいぶんと矯正する必要がある」
サラマンが残念そうにそう言う。
「魔術の力量は主に上・中・下の三段位で図られる。貴方のその魔術は下段にも及んでないから、自惚れないこと」
冷たい目でこちらを見るリリアが、無機質に言い放った。……そうだよな。俺に才能なんてあるわけない。他人とは違うからって、それが優秀だとは限らないよな。自分は非凡じゃない。異質なんだ。リリアの言う通り、自惚れないようにしよう。この世界でも、俺は変わらずに……
「でもまあ、外界人がここまで魔術を使えるだけでも凄いさ。
ウィリアムはそう言うが、それで俺を助けた気でいるのだろうか。自己嫌悪による憎悪が他人にまで向き始めた。
「だが、『能力魔術』を得られる可能性は高いぜ。そんな落ち込むなよ」
「そう。見たところ、魔術の基本、火・水・風・土・電の5属性の内、貴方が適正を持ってるのは風。風属性魔術と外の属性魔術を併用したり、魔術で出す風の性質を変えたりするだけで、能力魔術って十分名乗れるから、ハードルはそんなに高くないよ。……魔術師になる意欲と才能があるならね」
プレッシャーをかけるリリア。すると、リリアは背中から杖を取り出す。
「私の"一つ目の"能力魔術『未完成の新月』は、魔力から生み出した闇属性エネルギーを球体に凝縮して自在に操る闇属性魔術。この球を破壊できるくらいの実力がないと、下段魔術師の資格を取るのは絶望的だから」
そう言うと、リリアの周囲に靄が収束したような、人の頭くらいの大きさの黒い球体が3個現れる。リリアをちゃん付けしようとして杖を向けられた時、先端から似たような靄が出ていた。
つまりあれって……。
「おいおい、いきなり模擬戦じみた事して大丈夫か?」
俺の身を案じたのか、サラマンが異議を唱える。
「この人を前線に出す必要があるんでしょ?それに、マーシャルとの全面戦争もそう遠くないんだし、これくらいやってもらわないと……貴方も当然やるよね?」
こちらを向くリリア。模擬戦でもなんでも訓練しないと、俺は役に立てない。
もちろん、と頷いた。
「じゃ、離れて」
すると、リリアは俺から距離を取り、ピッチャーとバッター、マウンドと本塁くらいの間が空いた所でこちらを振り向く。
「ククク……タツキさんよ、いいことを教えてやる。魔力ってのは体表から放出される、つまり魔術によって生み出された物質は必ず皮膚に触れてる状態で出て、触れてねぇ物質は操ることができない。……だが、魔力量のぶっ飛んでるヤツは、魔力を大量放出して、魔力を操る電波信号の経路を無理やり体外に拡大して、触れてねぇ物質でも遠隔操作できんのよ」
サラマンがそう語りかけてくる。リリアの方向を見ると、浮遊している物体が1、2、3……。
「……アイツのヤバさ、改めてわかるだろ?」
杖を前に持った少女が、急に歴戦の猛者のように思えてくる。……実際、そうなのかもしれないが。
だが、こんなことで怖じ気づいてはいけない。
「間隔……相手との距離を意識して。自分の身体から風を放出するイメージで、相手に当たった瞬間のことを考えて」
俺は、彼女の言う通りに意識して、あの時――、オオトカゲに食らわせた一撃を意識して魔術を放とうとする。
感覚を、イメージを、全てを研ぎ澄ませろ。
身体から吹き上がる風が、俺の髪を靡かせる。
「……凄いね、あの子は」
ぽつりと言うウィリアムと、深く頷くサラマン。
「アイツは一般人より秘髄が弱い。魔力量も多分平均の半分程度だ。……だが今、本来なら何週間か練習しねぇと使えねぇ下段魔術が、いきなり身につき始めてやがる。理屈は知らねぇが、訓練すりゃ相当化けると思うぜ」
何もできない平凡以下の俺だが、
この時の俺は、自分の秘めたる才能に気づきやしなかった。
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