第15話
とうとうバカ殺害実行日時が決まった。Xデーは二週間後。こういうのって不思議と、それまでが長く感じる気がする。
「キジョウさん、君の仕事はここまでだよ」
マキウチさんに朝礼の後そう言われて、そういえばもともとヘルプというか情報提供という立ち位置だったということに気付いた。さすがに最悪な別れ方をしているとはいえ、元カレだからという温情と、万が一のときに知り合いだと「足がつく」懸念があるから、ここで私の役目は終わりらしい。ほっとするような、なんか物足りないような。
でもマキウチさんはヘルプにつくのでは。カコさんの盲腸に関しては、手術の結果別の腫瘍まで見つかり、復帰に時間がかかるらしい。そんなことあるんだな。でもドラマ見てるとない話ではないっぽいし。
「まあお疲れ。あとは俺たちがうまいこと君の元カレを始末するから安心しな」
普通の仕事なら安心できるんだけどな。けれどもよろしくお願いします、というしかない。あとはもう、皆さんにお任せだ。わたしはわたしで、仕事をもっと覚えないと。
ポチポチと武器の管理簿を打ち込んでいると、ヨシカワさんに声をかけられた。
「ちょくちょく話は聞かせてもらうと思うけど、その時はよろしく」
「それは構いませんが……」
あのバカには当然の報いなので、協力は惜しまない。別れた直後ならともかく、今は淡々と話せるし。話してるうちに恨みがよみがえる可能性はあるが。
しかしそのXデーの前に、大事件が起きた。
一週間後のことである。わたしはいつも通り朝ご飯を母と食べながら朝ドラを見ていた。今日の回は主人公が起業を決意したところで終わった。そのタイミングで、わたしの携帯が鳴った。なんだと思っていると、マキウチさんだ。
「もしもし」
「出勤前にごめん。トラブルが起こった。……サクライケ嬢が君の元カレに突撃した」
絶句してしまった。マキウチさんから申し訳ないけど、手当は出すから今から来てほしいと言われた。それは構わない。どうせあと十五分後には出るつもりだったし。……言われたことはショッキングなんだけど。
母にちょっとトラブルで早出しなきゃいけなくなった、と断り急いで身支度して家を飛び出した。母は気を付けてね、と疑う様子もなく笑って見送ってくれた。お母さんありがとう。何も聞かないでくれて。
いつもの通勤路が妙に長く感じた。階段で転びかけながらダッシュで事務所に向かうと、ほぼ全員そろっていた。
「ごめんねキジョウさん」
マキウチさんが謝ってきたが、不測の事態なら仕方ない。むしろ解決に当たって頭数に入れてもらえるのはちょっとうれしい気がする。やることはあの馬鹿の殺害なんだけどさ。
「タチバナは頭を強く打った。意識はあるし受け答えもきちんとしているが、念のため検査入院するそうだ」
病院に忍び込んで殺すのかなとかいう、我ながらなかなか物騒な発想が浮かんでしまった。なお実際はそうではなく、退院を見計らってということらしい。検査で問題なければ明日には退院するようだ。悪運が強い。ついでにそれ、どこから得るんですか。
一応Xデーは変更なし、だがサクライケ嬢がとどめを刺しに来るかもしれないから、一応見張りをつけるらしい。殺すのに、と思ったけど不測の事態で殺されたらこっちの商売あがったりだからだろう。……考え方がだいぶ染まってきた気がする。一般人の感覚を忘れるなリエ。
ついでにオガワさんから依頼を受けた三人についても、念には念をということで、同様に見張りが付くことになった。見張り役は、マキウチ班。ちなみに、これにともないオノさんはヤマネ班に、ミヤマさんはマキウチ班に異動となった。ともないというのも変だが、オノさんは目立つかららしい。……まあ、すらっとして、割とイケメンだもんな。なんか、見張りにしておくには目立つというのはわかる。
「そういうわけだから、キジョウさんには悪いけどしばらく就活生のコスプレ続けてもらうから」
うぐぐ。どうやらしばらく、このグレーのスーツは手放せそうにないらしい。別にそういうつもりではなかったのだけども、そう見えるデザインということなのかな。せめて普通のOLにランクアップしたい。
「それ、キジョウさんが若く見えるってことですか?」
誰!ミサキさんか!違う、コスプレということは本物の就活生には見えないんだ。第一わたしの歳じゃ第二新卒すらギリギリなのに。どちらかというといい歳こいて馬鹿じゃねーのって意味かと。……自分で言ってて切ない。
マキウチさんはそれには答えず、じゃあ配置決めるから、と班のみんな集合して、と号令した。全員集まったことを確認すると、マキウチさんは全員モニタ見て、と自席のパソコンを操作した。
