一人歩き

あげあげぱん

第1話

 一人歩き。という怪異をご存じでしょうか。


 僕も最近友人に教えてもらったばかりの話で、おそらくは新しい方の怪異なんじゃないかと思います。


 この怪異、何をするのかというと、同じ場所をただ歩いているんです。足元だけが見える幽霊なんだと言われています。


 歩くだけの幽霊です。害がないように思うでしょ? でも、そうじゃないんだなあ。


 この幽霊、どこに現れると思いますか?


 暗い夜道? いえ、違います。人通りの少ないトンネル? それも違います。この幽霊は昼間に現れるんですよ。


 ますます怖くないと思ったでしょうか。昼間に同じ場所を歩いているだけの幽霊なんて、害も無いように思えるでしょう。でも、こいつは出てくる場所が問題なんです。


 地縛霊はご存じですか? ある土地に縛られるという霊でして、こいつは同じ場所から離れることができないんですな。


 一人歩きという怪異もね。地縛霊なんですよ。ある場所から離れられないんです。どこだと思います?


 ええ、もったいぶるのは、そろそろやめにしましょう。では、言いますよ。一人歩きという怪異は横断歩道に現れるんです。


 拍子抜けしましたか? 昼間の横断歩道を歩くだけの幽霊なんて、しかも足だけの幽霊なんて、怖くもなんともないと思うでしょうか?


 でも、怖いんですよ。こいつは。


 この幽霊は信号が青になるのを待っている。でも、待ちきれなかったんでしょうね。信号が青になる直前に、この幽霊は歩きだしてしまうんです。


 それの何が怖いのかって? 考えてみてください。信号を待っていて、隣の人が歩きだした時、つられて歩きだした経験はありませんか?


 それは、何かに気を取られている時ほど起こりやすいのではありませんか? たとえば、ちょっとした待ち時間にスマートフォンを見ていたことはありませんか?


 人は意識が緩んでいる時ほど、ちょっとしたことに影響を受けやすいんですよ。隣の幽霊が歩きだしたら、つられて歩いてしまうこともあるでしょう。


 さて、一人歩きがいかに有害な霊か伝わったところで、もうひとつ怖い話をしましょう。時間は取りません。すぐ終わります。


 一人歩きという霊は足元だけが見えると言ったでしょう? それは子供の靴を履いた小さな足なんだといいます。彼なのか、彼女なのか、それは分かりません。ただ、子どもの霊は今も、きっとこれからもずっと、同じ場所を永遠に歩き続けるんです。


 小さな子どもは亡くなると、賽の河原をさせられるのだと言います。ずっとずっと小石を積み重ね、完成が近づいたところで鬼に小石を崩される。


 いやね。僕は思うんです。ずっとずっと同じ道を歩き続けるのは、賽の河原に似てるなって。


 この怪異は、いつになったら延々と続く苦行をやめられるんでしょうね。

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一人歩き あげあげぱん @ageage2023

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