第3話 居場所
アイデクセン・サラマン隊は、ラグマルク国軍本部のあるラグマルクの首都セルゲイへと到着した。
ここラグマルク共和国は、元いた世界のドイツに似た国であり、軍用車の中から見ていた町の景色も、サラマンの言った通り1980年代、戦後間もない頃のドイツのイメージとあまり変わらなかった。近くの小国もラグマルクの領土となっている為、実際のドイツより倍の大きさをしている。
……異世界と言えば中世をイメージしていたが、思ったよりこの世界は発展していた。1980年代といえば某家庭用ゲーム機が発売された時期、配管工のおじさんのゲームも探せば見つかるだろうか。
ちなみに、生物兵器は口呼吸ができず人間のように発声することができない為、脳から脳に直接伝わる電波信号を発信する電属性の魔術、いわゆるテレパシーを使って会話しているらしい。魔術の便利さを思い知った。
そして、ようやくこの時が訪れる。軍用車に乗った俺達は、セルゲイに辿りついた。
巨大な石の城壁に囲まれた、ラグマルクの首都。その領土の広さは、ドイツの半分に差し掛かるほどらしい。城壁を超えた先にあったのは、中小のビルと、歴史ある教会のような建造物。モダンなビルと古めかしい洋風建築が視界の中に均一に散らばっていた。これが1980年、これが異世界……。
うんざりするほどに見慣れたはずのビルにも、子どものように目を輝かせて感動してしまった。
「どうだ?古臭いだろ?外界人のお前からしたら」
サラマンがニヤけながら水を差すように言って来る。
「いや、むしろ新鮮な景色で感動してる」
俺は、窓の外を眺めたまま、サラマンの方を見ずに淡々と答えた。
「なるほど。つまり……皮肉か?」
「い、いや、普通にノスタルジックでいいなー、って……」
急いでサラマンの方を向くと、彼はそっぽを向いて縮こまっていた。
「そうか。古臭いか。悲しいぜ……」
「いやだから、違うんだって!」
そんな他愛もない会話を二人でしていると、車を運転していた男……ラグマルク国軍兵士、サラマンの部下である男がこちらを向いた。
「到着いたしました」
車が急に停車する。それは、セルゲイに入ってから実に3分ほど経った時のことであった。
「……え?こんなすぐに?」
前を向くと、そこには先程の城壁のすぐそばに、立方体の倉庫……それが5棟程並んでいた。
「……これが、アイデクセンの基地?」
少し大きいだけの、なんの変哲もない倉庫。軍の基地だからさぞかし良い設備なんだろうなぁ……と、思っていたらまさかの倉庫。
「俺らは生物"兵器"だから、格納庫に収納されて生活してんのよ。……文句あるか?」
サラマンはなぜか真剣な面持ちで聞いてくる。
「いや、別に……」
「そうか。古臭いか。悲しいぜ……」
そっぽを向いて縮こまるサラマン。
「そういうことじゃなくて……!」
「……まあ、実際俺ら生物兵器は軍からこういう扱いを受けてんのよ。まったくひでぇもんだぜ」
そう言ってサラマンは俺に微笑みかけた。その顔には、先程の冗談まじりの表情の外に、どこか物悲しそうな雰囲気があった。……サラマンが軍を恨む、その理由が改めてわかった気がする。俺は、そんなサラマンの顔を見て黙り込んでしまった。
「……気を取り直して、ようこそ。アイデクセンへ。歓迎するぜ」
門が大きく鈍い音をたてた後、ブザー音が鳴りゆっくりと上に開き始めた。
ラグマルク国軍生物兵器格納庫、もといラグマルク国軍生物兵器統率部隊アイデクセン基地。
足を踏み入れると、体育館のそれとは比べ物にならないほど高い、大量の鉄パイプが交差する天井、そして倉庫の中には2階建てのプレハブ小屋が隅まで並んでいた。そして、中心には円形の大きな緑色のテントが貼られていた。たくさんの兵士がそれぞれの生活を営んでいて、すれ違い様やプレハブ小屋の中から時折こちらを見てくる。
「……ここは第3倉庫、隊員の居住スペースだ。んで、真ん中のテントは共有スペース。会議とか食事ん時に全員で集まるが、ほとんどは隊員達の交流の場になってる」
前を進んで行くサラマン達の背後を、緊張で身体を震わせながら付いて行く。
次第に視界を越すほど大きくなるテントを見ながら、入口の中へと入って行った。
先程の倉庫と同じように見えるほど高い天井と、無数に並ぶパイプ椅子と長机、奥に配置された巨大な黒板とステージ。ちらほら兵士が座って雑談なり書類作業なりしていたが、その中でも一際目立っている人物達がいた。
「……はい、チェックメイト」
「ハァァァ!?なんだよその動き!反則だろ!」
今チェスで勝ったのが、黒いローブを身に纏った、金髪セミロングヘアで吊り目の美少女。
そして、負けて立ち上がって憤慨しているのが、金色の大きな目をしていて、濃い赤茶色の鱗で覆われた、サラマンと同じ、生物兵器と思われるオオトカゲ。目の上にまつ毛のような棘が並んでいて、サラマンと対極的に目がつり上がっている。
両者ともツリ目。
「キャスリングも知らないわけ?それでよく私に勝てると思ったね」
「チェスで勝ったぐらいで粋がッてンじゃねェぞ小娘ェ!」
その生物兵器の口から、赤い炎が漏れ出る。
そんな彼を、微動だにせず冷ややかな目で見つめる金髪の少女。
「ククク……!ヅォルンお前、何回負けりゃ気が済むんだぁぁ?えー?」
サラマンは俺を置いて真っ先に炎の生物兵器を煽りに行った。金髪の少女も、ため息をついてチェスを片付け始める。
「アァ!?もう一遍言ってみろやナールゥ!!」