そこにはあのリリアちゃんを追い詰めた三人の顔が映っている。手分けして、わたしとマキウチさん、ニシノヤさんとミヤマさんがペアで、カノウさんだけは一人で見張る、ということになった。マキウチさんとペアは、新人だからという理由らしい。そこはそうなのでありがたく好意に甘えます。
「つっても交代でヤマネ班から応援来るって聞いてるから。まあがんばれよ、特にカノウちゃん」
「うっす、夜勤頑張るっす」
あ、そうか。わたしはいつも九時五時で帰ってるけど、本当は夜勤、あるよね。むしろ夜のほうがやりやすそうだし。闇に紛れて、みたいな。それは忍者か。違うな、お母さんが見せてきた、妖怪のアニメかもしれない。どうでもいいことに脳のメモリを使うなリエ。
がんばれというのは、一人だけど頑張れってことかな。マキウチさん、なんだかんだでカノウさんのこと気に入ってるのかな。
「キジョウさんはとりあえず普通の時間でいいよ」
マキウチさんはそう言って、俺とキジョウさん以外は夜勤だから解散、と伝え、さっさと帰りなさいと手で払った。そうか、夜勤だと多分夕方からになるから、今からだと二十四時間になっちゃうもんな。多分いったんミーティングのためだけに出たってことかな。わたしは三人に手を振って送り出した。
そしてわたしはマキウチさんと再び、あの会社に行くことになった。なんか気が重いけど、仕方ない。
「今日はササオカさんに話聞きに行く体で会社の中見ていこうか」
そうか、オガワさんとはこの前話したしな。ササオカさんにはもう少し聞きたい。……スズキさんとタカヤマさんのことはまだ話しちゃだめだろうな。二人が話してるならいいと思うけど……。
というわけでマキウチさんと二人、再びあの会社に足を踏み入れることになった。今回はスズキさんじゃない別の人が受付した。後ろの方でタカヤマさんがわたしに気付き、小さく手を振ってくれた。わたしも小さく手を振った。マキウチさんがバインダーに挟まった入退室の記録簿に名前を書き終えて渡すと、こちらですと奥の部屋を案内された。
面談室は普通のソファーが対面に置いてあって、その間に背の低いテーブルが置いてある、ごく一般的なものだ。すでにササオカさんが座っていた。ササオカさんはわたしたちが入ると、立ち上がって会釈した。ならって会釈し、マキウチさんが奥に、わたしがドア側に座る。……上里下座って、これで合ってるよね。自信なくなってきた。
「今日はペアルックじゃないんですね」
あのそれ忘れてください。お互いそんなつもりじゃなかったんで……。マキウチさんが一瞬顔をゆがませて、あれはたまたまですよと切り返したのが怖い。そして多分、わたしと被ったのすごく不愉快だと思っている。すいません……。
わたしは縮こまるしかないし、マキウチさんは盛大なため息をつき、ササオカさんは氷の女王様みたいな顔をしているという地獄みたいな空間である。もう嫌帰りたい。うちに帰ってイコマくんの写真見て歌聞いて癒されたい。
「……カブラキに会いました。ごめんって何回も謝られました。あの子は何も悪くないのに」
とりあえずリリアちゃんが意識を取り戻したことにほっとする。わたしが最後に聞いた時は、まだ意識が戻らないという話だったから。もしかしたら、わたし達にカマかけてるのかもしれないけど。
「例の同僚の話ですが」
マキウチさんはそれに触れず、本題に切り込んだ。一気に空気が重い。重力が重い惑星って、どこだっけ。いや、いくら辛くても、現実逃避のために理科の授業で教わったことを思い出そうとするなリエ。ササオカさんの目が一気に冷たくなった。怖い。帰りたい。
「本当に、許せない。あの子をあんなに追い詰めて。あの彼氏も許せないけど、あいつらが一番許せない。殺してやりたい」
氷のよう、と思ったけど違った。青い炎だ。一番熱い炎。
ササオカさんは本気で怒っている。リリアちゃんを傷つけたあいつらを。オガワさんと同じくらい、もしかしたら、それ以上に。大事な友達だと、その顔を見ればわかる。本当に、さっさと殺したい。
「遊びでしょあんなのって、言うんですあいつら。ふざけるな」
ねえそれはわたしも怒っていいかしら。なんでそういうこと言うんだろう。死ね、わたしが殺してやる。頑張って普通の表情を作ろうと試みたが、難しそうなので諦めた。
「だからって、殺したら駄目ですよ。殺人犯になって捕まりますから」
マキウチさん、それ殺し屋のセリフかしら。いや、言ってることは合ってるんですけど。わたしはもう何も言わないでおこう。大人しく置物になることに専念すると決めた。
ササオカさんは殺しはしませんが、社会的に殺したいとは思ってます、と述べた。法的措置を考えてるのかな。もしかしたら、会社に居づらくなるとかそういうレベルの考えの可能性もあるけど。しかし綺麗な人が怒った顔してるのは怖い。泣きたい。
「……スズキさんとタカヤマさんにおふたりは会ったんですよね。何か言ってましたか」
