土の中の恋人(ホラー・SS)

源公子

第1話 土の中の恋人(ホラー・SS)


      ファーブル昆虫記「狩りをする蜂」より

          

 ――サア ゴハンノ ジカンダ、タベナサイ。


 ちゅうちゅう。


「誰だ! 俺を溶かして食ってるのは」


 あたち。だってゴハンのじかんなんだもん。

「冗談じゃない、それじゃ俺は死んじまう!」


 ゴハンおいちい。あたち、ゴハンうんと食べておっきくなる。ゴハンすき。だーいすき。

「俺はお前なんか大嫌いだ。ちくしょう、動けない、死にたくない。誰か助けてくれ!」


 おいちい、おいちい。ちゅうちゅうちゅう。


 ◇


 ねえゴハンちゃん、何かお話ししてよ。

「うるさい! 何で俺を食ってる奴にそんな事してやらなくちゃならないんだ」


 だって、退屈なんだもん。あたし、お母さんがゴハンちゃんに私を産みつけて、一緒に巣穴に入れた時、まだ卵だったから巣穴の外の事なにも知らないの。


「たぶんお前にはまだ目がついてないんだ。光のない土の中じゃ必要ないからな、ガキめ」


 もう大人だよ! 体だって巣穴の半分になったんだよ。

「おかげで俺が半分になった」


 だって……アイツがゴハン食べなきゃだめって言うんだもん。


「アイツって、お前の本能だろう? 本能には逆らえないよな。お前のお母さんの狩人蜂に捕まって針で刺された時、俺の本能が言ったんだ。『終わりだ。諦めろ』だから俺はもう諦めた。

 お前の暇つぶしに付き合ってやるよ。なんでも聞きな」


 光ってなーに?


「大人になって、外に出るときには光が見えるようになってるさ。

 翅が生えて、お母さんみたいに飛べる。

 俺がキャベツの裏で、卵から孵って歩き出したときは、世界は光で溢れてた。暑くて眩しくて、いつも葉っぱの裏側にいるようにしてた。

 大きくなって土に穴を掘れるようになってからは、昼は土に潜って夜だけ外に出ることにした。俺は、夜盗虫だからな。

 夜は涼しくて良い。空には満天の星、キラキラと金を砕いて散りばめた美しい光が、ゆっくりと天を廻る。一晩中見てても飽きない美しさだ。

 でも朝が太陽の、ギラギラした光で、星をかき消すと、俺も土の中に隠れて暑い昼をやり過ごさなくてはならない。一日中夜なら良いと思ったよ」


 星って素敵なんだね、早く見たいなあ。


「でも夜空で一番素敵なのは月だ。毎晩形が変わる。

 だんだん太って、満月になると銀色の鏡みたいに夜を優しく照らしてくれる。『明日、お前は蛹になる。土の中で蛹で夏をやり過ごしたら、秋には大人になって空を飛べる』でも、その日のうちにお前のお母さんに捕まった。

 満月に向かって飛ぶのが俺の夢だった。……飛んでみたかった」


 あたしに翅が生えたら、一緒に月まで飛ぼうよ。約束ね!


「そうだな……疲れたから、俺は寝る」

 お休みなさい。またお話ししてね。でもゴハンちゃん、なんか声が前より小さいね。



 ◇



 ――トキガキタ アシタオマエハ サナギニナル。ハネノハエタ オトナニナルンダ。


 ゴハンさん起きて! 私大きくなったの。もう少しで巣穴いっぱいになる、そしたら蛹になって翅が生えて一緒に月までいけるわ。


「そうか……でも飛ぶのは君だけだ」


 え? ゴハンさん、声小さくて聞こえない。

「君は俺をじきに食べ尽くす……だから俺は死んでいなくなる」


 いなくなるってなに? 私達一緒に土の中から出て飛ぶのよ、約束したじゃない。


「君は月に飛べ……俺の分も」

 ゴハンさん? ゴハンさんの体冷たい! なにが起きたの、ゴハンさん返事して!


 ――シンダ。クサルマエニ タベツクセ。オトナニナルタメニ。

 ハネガホシインダロ? 


 あぁ、ゴハンさんごめんなさい。

 私、必ず月に飛ぶから。ちゅうちゅうちゅうちゅう。



 ◇



 眩しい! これが外? 星は、月はどこにあるの。

 あの丸く光っているのが月なの?


 ――アレハタイヨウダ。ゴハンハ ヨトウムシ。イッショウヲ ヒヲサケテクラス ヨルノムシダ。

 タイヨウノヒカリノナカヲトブ オマエトハ チガウ。


 初めから一緒には飛べなかったのね、知ってて貴方は黙っていた。

 貴方なんて大嫌いよ!


 ――キライデケッコウ。アア、オスガヤッテクル。

 ツレアイニナル メスヲサガシテ。


 雄ってあんなに小さいの? 私の半分もない。

 ゴハンさんは凄く大きかったのに。


 ――ソウダ。ソレヲオマエノオカアサンハ オマエノタメニ ヒトリデツカマエタンダ。


 私にできる? わたしの卵が大人になれる、素敵なゴハンを見つけることが。


 ――デキルサ ワタシガオシエル。

 ホラ オマエノアタラシイコイビトガ トンデキタヨ。


      


 








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