最終話 狂った世界

 数年後――


 大きなダムのほとりに建てられた慰霊碑。

 紺森集落はダムの底に沈んだ。出産を女性の芸で価値とほざいた集落も、地獄への入口と化した石造りの橋も、すべてはダムの底だ。ダム造成前、谷底や川の流域からは多くの人骨が見つかり、一時期テレビやネットを賑わせたが、すぐに忘れ去られた。


 慰霊碑に花を手向たむける女性。朋子だ。


「しばらく来れなくなると思う。ごめんね」


 手を合わせて、集落の犠牲になった女性たちや子どもたちの冥福を祈る。

 朋子はスマートフォンを取り出し、母親向けの掲示板に目を向けた。


『女の子を産んだら、男の子じゃないことを義母に責められた』


『母乳で育てられないなんて母親失格だと夫に言われた』


『無痛分娩を選択したら、産みの苦しみを知らないなんて母親じゃないと義理の両親に叱責された』


『緊急で帝王切開で出産したら、次は下から産めと義母と義父に暴言を吐かれた。それを聞いた夫はヘラヘラ笑っていた』


 小さく溜息をついて、ブラウザを閉じる朋子。

 近くに駐車していた車に乗り込み、ゆっくりと発進させた。

 何気なくバックミラーに目をやる。


 離れていく朋子に向かって、大勢の女性や子どもたちが笑顔で手を振っている姿が映っていた。


 車を止めて、慌てて車を降りた朋子。

 しかし、そこには誰もおらず、慰霊碑だけがポツンと立っていた。


「今度はこの子を連れてくるからね!」


 朋子は笑顔でお腹をさすりながら、慰霊碑に向かって叫んだ。


 慰霊碑から遠ざかっていく朋子の車。

 やがてそれは見えなくなった。


 慰霊碑は、黙して静かなダムの湖面をただ臨んでいた。



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財留橋 ZAIRYU-BASHI 下東 良雄 @Helianthus

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