「守秘義務があるので」
マキウチさんはそうシャットアウトした。それは正しい。ササオカさんは鼻で笑った。
「どうせ、自分の都合のいいように話したんでしょ?スズキさん、オガワさんと同期だし。アイツらと同じ、オガワさんのこと狙いなんだわ」
スズキさんのために否定したいが、守秘義務で話すことを拒否した以上何も言えない。とりあえず昨日の感じだと少なくともスズキさんは同期としか見てないように思う。そもそも対象外だって言ってたし。それをどう伝えよう、と迷っていたら、タカヤマさんが入ってきた。お盆を持っているのを見るに、お茶を持ってきてくれたらしい。
「オガワさんのこと、スズキさんは何とも思ってないですよ。単なる同期としか見てません」
開口一番そう言われて、ばっちり聞いてたんだあ、とわたしは遠い目になった。もう嫌だ帰りたい。帰っちゃだめですかそうですか。タカヤマさんはお二人からは言えないと思うので、わたしから言っておきますね、とお茶を配りながら話し出した。
「わたしはスズキさんと一緒にいるのでササオカさんより知ってますよ。オガワさんは同期で一番出世してるし、努力しているのも知っているから純粋にすごいとは思ってるとは言ってました。でも恋愛とかはないって。……明日にはわかります」
意味深なことを言われたな。今、自分の観察力のなさに悲しみを覚えている。もしかしたら、左手の薬指に指輪とかしてたかな。あとで見かけたら見ておこうかな。でも人のことをそうやって詮索するのはどうなんだろうな……。
タカヤマさんはお茶を配り終えると、頭を下げて出て行った。空気は絶妙に最悪のままだけど、スズキさんに関しては誤解がとけて良かった。……解けてるかな。ササオカさんずっと怖い顔してる気がするんですけど。
「……でも、あの子を助けてはくれなかった」
「でも少なくとも、カブラキさんの敵にはならないです、お二人は」
守秘義務違反かもしれない。でもそれだけは言っておかないと、と思った。味方になってくれる、とまで言うと帰って二人に迷惑かもしれない。でも、敵じゃない、なら。それだけでも、気持ちは軽くなるんじゃないかな。なってくれるといいな。
しかしササオカさんは怖い顔のままだ。何ならマキウチさんも怖い顔だし。嫌だもう帰る。わたしには向いてないのかもしれない。殺し屋も、こういう腹の探り合いも。マキウチさんはとりあえず今日はこれくらいで、また何かあればと言って名刺をササオカさんに渡して立ち上がった。相変わらず、綺麗に立ち上がるな。わたしもあわてて立ちあがった。ついでにわたしの方がドア側なので、転ばないように気を付けながら出た。無言でオフィスを出て、階段の踊り場に着たあたりで、どっと疲れが押し寄せてきた。
「つ、疲れた……」
言った後、マキウチさんがいることに気付いてすみません、と頭を下げた。マキウチさんはそりゃあんなのキジョウさんは疲れるよね、と含みのある言い方をされた。え、それはどういう意味ですか。
「ササオカさんも性格悪いタイプだね。美人過ぎて軋轢産んだ感じかなあれは」
その推測はどうなんだろう。でも実際そういうのあるとは言うしなあ。わたしは運良く僻みとは無縁の生活だったけども。わたしはササオカさんの性格を論評できるほど聖人ではないので黙っておいた。マキウチさんはそういうのに乗らないところが君の美点だね、とどう思えばいいのかわからないことを言い出した。
マキウチさんはとりあえず二階に行こう、と言い出した。今行った三階は受付で、例の三人は二階にある部署の所属らしい。わたしはエレベーターの少し前ででも三人に会ったらまずいのでは、と思ったらスズキさんに声をかけていた。あれ、スズキさん、三階の部署なのでは……。
スズキさんは少しお待ちくださいと言って、奥にいる人に聞いた。しばらくして戻ってきて、マキウチさんに答えると、しばらく話してマキウチさんは戻ってきた。スズキさんがいた理由を聞いてみたところ、どうやらたまたま備品の整理で移動していたらしい。近くにいる人に声をかけようと思ったら、スズキさんがいたのでそのまま声をかけたそうだ。
「例のターゲットちゃんたちは、今外に出てるんだって。なんか買い出しらしいよ」
「買い出しって?」
「備品。駅前にオフィス用品売ってるとこがあって、そこにいるらしいよ」
行ってみようか、とマキウチさんは言ってきた。わたしはこくりとうなずき、その背中を追いかけた。殺し屋が無理なら、この背中はもう追いかけられないのかな、と考えながら。
次の更新予定
2025年1月10日 19:00 隔日 19:00
殺し屋たちの日常 早緑いろは @iroha_samidori
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