第二章三話 逢いたい

「――優しいお兄さん、ですね」

「……はい――」


 花巡りを開始してから少し――。

《グリマール》大通りに点在する遺構や遺物を興味深そうに見て回る白の少年を少し眩しげに見詰め、隣りを歩く白の少女――ネーヴェに、そっと優しい声音にてそう言葉を紡ぐシエル。


「……あの、シエルさん。申し訳ございません。今日の散策はシエルさんの気分転換の為だったのに、私に付き合わせるようなことになってしまい――」

「ふふ! 何を仰ってるんですかネーヴェさん。私も花、とっても好きなんですよ? 頂いた髪留めなんか特に――」


 眉尻を下げ謝意を述べてくるネーヴェに悪戯っぽく微笑み、束ねた髪に飾る花の髪留めをくるりと後ろを向き少女へそれを見せるシエル。

 花が好きだと言う言葉にどこも嘘はない。

 大衆食堂――《止まり木》にて、ネーヴェとポプラに選んで貰った服に合わせた髪飾りもまた、可憐な花の髪飾り。

 瑞々しく咲く花そのものを乾燥して長持ちさせるドライフラワーやブリザーブドフラワーではない、特殊な加工――ネーヴェが調合した薬品と鉱術によって表面を腐敗から守る加工がなされた白く小さな花が沢山集まった愛らしい花の髪飾りを、実は服よりも気に入っているシエルである。


「……それにしても、本当に良いお天気ですね。お祭り日和です」


 視線を空へと向け、祭りを盛り上げるかの様に燦々と輝く日の光に目を細めてふと、そんなことを呟くシエル。

 ――本当に、穏やかな天気である。

 此処数日の出来事、昨日のことがまるで、嘘のように感じられる。


(ひょっこりと何処かから、兄さんが今にも出て来そうだわ……)


 祭りで賑わう通りをぼんやりと眺め、胸中にてそっと言葉を零す。

 穏やかで平和な光景――。

 掛け替えのない、温かな日常――。

 眼前に広がる光景が光り輝き、とても眩しく見える。

 しかしシエルにとって今は、目の前の光り輝く光景が酷く、遠くに感じられた。


「――はい。どうぞ、おネエさん」


 ぼんやりと通りを眺めていたシエルの耳に、リィンの優しい声が直ぐ側にて響く。

 声のする方角を振り返り視線を向けてみると其処には、一輪の可憐な白い花――シエルの髪飾りと同じ小さな白い花が集まった、きらきらと日の光を浴び輝く、白い花を差し出すリィンの姿が。


「……綺麗――」


 ありがとうございます――、と感謝の言葉を口にしつつ、差し出された白い可憐な花を、吸い寄せられる様に両手にて静かに受け取るシエル。

 甘い香りが仄かに鼻をくすぐるそれは、とても精巧に作られた飴細工で、食べてしまうのが勿体なく感じる花であった。


「神花祭の名物で、“花飴はなあめ”――って言うんだって。食べちゃうの勿体なさそうだよね――!」


 シエルへとニカッと笑い、残る花飴の二本の内の一本をネーヴェへと手渡し、己の分である飴を美味しそうに見詰めるリィン。

 先端へ行くに連れ白から青へと花弁の色が変わる綺麗な青と白のグラデーションの花もまた、食べてしまうのが勿体なく感じる花飴である。


「……リィン――」

「っ!! ち、違うよ、ネーヴェっ! 自分のは禁止令が終わった後に食べるって! 本当だよ――!?」


 ネーヴェの温度を下げるような視線を受け身体を強張らせつつも、必死に弁明するリィン。

 その後、己の分である花飴を名残り惜しそうに見詰めるリィンはしょんぼりとしながらも、ほんのり目尻に涙を浮かべ、背負う鞄へとそれを仕舞った。


「……それにしても、本当に食べるのが勿体なく感じる飴ですね」


 リィンには悪いと思いながらも、一輪の美しい花飴を日に翳し、そう言葉を紡ぎ飴を見詰めるシエル。

 日を浴びキラキラ輝く飴は本当に、宝石の様に光り輝き美しい。


「そーでしょ〜! ネーヴェ、こう言うの好きだと思って!」

「――っ」


 先程のしょんぼりから一転。再び笑顔で言葉を放つリィンに、ネーヴェの小さな肩が揺れる。

 リィンの言葉が恥ずかしかったのだろうか。可愛らしくぷくりと頬を膨らませ彼を見詰めていたネーヴェの頬が先程よりもさらに膨らみ、どこか悔しそうな視線をリィンへと向けるネーヴェ。そんなネーヴェの姿を見て、リィンが嬉しそうにニッと笑う。

 そして――


「それに、おネエさんも好きそうだな〜って思ったんだ! 今付けてる髪飾り、とっても気に入ってそうだったから――!」


 流れる様に今度は、シエルへと日の光と同じくらい眩しい笑顔で言葉を放つリィン。

 そんな彼を視てシエルは、ぐっと息を呑み、身体を硬直させた――。


『シエル――』

(……兄、さん――)


 微笑み、自分の名を呼ぶ兄の姿がリィンに重なる。

 可愛いものが好きな自分へと、シエルが好きなものなんじゃないかと思って――とそう言い、それを手渡して来る兄の姿が目の前の少年に重なる。

 熱が、込み上げて来る――。


(……逢いたい。逢いたいよ、兄さん――)


