――それはおかしな夢だった。目覚めた洞窟と同じでほぼ真っ暗な空間に、僕とフィオーレがいて……あの髪飾りをつけた彼女が光を背にこちらに手を振ってきて。また会えるといいね、なんて言ってくる。そう、ここまでの記憶を無理やりくっつけたような……。


 黄みを帯びた茶色の髪は緩く巻かれ、快活な瞳や仕草に物憂いを加えて、お淑やか度を増し増し。その身を包むは暖かそうなケープコートと。現実とは少々格好や言動が異なるフィオーレに、別れを告げた後のことだ。


 気づくと右横向きに寝かされており、目の前には女の子が二人。片方は見知った顔だが、もう一人は――、


「あ……、……その、分かりますか……?」


 遠慮がちに声を掛けてきたのは、二つか三つ年下のように感じる少女だ。見覚えはなく、あどけなさの香る容姿をしている。また薄い紅紫色の髪を左右で一つにまとめ、着飾っていないが素朴さとは縁遠い。その洗練された所作から、そこはかとなく良家の品位が漂う。


 独断と偏見を発揮すれば、マント以外の衣類はおよそ物騒な場所に相応しくない。特にスカートの丈とか。動きやすさとお洒落重視のようだが、防御性能は期待できなさそう。


 ――そういえば、さっきあんまり熱くなかったし……。ローブのおかげ、……なのかな? じゃあ、この子の服も……?


 腰には二本のベルトが交差して巻かれ、左右のホルスターに青白い拳銃が確認できる。どちらも透明感があって神々しく、持ち手に薔薇を連想させる結晶が埋め込まれていた。ただしその色は異なり、一つは透明でもう一つは梅紫だ。


 目立たないが基本な気はするし、光の反射で簡単に捕捉されそうだが余計なお世話か。素人目で実用性は怪しいけれど、飾っておくなら一級品だと思う。


 おそらく最後の一匹に襲われた際、彼女が助けてくれたのだ。それは何となく分かるが、口調こそ他人行儀なのに表情はまるで違った。柔和に微笑みつつ目が腫れており、理由は不明ながら泣いていたのは一目瞭然だろう。


 こちらが一方的に忘れている可能性はあったものの、これはきっと勘違い。なぜなら、期待を裏切られたような面持ちを刹那に覗かせたから。尋ね人と間違えたのかもしれない。


「うん。君が……、助けてくれたんだよね?」

「……あの人と、同じ――」


 エディが初対面と判断してお礼を告げれば、それを迷わせる呟きが一つ。触れるべきか悩んで、まずは聞こえなかった振りを決め込む。


「えっと、どうかした……?」

「いえ、あの……気にしないでください」


 聞かないで。そう言外に拒否されたように思い、踏み込むのは止めておいた。そちらはまたの機会にして起き上がり、頭痛や倦怠感がすっかり身を潜めていることに気づく。


「念のため、治癒魔術を使わせてもらいました。なので……もし気になる点があったら、教えていただけると……」


 慎重に言葉を選んでいるように聞こえるが、こちらの許可なく使うと不味いのだろうか。失神中の相手に意思を尋ねられるはずがないのに。そういう現場無視の法律があるのかもしれないし、過去に助けてもらっておいて文句を垂れるような輩がいたりして。


