リザード・ウォーズ 〜平和主義高校生と嗜虐的生物兵器の従軍記
朱明丸
第1話 Un after death
戦争は絶対悪。
非道な暴力を正当化してはいけない。国が平和であることは、最も幸福なことである。
この世に産まれて15年、俺は"平和"を普通として生きてきた。
そんな俺は、死してから後悔する。生きる余地はまだ十二分にあった。何故周りを蹴落としてまで這い上がろうとしなかったのだ、と。
悔恨の念を募らせる中、俺は目を覚ます。
ぼんやりとした視界に広がるのは、黒い革の壁。そして、この響くエンジン音、身体を鈍く揺らす感覚には覚えがあった。
大型車……その後部座席に横たわらせていられるようだった。辺りを探りながらゆっくりと上体を起こす。
「おう、起きたか」
そう英語で話しかけられた。俺がイギリス人のハーフ、そして英語を話せるバイリンガルじゃなかったら詰んでいたと思う。
やはり、俺は車の後部座席に乗せられていた。外見は分からないが、相当大きな車、と直感的に感じる。そんな車を運転するのは、灰緑色の軍服を着た白人の男。右隣には、人間とは思えないレベルで大きい、黒いローブで全身を隠した人物。
不思議に思いながら、窓の外を見ると……左に広がるのは広葉樹、右に広がるのは平原。その奥には大きな山脈が見える。その境界にある舗装されていない道路を走る車は、一切曲がらずに前へと進んで行く。
「返事ねぇな。英語話せっか?」
飄々とした若い男の声が脳内に入ってくる。比喩表現などではなく、例えるならテレパシーのように、頭の中で直接声が響く。
不思議な感覚に見舞われるが、そんなことが霞む程に浮かび上がる疑問。眼の前の男に恐怖を覚えながら、震えた声でそれを読み上げる。
「ここって……どこ……ですか?」
先程の男が、テンプレのように返事を返す。
「お前ら『
Web小説とアニメで見飽きる程に見た展開。何かの間違いか、俺は異世界に転移したのだった。
ガイカイジン……魔法……異世界……!
謎の単語、魔法、異世界。ジャパニーズサブカルチャーを見て育った男児が興奮するのには、これ以上ない程の要素だった。あんなに思い悩んでいたのに、モヤモヤがあっさりと興奮に打ち消される。
「あー……まあ魔法っつっても、お前が思い描いてるような空想じみたことは出来ねぇぞ。俺らは『魔術』っつってんだけどよ、『
黒ローブの男が、自虐でもするかのようにヘラヘラしながら饒舌に言い放つ。
いや、それでも十二分に凄い。身体器官から摩訶不思議エネルギーが製造されているとは。思ったより現実に則した方法で使用できるらしい魔術に、とても興味が湧いた。
「俺でも使えますかね……魔術」
口が先に動いてた。ライトノベルの主人公のように、魔術を使ってこの世界で第二の人生を謳歌する。世界を救う、そこまでは行かなくともこの世界で何かファンタジーなことをして生きてみたい。期待で胸を膨らませ、彼からの返答を待つ。
「……さっき、『秘髄』から魔力を出すっつったろ?」
そう切り出した彼は、何か隠し事をしているかのように、実にもどかしく話していく。
「『秘髄』ってのは、文字通り脊髄に近い器官でな、節足動物とか植物とかの無脊椎動物には存在しない。そして、魔術っつうのが存在しねぇ別世界……そこに住む外界人に『秘髄』はねぇんだ」
外界人に『秘髄』はない。
それってつまり……
すると、黒ローブの隣で運転していた男が、急ブレーキをかける。
「前方に魔獣を発見!」
血相を変えて叫ぶ男を見てフロントガラスに視線を向けると、無舗装の砂利道の上にいたのは……黒肌のオオトカゲ。それも、頭に一対の角を生やした、熊くらいの大きさの。そいつが、明らかにこっちに狙いを定め、のしのしと近づいてくる。
どこぞの恐竜アトラクションより迫力がある。
「……チッ、こっからが本題なのによ」
黒ローブの男は、舌打ちをして右のドアを開ける。一瞬、男の足が蛇の尻尾のように見えたが、恐らく気の所為だろう。
すると、オオトカゲはいきなり突進してくる。
黒ローブに激突したオオトカゲは、勢い余ってフロントガラスに男ごと追突する。蜘蛛の巣のように割れるガラス。
「ヤバい、早く車から降りろ!」
運転していた男が、声を荒げて車から出る。俺も従って車から急いで出る。
右の平原側へと出た瞬間、とてつもなく重い何かが伸し掛かってくる。
正体は、例のオオトカゲ。俺の足を押さえつけ、数多の獲物を食べてきたであろう大きく臭い口を開く。こりゃ食われる、と思うのが妥当だろう。
何か、力が込み上がってくる。その本能のままに、俺は暗い口の中目掛けて右手を掲げた。なんでこんなことをしているんだろう。そう思った俺は、すぐにその理由を知ることとなる。
「そのまま念じな。殺意のままに」
あの黒ローブの男の声が再び脳内に響く。俺は、その声に従ってオオトカゲにありったけの敵意……殺意を向ける。
程なくして、突風が吹く。そして、俺を呑み込む寸前だったオオトカゲは、強風に怯んで後退した。
それが、俺が初めて魔術を使った瞬間。右手の手のひらから、風を放った人生初の瞬間だった。
「思ったより弱ぇなぁ……だが!上出来だ!」
その声と共に俺の背後から現れたのは、黒ローブの男。そして、彼はローブを脱ぎ捨てる。
「
男は人間ではなかった。一言で言うと、半人半トカゲ。身体は人間の男性のような形状をしているが、足はなく、ヒレのあるイモリのような尻尾で這いずって移動している。一番目に付くのは、西洋の海竜……リバイアサンのような、頬にヒレを携えたドラゴンの頭。そして、黒地に黄色い斑模様の入る、イモリのような湿った肌。そして……三日月のように細く歪んだ黄色い目。
「俺はサラマン!ラグマルク国生物兵器2号、ファイヤーサラマンダーのナール・エンヴィアス・サラマンってモンだ!お前の名は!?」
「りゅ……タツキ・リュウガサキ!日本人とイギリス人のハーフ、外国姓はウィングラム!」
この生き物……サラマンに言われるがまま、自分の名を叫ぶ。
「そうか!タツキ!外界人は魔術は使えねぇ!だが、何故かお前は使えるらしい!だから我がラグマルク軍の実験体になってもらう!」
唐突に明かされる衝撃の事実。どうやら俺は相当ヤバい存在らしい。
「え……し、死にたくない!今回は絶対に老衰で死にたい!」
すると、サラマンは先程の俺のように、オオトカゲに右手を向ける。
「じゃあ聞けヘタレのチキンカス!ラグマルク軍に入って、俺の野望を手伝え!」
「野望って!?」
間髪入れずに質問する。
「この世界は、"聖域"っつう地域の領有権を巡って戦争状態にある!俺の望みは、下らねぇ理由で死人を出す奴らを全員ブッ殺して、戦争を終わらすことだ!」
思い返してみれば、なんて物騒な野望なんだ、と今でも思う。極限状態下にあった俺は、二つ返事で了承した。
「乗った!」
これが、俺とサラマンの初めての邂逅。
「お前がいくら死んで逃げようとも、そこには地獄しか存在しねェ!俺と手ェ組んで、天地をひっくり返そうぜ!」
こうして平和主義でチキンカスの俺は、戦争に身を投じて行くことになる。
全世界を揺るがす大戦が、今始まった。
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