Back to the days of my youth.
やざき わかば
Back to the days of my youth.
今現在の筋力と頭脳、意識をそのままで、学生時代にタイムスリップする。
これは古今東西老若男女の別を問わず、誰でも一度は考えたことがあると思う。もちろん、そんなことは不可能だ。普通は妄想するだけに留めて、日常の生活を過ごすものだ。
私もご多分に漏れず、そんな考えが頭をよぎったことのあるひとりだ。
ただひとつ、他の人々と違うのは、タイムスリップを実現するために、私は長い間研究を続けている、というところだろう。
もう私も六十代半ば。ここまで長かったが、なんとかカタチになりそうである。
この研究に着手したときのことを思い出す。当時私は三十代。そんなに優秀でない高校卒の私はまず、あらゆる科学を学ぼうと、狂ったように勉強を始めた。
二浪して、一流大学に入ったは良いものの、とんでもない問題に気付いてしまった。私の目指しているゴールが「ただの時間旅行ではない」ことに、思い至ってしまったのだ。
ただの時間旅行なら、こう言っては何だがタイムマシンを作り出しさえすれば実現出来る。しかし、そうではない。あくまでも目標は、「今の筋力、頭脳、意識を過去の自分に移す」ことだ。
大学へ通う傍ら、超常現象の研究も行った。西に超科学や超古代文明の第一人者がいると聞けば訪ねて話を聞き、東に凄腕の霊能力者がいると聞けば憑依や幽体離脱の教えを乞うた。
神隠し伝説の残る土地へフィールドワークに趣き、海外のUFO誘拐事件を調べ、エジソンの霊界通信機やITCまで文献やネットを漁り、関係者に話を聞いた。
電気工学、物理学、超心理学、心霊学という、一見まったく違うジャンルの学問をミックスし、ついにその装置は完成した。
この装置が動きさえすれば、私は晴れて学生時代に、今のまま戻れるのだ。わずかな希望と、たくさんの諦めを持って、スイッチを入れた。
ぶぉん。なんと装置は動き、私の希望する通りの動作をした。私の今までの、長年の努力が実ったのだ。スタートボタンを押すと、あのころに戻れる。おそらくこちらにはもう、帰ってはこられない。
私はなんの躊躇もなく、ボタンを押した。
……
薄れていた意識が、徐々にはっきりとしてくる。完全に覚醒した私は、母校である、中学校の教室の中にいた。懐かしい顔が並んでいる。成功したのだ。
やった。やった。やった。私は感動に打ち震えていた。これで、私は今まで後悔していたことや、やってみたかったこと、全てを成し遂げることが出来る。この筋力と頭脳があれば、なんでも出来るのだ。
さて、とつぜん話は変わるが、読者の皆さんは、重いものを持つにはどうしたら良いか、ご存知だろうか。
筋力があれば良い、と答える方々も多いだろう。しかし、この場合筋力はあまり関係ないのだ。一番大事なのは、「重いものを持ち上げる」という、気力なのだ。
腕の細い人間が、やたらと重いものを持ち上げるところを、ご覧になったことはないだろうか。あれは、そのモノの重量に、その人間の気力が勝った結果なのである。
そしてその気力は、個人差はあるが、ある年齢に差し掛かったときにあっさりとなくなる。重量物を持てなくなるわけではない。「持つ気がなくなる」のだ。
勘の良い読者諸兄はもうお気付きだろう。私はそんな気力など、とうの昔に消えていた。
挙句の果てに、六十代半ばの凝り固まった頭と価値観で、柔軟な思考回路を持つ中学生と話が合うわけがない。しかも、年齢を重ねたプライドもある。
なんのことはない。気力の衰えた、頭が固くプライドに凝り固まった人間が、若い連中の集まりに放り出されただけである。
しかも、娯楽の少ない時代だ。スマホどころか、ケータイもない。高いパソコンを手に入れたとしても、パソコン通信もまだ普及前だ。テレビ、ラジオ、雑誌という、参加型ではなく一方通行型のメディアしかないのだ。
雑誌の文通欄でやり取りするのが、関の山だ。
絶望しながら、もう一度学生生活を送ってはみたものの、私の知っている過去と少し違う方向に時代が進んでいる。
どうやら私という異物がこの時代に侵入した結果、少しずつ未来が変わっていっているようだ。バタフライエフェクトというやつだろうか。
こうなってしまっては、私の培ってきた経験や知識もあてにはならないし、何よりも、この先出てくるはずの新技術や素材なども、わからなくなってきた。
未来のわからない時代をもう一周することに、私が絶望を感じるのは、そう時間はかからなかった。
Back to the days of my youth. やざき わかば @wakaba_fight
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