第14話
その後、スズキさんたちと話し、最終的になぜかタカヤマさんと年末のラストライブを一緒に観に行く(タカヤマさんも無事当たったらしい)約束をして、解散した。
時間は八時を少し過ぎた頃。五時定時なのを考えると、多めの残業かもしれない。前職に比べたら全然だけど。やったことは実質ご飯食べてお話ししただけだし。
「いやあ、結構収穫だけど、追加案件にはならないだろうな。流石にあのお母さんが、娘の同僚まで殺せとは言わないと思うし」
どうだろう、うちのお母さん、わたしが若干鬱っぽくなった時めちゃくちゃブチギレてたらしいからな。らしい、なのはわたしの記憶が曖昧だからである。
仕事辞めると決めて、動いてたあたりは記憶があるのだが、辞めた直後一週間くらいは全く記憶がない。休んで就活してからも、記憶がまばらなのだ。だから殺し屋に就職することになったんだけど。
普段は菩薩のような母だが、前職での待遇にかなり腹を立ててたらしく、対応してくれた弁護士さん曰く「鬼みたい」だったらしい。有給やボーナス、残業代をすんなり手に入れることができたのは、母が社長に「お前のところはブラックでサービス残業は当たり前、お盆も正月も返上で仕事するのに給料は安いって言いふらすからな」と脅してたのが大きいらしい。
ついでに流石の親父もわたしがお正月休みすらなく働いているのを、かなり訝しんで、せめて給料あげてもらえるように交渉してくれないか、と担当してくれた弁護士さんに相談していた、と言うのもこの時聞いた。父のことは嫌いだったが、手を合わせてやるかくらいは思えるのはその話を聞いたからでもある。どっちかっていうと休みの方が欲しかったんだけどな。その辺やはり仕事人間の父と感覚がずれている。
わたしのことはさておき、あのお母さんが人殺し頼むだけでもちょっとやだな、と思うけど、お父さんやお兄さんの方がお怒りかもしれないし。実際あのバカ殴りに総出で行こうとしてたくらいなんだし。つーかむしろ今からでも吊るされて欲しい。わたしが許すので。
「でもササオカさんから依頼される可能性はあるかな」
それにしてもマキウチさん、本当にもう一つの方は良かったんだろうか。結局二人と話したのはリリアちゃんがらみのことだけで、おしろの会のことはちっとも話にも登らなかった。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか駅にたどり着いていた。
「じゃあね。キジョウさん。また明日」
そういってさっさとマキウチさんは帰ってしまった。いろいろ聞きたいこと、あったんだけど、でもいいか。わたしも帰ろう。マキウチさんの背中が人ごみに紛れて見えなくなったのを観て、わたしは階段を降りた。
次の日、追加案件があると発表された。出されたのは三人。全員女で、リリアちゃんが勤める会社の女子制服を来ている。……ここ本当に、どうやってこんな写真入手してくるんだろう。
「対象者は、ウエハラユカ、コスギナオ、ナカオマキ。全員カブラキリリアの同期で、今回自殺未遂の動機の一つになったとして、殺人依頼が来た」
おおう……。依頼者は、やっぱりリリアちゃんのご家族だろうか。そう思っていたら、思いもよらない……いや、むしろある意味予想通りの人の名前が出てきた。
「依頼者は、オガワシゲル。カブラキリリアの上司に当たる人物だ。この人物からの聴取を、マキウチさんたちに任せます」
そう言われてえっとわたしは思わず声に出した。いや、なぜ。どうも、本人からの指定らしいけど。余計なぞだ。
「つーわけで今日来るから、マッキーとジョーは聴取しとけよ」
思わずマキウチさんの方を見てしまった。マキウチさんにとっても、謎だったらしく、すごく驚いているように見える表情だった。それにしてもオガワさん、どうやってウチが殺し屋事務所だと知ったんだろうか。
そんなことを考えながら午前の仕事をしていると、オガワさんがやってくる時間になった。オガワさんは仏頂面で、事務所にやってきた。応接間にまず案内し、とりあえずニシノヤさんに、お茶を持ってきてもらうようお願いした。そしてマキウチさんと一緒に、オガワさんが待つ応接間へ向かった。
「よろしくお願いします」
オガワさんは、わたしたちが入るなり立ち上がって、深々とお辞儀した。なんか怖い。逃げ出したかったが、逃げ場はない。生唾を飲み込んで、マキウチさんがオガワさんに座るよう促しながらゆっくり腰掛けるのを見ながらわたしも座った。
「正直、あいつらのことは碌に知りません。妙に媚びてくるなと思って、悪印象の方が強かった。まさかあんなことしてるなんてね」
オガワさんからすれば、例の三人は眼中にない存在らしい。まあ、そりゃそうか。そして余計に除外される行動を自らしてきたと。バカじゃないのー、と言ってやりたい。実際バカなんだと思う。少なくともササオカさんとタカヤマさんからも嫌われてそうだし。
「事務職採用といいましたが、カブラキは正確には陸上の選手としての採用でした。ただ大会がない時などは社員として働くことになるので、その教育係として、わたしがつきました。要領がとてもいいわけじゃないけど、懸命に頑張ってくれました」
