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記憶を無くした事実、ここまでの短い経緯。それらをざっくり伝えると、ステラはより親身に接してくれるようになった。おそらくは同情によるものだろうが、こちらとしては話を円滑に進めたかっただけだ。意図しない流れに、何だか後ろめたさを覚えてしまう。
だが幸いにして目的地は同じようだし、彼女の厚意を無下にするのは忍びない。村への道すがら、誰でも知っていそうなことを嫌がらず噛み砕いて説明してくれた。
常識の充填を始め、何より黒銀の剣の恩恵によって道中の安全が保障されたのは大きい。
なお汚染体の探知に道案内、知識を伝え教える役割まで取られてしまったフィオーレ。両膝を手で抱えて顔を沈ませ、どんより気分を全身に纏い放つ。その体勢のまま、後ろをふわふわ飛んでいた。これだから――時々恨み言が唱えられ、展開中の威圧感が膨らむ。
ステラの解説に聞き入ってしまい、放置し過ぎたからだろう。そろそろ何とかしないと不味そうだが、話しかけようとすると睨んでくるのでお手上げだ。ここは機嫌が直るか、直す好機の訪れを祈っておき、人の往来で形成された細い踏み分け道を進んでいく。
何でも村人があの天然マナ水を汲んで運び、使っていた可能性が高いらしい。この点は、フィオーレから裏付けが取れている。
耕作地に撒く追肥の材料、特別な軍馬に与える飲み水の一部、魔薬を作る際の溶媒など。幅広い用途に用いられていたようだが、そもそも神葬の森に立ち入ってはいけないそうだ。
国の許可証があれば、別ですけど――ステラの言い方的に、まず〝許可〟は下りない。そして村の人はもちろん、きっと彼女自身も法を犯している。
――フィーちゃんは自分の庭だからいいとして、僕もその一人なんだろうなぁ……。
悪路地獄を脱したと思ったら、知らぬ間に人の道から外れていた。なるようになるかと投げやりに片づけ、ついさっきステラに渡した物が返ってきたので懐にしまう。
「エリュシオン帝国の霊貨、ですね」――「この国のお金でいい?」
「はい、……実はわたしもあまり本物は見たことがなくて。マナ抵抗率が低い霊銀製で、偽造が理論的に不可能で……あと、この銃――結晶銃が大体それ一枚で作ってもらえます」
「その相棒も〝霊銀〟が主な素材なのかな?(……どのくらいの価値なんだろう)」
「そうです……! 先程お話した結解術士の方に作っていただきました。右の子が――」
ステラは〝結晶銃〟の話題になると、途端に饒舌になっていた。それだけ大切な物で、家族のように大事にしていることがうかがえる。
こちらは必然、質問が多くなってしまう。それなら、彼女の好きなものに紐づけた方が退屈しづらいかと思って、なるべくその話をするようにしていた。
ちなみに〝結解術士〟とは、固有の魔術のみを扱える術者を指すらしい。対象に術式を結びつけ、特定条件下で魔術を発動させる〝結術〟と、これを解く〝解術〟の二つだ。
たぶんあの薔薇状の結晶に、結術が掛けられているのだろう。この色が術者のマナ色を表しているとすれば、透明な方は壊れているのかもしれない。
「もしかしなくても、僕のせいで無理させちゃったんだよね(ちょうど三枚、これで高級住宅街の家一つか……。別に一枚くらい、でも手掛かりが……どうしよ)」
「わたしが勝手にやったことですし、……エディさんが気に病む必要はないですよ」
「貸してみろ(そういうわけには)」
この現象は骸獣に襲われた時と同じ。今回は落下の感覚こそなかったが、意思に反して口が別の言葉を紡いだ。
「……えっ、」
「左のティアーモ、結術が解けた方だ。悪いようにはしない」
「は、はい……どうぞ」
愛銃を知り合ったばかりの他人に手渡す、その行為に躊躇いを覚えるのは当然のことか。ステラは戸惑い気味だが、こちらを信じて託してくれる。
「……直りそうですか?」
「術式を上からなぞるだけの、応急処置だ……よ。……今の僕に、出来るのはそれくらい」
「エディさん、魔術のことは何も憶えていないって……」
「ステラのおかげで、少し思い出せたみたい。色々と教えてくれたおかげだね」
噓も方便。このおかしな現状を伝えれば、必然フィオーレの耳にも入ってしまう。
――無理やり表に出てくるな。安心しろ、すぐに終わらせて引っ込む。
――よく分からないけど、協力するよ。……君はフィオーレに嫌われてるみたいだから、僕が喋った方がいい。次は〝加減〟してくれないだろうし。
――それは困る。……作業は俺か?