炎を吐く生物兵器が、サラマンの胸倉、もとい首元を掴みあげる。
だが、サラマンは痛がるどころか、全く抵抗せずにあのニヤけ面を浮かび上げている。
「紹介するぜ。……俺に掴みかかってるこの短気野郎が、ラグマルク国軍生物兵器3号、オウカンミカドヤモリのヅォルン・アンガステン・ゲックォードだ」
「アァん?タツキだァ?お前また外界人連れて来たのか!?」
そう言ってヅォルンはサラマンを睨みつける。また、ということは、サラマンは、他にも外界人を拾ってきた経験があるのだろうか。
「道端で野垂れ死なれるよりは、戦死して国の役に立ってもらった方がお互いにいいだろ?」
「そうやってお前に攫われて唆されて、力及ばずに死んでッた奴らを何回も見てきただろうがっ……ん?なんかおかしいコイツ……」
ヅォルンが何かに気づく。生物兵器は魔獣と同じ存在、第六感で魔力を感じ取れるという。
「普通の外界人は魔術を使えない。だがコイツはちげぇ。微力だが風魔術を発動させやがった」
すると、サラマンの首元を締めていたヅォルンの腕が離れる。チェスを片付けていた金髪の少女の腕も止まり、冷ややかな目をこちらに向ける。
「おいおい、俺をバカにしてんのか!?外界人は魔術を使えねぇ、そんなんガキでも分かるぜ?……まさか服でごまかして一般人のカスを軍に入れようとしてんのか!?」
ヅォルンは、如何にも半信半疑、という渋った表情でこちらを向く。
確かにそうだ。……だが、こちらには動かぬ証拠がある。今俺が着ているのは学ラン、制服を着ているなら当然入っている物。
俺は、胸ポケットから深緑色の手帳を取り出す。
「これは、俺が通っていた中学校の生徒手帳……そして、これが俺の学生証明書です」
俺は、生徒手帳の背表紙の裏に挟んである学生証明書を取り出した。それをマジマジと見出すサラマン達。
「失礼な言い方ですけど……これが貴方達ではまだ発明できていないだろう、プラスチックに写真と文字を印刷する技術です」
自分の顔写真をここまでジロジロ見つめられると今すぐこの場から消えたくなってくる。
……そして、彼らは想定通り驚きの反応を見せる。
「へー……。学生付勢にこんな大層な物を持たせるとか、すげぇな外界の技術は」
「マジかよ……!お前、本当に外界人なのか……!?」
彼らの疑いが晴れる。
「あ…ありえない……!なんで外界人なのに魔力を!?」
さっきヅォルンにしていた冷ややかな対応とは打って変わって、俺の肩を思いっきり掴んで好奇心という感情を爆発させてくる。
「いや、自分もわからない……ってかこっちが聞きたいです……ハハ……」
「今まで魔術を使った経験は!?」
「ない……ですね、ほとんど」
「運動神経は周りと比べてどうだった!?」
「悪かった方です」
「じ、じゃあ、排泄物が紫色を帯びていたとか、吐息やゲップが不透明だったとかそういう経験は!?」
「……ないです」
……魔力持ってるとそんな現象も起こるんですか?
すると、俺と少女の間に、サラマンの黒い腕が割り込む。
「おーっと失礼するぜ、こいつはリリア・ウィッカ、魔導師だ」
魔導師……確かサラマンに聞いた話によると、魔術を仕事で使うのが魔術師、そして魔術や魔力を研究するのが魔導師。
このリリアという少女は、俺と同い年くらいなのに魔導師という大層な肩書を持っていた。
外界で例えると、10代で学者、といったところか。
「ウィッカ家……。この世界じゃあ一般人でも知らねぇ奴はいねぇ偉人、魔導学の権威ユグス・マグナフォーデムの末裔。そん中でもリリアは、習得するのに50年かかるっつわれる闇属性魔術を史上最年少12才で獲得した、何百年に1人ってレベルの天才だ」
外界人の俺でも理解できる程、彼女の実績はすごかった。
「そういうのどうでも良いから早く退いて!」
そう言ってリリアはサラマンの腕を上に上げくぐる。全然どうでも良くないすごい経歴を持っているのに。 ……やはり天才の考えは違う。
「……そんなに気になんならよぉ、リリア、明日からお前がこいつに魔術教えれろ」
突然の提案に、俺とリリアはサラマンの方を向く。
「私はこの人を調べたいから全然いいけどさ……後々前線に出させるんならアンタが教えた方がいいんじゃないの?」
「来週からマーシャル南東国境戦争に駆り出されることになっててよ、時間が取れねぇんだわ。それに、俺みたいなのより女に面倒見られた方が嬉しいだろ?なぁ、タツキ」
サラマンは毎度いつものニヤけ面でこっちを見つめる。
「なら……よろしくお願いします、リリアちゃ」
その途端、リリアは後ろから大きな杖を取り出しタツキの目線の先に先端を向ける。高価そうな黒い鉱石で作られた杖の先端から、何よりも黒い靄のようなものがじわじわと集まってくる。まさかこれが……。
「『ちゃん』づけしないで。殺すよ」
「ごめんなさい、じ……じゃあ、先……生?」
「呼び捨てでいい」
リリアは浅いため息をついて杖を下ろした。
「魔導学を教える代わりに貴方のことを研究させてもらうから、明日から覚悟しといて」
「はい……」
そう言うと、リリアはスタスタとテントの外へ出ていってしまった。
「今日はもう休んでいいぞ。部屋まで案内してやる、ついてきな」
こうして、『訓練』の二文字に苛まれる、地獄の日々が幕を開けることとなる。
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