険しかったオガワさんの顔が、リリアちゃんの話になったら穏やかになった。それだけで、どれだけ大切に思っていたかがわかる。あの三人に、とても強い恨みを抱いていることも。
「自分が許せない。あいつのそばにいたのに、あいつの苦しみを、何もわからないままだった」
「いじめ被害者は、案外周りに言えないまま、抱え込む人が多いですよ」
マキウチさんが慰めるように言ったが、オガワさんは首を振った。それでも気づくべきだった、隠していると言うことを、と。……どうしてこんな、真面目な人が苦しんで、クズみたいなやつが楽しんでるんだろうな。この世は理不尽だ。だから殺し屋の仕事があるのかな……。
オガワさんはポツポツと話す中で、勝手に玉の輿に乗れると幻想を抱かれてるらしいが、俺の実家は兄貴のせいで火の車ですよと、しれっといった。いや今なんと。マキウチさんの方を見たら、すごい顔をしていた。オガワさんはそれに気づかないのか、そのまま話し続けた。
「家の金かなり持っていかれましてね。母親も病気になるし、大変ですよ。親父も弱っちゃったし、俺が頑張るしか……。元凶の本人はどこにいったのか、むしろ死んでてくれた方がいいんですけど」
……なんかサラッとマキウチさんが知りたかったことがわかってしまった。マキウチさんの顔色は普通に戻った。平静な顔で、そうですか、ご苦労されてるんですねと声をかける。実際そうだし、変な返答じゃないから、オガワさんも普通に応じた。わたしも取り繕った。動揺しているのを、悟られるな。冷静でいろ、リエ!そう、自分を鼓舞した。
オガワさんの話は会社のことに戻り、ササオカさんはリリアちゃんのことを大変気遣っていること、そして自分の気持ちに気づいて、それとなくリリアちゃんに伝えてくれたりした、と言う話をした。本当に、ササオカさんが普通にリリアちゃんの友達でよかったなあ、と安堵する。そうじゃなかったら、味方がいないままでしんどいことになるし。
そしてその上で、カブラキの恋人が六股してたと言うのは本当ですか、とすごい真顔で凄まれた。さすがにはい、わたしもその一人ですとは言えなかった。マキウチさんもそうですよ、とだけ答えた。
「俺はそいつのことを何も知りませんが、どんな男かだけ教えてくれますか」
やばい、教えたらオガワさんがあいつのとこに行って殺してしまう。背筋が凍った。それは守秘義務に関わるから言えません、ときっぱり断った。マキウチさんが本来言うべきだと思うけど、オガワさんの勢いに押されてつい口走ってしまった。怒られるかしら、と横を見たが、そう言うことです、流石にそれは教えられませんから、とマキウチさんからも改めて断った。オガワさんも諦めて、何かありましたら、とプライベート用の携帯電話の番号を教えてくれた。
オガワさんをそのまま応接間で見送った。本当は玄関まで行くべきだろうが、脚が震えてしまっていた。
「キジョウさん、守秘義務を盾にするとはさすがだね。今どきコンプラはみんな気にするからね。まあ殺し屋がそんなもん気にするなって言われたらどうしようかと思ってたけど」
あー怖かった、とマキウチさんがずるずると転がり落ちそうなほど姿勢を崩したのを見て、わたしもどっと疲れが押し寄せてきた。でもどうしよう、ああはいったけど、ササオカさんがあいつのこと知ってたら、そっちから情報がばれてしまうかも……。
「いやあ、盛りだくさんだった。本庁にも報告できるし、そっちが片付いたらあとは気が楽だ」
そう言って一体どうやったのか、と思うくらい身軽に立ち上がって、颯爽と応接間からでていってしまった。追いかけるようにわたしも部屋を出る。部屋を出ると、ヨシカワさんから「お前の元カレ恨まれすぎちゃう?」と声をかけられた。わたしもそれは思ってます。
「正直、もうとっととこの世から方片づけたいんですが」
「怖、ほんまにマッキーに似てきたやん」
それは喜んでいいのかどうか。でも実際早く片づけたい。あいつがいなくなれば少なくとも、わたしの心に平穏が訪れる。何より、リリアちゃんのためである。とっとと殺して早く彼女とオガワさんを急接近させたい。
とここまで考えて、わたしは殺し屋のはずなのになぜキューピッド役をしたがっているんだ、ということに気付いた。遅いかもしれないけど。というか余計なお世話かな……。
「まあさっさと殺した方がいいかもしれないですね。だいぶ恨み買ってるから、誰かが先にズドン、とかあるかも」
いつの間にかマキウチさんが近くに立って、しれっと会話に入ってきた。怖いことを言わないでください。否定できないけど。オガワさんとか勢い余ったお兄さんに刺されるとか、ありえそうだけど。
「せやな、ジョーが暴走して刺しそうだし」
ちょっと、それは聞き捨てならないですよ。確かに殺したいけど。とりあえずなんか優しい言葉かけたら釣れるかなとか一瞬頭よぎったけど。でもここで暴走したら私はまた職なしになるかもしれない。それは避けたい。……心配するのがそこなのか、リエ。
「キジョウさんがそんな真似したら、俺が責任取ってキジョウさんも殺すから安心しな」
マキウチさん、それはそんな笑顔で言うことじゃないと思うんです……。その言葉にほんの少し、嬉しいと思ってしまう私は、だいぶ染められている気がした。
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