――そういうこと。分担しよう。
――知っているだろうが、結術は繊細な作業を要求される。他に意識を割く余裕はない。
――忘れたよ。それを歩きながら出来る君なら、これくらい容易いこと以外は。
――我ながら、好きに言ってくれる。……あの自称、元女神に気取られるなよ。
もう一人自分が居るようで奇妙な感じだが、嫌悪というよりは羞恥に近い。鏡に映った自身を話し相手に見立てて、独り会話劇に興じているみたいだ。
しかし気恥ずかしさに悶える余裕はなく、すぐさまフィオーレが勘づいて近寄ってくる。
『……むむむ。エディ、今ちょっと変じゃなかった?』
「かもね。フィーちゃんが圧を掛けてくるからだよ。機嫌直してくれた?」
『誤魔化してない? こういう時は手と足を止めて、私の目を見て答えること』
「お母さんかな」――『失礼な、お姉さんよ』
回り込んで進路妨害に走るフィオーレだが、エディの手足は止まらない。黙々と行程を消化しながら、同時に工程を進める。
彼の脳内に奇怪な文字や記号の列が浮かび上がり、それらの色はステラの髪とほぼ同じ。渦を巻くような形で素早く整然と並べられていく。
「心配してくれてありがとう、フィーちゃん。大丈夫だから」
『あぁーっ、目を逸らした! やましいことがある証拠よ。隠さないで言いなさい』
「〝じろじろ見られる〟よりはいいんじゃない?」
『またそうやって気を持たせる。これだからエディは、』
「お互い様だよ」――『新しい女に夢中なくせに』
「ティアーモのことかな? こういうの得意だったみたいだし、ちょっとくらい許してよ」
『好きに弄り回しちゃって』――「言い方って大事だよね」
のらりくらりと追及をかわしていると、透明な結晶に明るく鮮やかな赤紫色が灯った。もう片方と同系統だが、明らかに異なるもの。これでいいのか判断はつかない。
――マナ色の変換を始め、無駄な過程は省略した。使い勝手が変わるから注意しておけ。
――何か右の方と、結晶の色が一致しない気がするけど……大丈夫?
――急かされたからな。だが問題ない。射手と技師のマナ色は統一するのが理想だ。
――普通は出来ないんだよね? 治癒術士は結解術士になれないし、逆もそう。個人の適性やマナ色は生まれつきだから、なるべくその色を近づける……近い人を探す。
――そうだ。脱色したマナは自然界のものと違って不純物が含まれる。射手のマナ色を完全に抜き切れない。僅かだが、技師が結びつけた術式を摩耗させていく。
――マナ色が似てれば、それを最小化できるわけだ。……そのままだと駄目なの?
――ふっ、如何にも素人が抱きそうな疑問だ。わざわざ脱色マナにする理由を考えろ。
――なんで笑うかな、こっちは真面目に聞いてるのに。性格悪いよ。
――俺を罵っても、そのまま自分に返ってくるが……そういう趣味があるのか?
言い負かされた上に、頭の中がこんがらがって痛くなってきた。簡略化して整理すると、
1)射手:(自然界の)無色マナ→(射手の)彩色マナ→脱色マナ→結晶銃の術式に供給。
2)術式:脱色マナ→(技師の)彩色マナ→結晶銃の弾丸に自動で変換。
そうして引き金を引くことで射出される。他にも射手が細かい調整を施せるらしいので、思っていたより遥かに複雑な仕組みが秘められているようだ。
――射手が技師のマナ色に合わせて供給すると……やっぱり遅くなる?
――そのための自動化だ。やったことがない人間に、言葉で理解させるのは難しい。
――酷い言い様。無色マナを直接弾丸に変換できたら、誰でも使えるようになるのに。
――思いつきは肝要だが……この広い世の中、すでに誰かが試している。
――君も……僕もその一人だったのかな? 忘れると損だよね、また同じ失敗をする。
――まったく〝同じ失敗〟が出来るなら、それも才能だな。必ず得るものはある。次は上手くいくかもしれない。この積み重ねがある日の成功を生む。そうだろう?
――おおむね同意するよ。ひと言多くなかったら、もっとよかったけどね。
その成果を横から掠め取ったようで気分は悪いが、ステラに結晶銃を忠告と共に返す。
「とりあえず使えるように……したけど、マナを脱色しなくてよくなったから気をつけて」
「……ええっと……ごめんなさい、どういうことですか?」
「ステラのマナ色に合わせたもので結術を掛けたんだ。脱色マナを塗り直す手間が省けて、発射までのラグが小さくなったし、術式の寿命もかなり延びたはず。無駄がなくなった分、威力も上がったと思う。だから前より圧縮率を下げても、……余計なことしちゃったよね」
「そんなこと、出来るわけが……。それに、わたしのマナ色をいつ……」
「触らなくても見える、見えちゃったって言う方が正しいかな(……僕には見えないけど)」
『エディ、覗き見はダメじゃない』――「ごめん、悪気はなかったんだ」
二方面に目配せして答えつつ、これはやってしまったかと冷や汗をかく。フィオーレにジト目で突き刺されるが、この状況では何も言えない。ステラの返答を待つしかなかった。
「……エディさん、」
ふと立ち止まったステラは一度目を伏してから、意を決したようにこちらと向かい合う。
「お願いがあります」
「僕に出来ることがあるなら喜んで」
「わたしの仲間を……、大切な人たちを助けて……ッ」
「……まずは、事情を聞こうか」
ステラは黒銀の剣を強く抱き締めつつ、事の顛末を掻い摘んで語る。何をきっかけに、打ち明けようと思ったのかは分からない。感情を抑え切れなくなり、その時頼れる人間が他にいなかったからか。それでも空っぽの自分が役に立つなら、応えてあげたいと思った。
依然として目指すは〝カルヴァレア村〟だが、そこに一つ目的が追加される。こうして特科染浄班、救出作戦が始まった。
神装令嬢の使い手 私を忘れたキミと、もう一度 星屑しのぐ @sternenhaufen
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