 少女の躊躇いに違和感を抱きながら、エディはなるべく表に出さないように取り繕う。


「おかげで何ともないよ。ありがとう」

「それなら、良かったです」


 両の指先を合わせてはにかみ、少女は何とも満足げにしている。打って変わった感情の発露に戸惑うが、あまり自分に自信がない子なのだろうと受け取っておいた。


 その最中、何故かフィオーレが怪訝な眼差しを送ってくるので、そちらに視線を移す。


「フィーちゃんもごめん。心配かけて」

『……キミ、ホントにエディよね?』

「何それ、偽物呼ばわりされても困るんだけど」

『気のせい? 誰かと入れ替わったりしてない?』


 フィオーレがこちらの四方を飛び回り、あちこち触って尋問してきた。頬を指で突き、首や腕を撫でて、最後は頭をポンポンして終了。


 彼女の思うがままにされっぱなし。呆れ顔のエディであったが、ふとある疑問が浮かぶ。透けているのに〝触れられている〟と認識できる。そう、手の感触があるのはおかしい。


「フィーちゃんって、僕に触れたの?」

『エディは神気を纏っているからね。私の姿が見えるし、声も聞こえるでしょ?』

「……ってことは、」


 〝神気〟とやらが無ければ、フィオーレの存在は知覚できないと。隣の少女にとって、ここまでの会話はすべて独り言のように映っていたわけだ。


「今話していたの、精霊さんですか……?」


 危ない人認定されるかと思いきや、少女の表情や声音は困惑に留まっている。察するに〝精霊〟と話せる人間は珍しいが、居なくはないのだろう。


「この辺にいるんだけど……やっぱり、見えてなかったりする?」

「はい、その……」

「ああ、そうそう。遅れたけど僕はエディ、精霊(?)はフィオーレっていうんだ」

「エディさんと……フィオーレさん、ですね。私はステラ・アンクル=カームティオです。アルクスの特染……、特科染浄班に所属しています」


 両手を胸元に置き、少女は〝ステラ〟と名乗った。どうやら〝アルクス〟という街の、あるいは国の、よく分からない組織に属しているらしい。ここでは前者と仮定しよう。


 前置きがなかった点から、この国――少なくとも、この地方(?)では知名度があると考えていい。その名称から汚染体に関連した仕事なのだろうと、当て推量をしておいた。


 物を知らなすぎてどう応えるべきか迷い、チラリとフィオーレを見て助け舟を求める。残念なことに首を横に振っており、彼女にも心当たりはないようだが、


『私、精霊じゃないのに』――「なんでそっち。ややこしくしないでよ(ヒソヒソ)」

『ちなみに、この世界の女神だから。やらかしたみたいで元だけどね。ちゃんと敬うこと』

「……やらかしたのに憶えてないんだ(……もう一回、同じことやりそう)」


 先程の話題で何となしに想像はついたが、現実は予想の斜め下に着地していた。


 となると件の〝契約〟でフィオーレは神気を、こちらは代わりに何かを差し出したのだ。その一つが〝記憶〟だったら辻褄は合うが、裏に隠れた彼女の意図がまったく掴めない。


 腰に手を当てて尊大な態度を取る相棒(仮)に対し、エディは据わった目を向けておく。


『仕方ないじゃない。もっと偉い神に、記憶のほとんどを持っていかれたのよ。それで、この神葬の森に閉じ込められていたの。途中で数えるの止めたけど、たぶん一年くらい?』


 これまで森の先に行けなかった、でも現状は〝行けるようになった〟わけだ。察するに、


「もしかして僕、脱獄……じゃない、脱出の手助けとかしたりしました?」

『正規の手順で、私の贖罪に付き合う約束までしてね。だから〝釈放〟でいいんじゃない? ちゃんと責任は取らないとダメよ、エディ』


 フィオーレに助けてもらったのは事実として、この手段が記憶喪失と結びついている。憶測交じりながら、そう結論づけると腑に落ちた。〝贖罪〟の手伝いは別に構わないが、落ち着いたらその詳しい中身と今に至った経緯を教えてもらいたいものだ。


 それより、ステラを放置して話し込むわけにはいかない。ひとまず向き直って謝罪する。


「……ごめんね、ごちゃごちゃ言ってて。ステラさん、でいいかな?」

『あぁー、そうやって誤魔化して逃げる気だ……! これは詐欺よ、女の敵ね。甘い言葉で神気だけもらおうなんて、ぜったい許さない……許しませんっ』

「ステラで大丈夫です」――「じゃあ、お言葉に甘えて」

『私ゆーせん、最優先……! 無視すんなぁ、話を聞けぇーっ! エディの女たらし、色狂い、すけこましの浮気者め……ッ!』


 謂れのない罵詈雑言に晒されるが、一年孤独に過ごした上にそれ以前の記憶がないのだ。そのせいで距離感を測れなくなっているようだし、まともに相手していると話が進まない。この場は〝荒療治〟を行うべく、努めて冷淡に聞き流しておこう。


 他方、ステラはこちらが分かる前提で話している。悪い子ではないようだし、いちいち聞くよりは事情を打ち明けた方が手っ取り早いか。


「会ったばかりのステラに、こんなこと言うのもどうかと思うんだけどさ――」

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