 ぐっと唇を噛み締め、込み上がる熱を必死に藻掻き堰き止める。

 ――泣いては、駄目だ。

 心優しいこの双子の兄妹の前でまた泣けば、心配を掛けてしまう。困らせてしまう。

 折角楽しそうに祭りを見回っているのに、自分のせいでそれを台無しにしてしまう。そんなことは絶対に駄目だ。

 ――だから、微笑め。

 この熱をおもてに出すな……――。


「……おネエさん――」

「……シエルさん――」


 どれくらいの時間唇を噛み締め、込み上がる熱に抵抗し続けただろう。

 心優しい双子達が眉尻を下げ、心配そうにこちらを見詰め呼び掛けてきた。

 一体、どうしたのだろう―――。

 そう感じたことを言葉にしようと口を開き、はたと気付く。

 妙に視界が滲み、唇が震えてなぜか動かせないことに。

 何かが頬をつたい、落ちて行くことに……。


(……雨なんて、降っていないのにな――)


 目を細め、呆然と空を見上げる。

 変わらず燦々と照る太陽に何故か胸の奥が酷く痛み、代わりに、口にしたかった言葉ではなく、小さな嗚咽が止め処なくシエルから溢れ出てきた……――。





――――――――――





――――――





――





「っ。もう……し訳、ございません、でした――」


 ひとしきり涙を流し終え――。

 言葉を紡げる様になったシエルは少し言葉に詰まりながらも、リィンとネーヴェに謝罪の言葉を口にし深く頭を下げた。


「謝罪なんて要らないよ、おネエさん。そんなことよりも、本当にもう、大丈夫――?」

「……はい。ご心配、お掛けしました。少し、兄のことを思い出してしまっただけなので、もう大丈夫です」

「……お兄様の――?」

 

 双子の言葉に首肯し、首に下げるペンダントにそっと触れ、小さく微笑み応えるシエル。

 そんなシエルに、酷くよく似た双子は彼女の言葉を耳にし、更に眉尻を下げ表情を悲しげに染める。


「――はい。よく兄が、私の好きそうな物を見つけると先程のリィンさんの様に笑顔で、同じ言葉を言ってそれを手渡してくれていたもので……」

「……あの、オレ――」

「っ! ――ち、違うんです! ごめんなさい、リィンさんッ! リィンさんがそのような顔をなされることは無いんですよッ!? ただちょっと、リィンさんに兄の姿が重なって見えただけですからッ――!!」


 頭の天辺から飛び出るよう跳ねる、一房の髪が萎れるのと同様。しょんぼりとしてしまったリィンに慌てて言葉を放ち、弁明をこころみるシエル。

 ……やってしまった。

 また彼等の前で泣いてしまっただけでなく、心配を掛け、挙げ句の果にリィンに自分のせいだと感じさせてしまった。

 彼のことを責めたいとかそう言うつもりで言ったのでは決してないと言うのに。

 彼等に対しては、感謝と申し訳なさしかないと言うのに……――。


「……あの、シエルさん。今付けていらっしゃるそのペンダントは、お兄様からの贈り物なのですか?」

「? ……えっと、これ――ですか?」

「――はい……」


 おろおろするシエルとしょげるリィンに、助け舟を出す様に話題を変え尋ねてくるネーヴェ。


「……そう言えばおネエさん。今付けているペンダント、服装替えても付けているよね。大切なものなの?」


 話題をすり替えてくれたネーヴェのお陰なのか少し、元気を取り戻したリィンが、シエルの首に下がるペンダントを見詰め尋ねてくる。

 ……良かった。

 ネーヴェ彼女のお陰でリィンが少し、元気を取り戻してくれた。


(……これ以上、彼等に心配を掛けるなんてしたくないもの――)


 それにしても良く、相手のことを観ている子達だ。

 リィンに関してはこう言っても何だが、人の装い――身に付けているアクセサリー関係などに、全く興味のない子だと思っていたのに……。


「……大切なもの――、と言えばそうなのでしょうね。どちらかと言えば兄さんが、とても大事にしていたものなので」

「……お兄さんが?」

「はい。私が物心つく前から、兄さんが大切に持っていたものなんだそうです、これ。なんて言ってたかな……ニーアノタカラモノ? がどうとかって昔、言ってた気がします」

「……良かったら見せて貰っても良いかな?」

「? はい。どうぞ……」


 首からペンダントを外し、リィンにそれを手渡すシエル。

 酷く澄んだ透明な紫色の鉱石が、ペンダントを受け取ったリィンの手の平の上できらりと光る。


「……何だろ、これ。古代遺物――? いや、そんなことよりも、この鉱石、何だ? 紫色の鉱石? 普通の鉱石と何か違う……。いや、でも……――」


 真剣な眼差しにて、様々な角度から手にするペンダントを観察しては誰に言うでもなく一人、言葉を紡ぎ首を傾げるリィン。そんなリィンの姿に再び、兄の姿が薄っすらとシエルの瞳に重なる。


(……さっきもそうだったけれど、本当に古代物が好きなんだな。兄さんが古代物を弄ってた時と同じ目でペンダントを見ている)

「……申し訳ございません、シエルさん。リィン、古代物関連のものになると直ぐ、ああなっちゃうんです」


 今だかじり付くようにペンダントを調べるリィンの姿を見詰め、苦笑しながらも、優しい眼差しにてシエルに謝罪するネーヴェ。

 そんな心優しい双子の姿に自然と笑みが溢れシエルは、


「――リィンさん。よかったらそちら、お貸し致しましょうか? 好きなだけ調べて下さって結構ですよ?」

「えっ? 良いの?! お兄さんの大切なものなんでしょ?!」

「ふふ。大丈夫ですよ。後でちゃんと返して下されば、それで――」


 大通りに咲く花々に負けないくらいの笑顔でリィンへと言葉を紡ぎ、降り注ぐ日の光に金色の瞳を細めた。



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霧刻セカイの輪廻のカルマ 蒼月更夜 @kouya_sougetsu

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