第13話

 事務所に戻って、わたしたちはヨシカワさんに事のあらましを伝えた。ヨシカワさんは最後まで聞いて、「カブラキリリアの意識は戻ったがまだ話を聞ける状態ではない」と教えてくれた。


 意識が戻ったことに安堵するのと同時に、あの糞野郎への怒りがふつふつと沸き起こる。もう死ね。わたしが殺してやる。ついでにリリアちゃんにクソみたいなメッセ送った奴も殺す。


「どこまで事情を知ってるか、にはなりますが、おそらくわざわざ申し出てくれたということは、少なくともLINEの件は結構突っ込んだところまで聞けるんじゃないかと」


「ああ。場合によってはそれも追加案件になるから、悪いがマッキー気張ってくれ」


「ええ、その分報酬弾んでくれれば、俺としては文句ないですよ」


 マキウチさんの給料形態は果たしてどうなっているんだろう、と思いながら二人の会話を聞いていた。国家公務員ということはその分の基本給があるわけで、ここでの報酬ってホントどういう位置づけなんだ……?聞いてみたい気もするけど、国家の闇にかかわりそうなので聞かないでおこう。


 ちなみにこの件、成功すれば私にも追加ボーナスが来るらしいので、ちょっぴりうきうきしてる。人殺すのにうきうきするの、倫理観が破堤してる気もするけど。


「少なくともこの分の残業代はもらえるから。お母さんに帰り遅くなるのとご飯がいらないのだけ連絡しときな」


 その心配のされ方はなんか子供相手だよなあ、ともやもやしつつ、でも確かに母に連絡は必要なのでLINEでポチポチと送っておいた。残業するので遅くなるよ、ご飯も食べてくるから用意しなくていいよ……。軽い感じにしようとパソコンに向き合うキノコのキャラクターのスタンプを合わせて送っておいた。


 既読がすぐついて、マキウチさんと一緒ならよかったねと憤死しそうな返信が来た。なんと返信したものか迷って、頑張る!と横に文字が書いてあるウサギのスタンプを押してスマホカバーをぱたんと閉じた。


「とりあえず、スズキさんとどこで会おうねえ。さすがにあのホテルは予算オーバーすぎるし、あの近辺だと……」


 ちらりと見えたパソコンの画面的に、マキウチさんが手ごろなレストランを探しているようなので、わたしも検索をかけてみる。最寄り駅とレストラン、爆弾発言が出た時用に個室とか仕切りがあるところ……とぽちぽちと探してみる。


 しかし残念ながら目ぼしいお店は見つからなかった。逆にこっちに近い方が気兼ねないかしら、などと考えているとマキウチさんのスマホがブブブ、と震えだした。


 素早くマキウチさんが操作する。どうやらスズキさんからのお返事らしい。


「スズキさんは仕事ができる人だね。いいお店見つけてくれたよ」


 マキウチさんがぽん、とメールで送ってくれた。レストランのHPだ。そのお店は、地図で言えばわたしたちの会社と、スズキさんたちの会社のちょうど中間点にあるらしい。個室でプライベートな話を気兼ねなく、というコンセプトのイタリアンカフェです、と紹介文に書いてある。個室と言っても、パーテーションで区切ったタイプだから、ある程度の声は聞こえるものの、普通のレストランよりある程度雑音は遮蔽できることをメリットとして挙げている。


 メニュー表の値段も、ディナーにしてはお手ごろだ。なんとなくだがリモートワークの会社員とかが多そうな雰囲気。


 ……確かに、距離と言い、値段感と言い、すごくいい感じだ。込み入った話というのは、静かすぎてもうるさすぎても話しづらい。個室だと却ってかしこまって喋れないかもしれない。だが、これならある程度の音は聞こえる。『お話』するのにはうってつけかも。 


「時間も今から行けばちょうどよさそうだね」


 時計を見たところ、16時45分だった。たしかに地下鉄で移動することを考えるとちょうどよさそう。


「スズキさんが何知ってるかだけど、場合によってはその相手も対象になるかもね」


「ああ……」


 あのメッセの送り主とか。スズキさんはわざわざ自分から来たから彼女じゃないとは思うけど、どうなんだろう……。ともかく、あのひどい文をリリアちゃんに送った奴は生爪禿げればいい。


 会社を出て、そのまま地下鉄入り口の階段をマキウチさんと降りた。その階段を下りる中、マキウチさんはぼそりと、スズキさんはたぶん関係ないから安心しな、と呟いた。


「関係ある人は、あんな目で俺たちに話すなんて言わないから。殺し屋やってるからわかるよ、あの目は不正の告発とか、そういうのをやる人の目だ」


 確かに覚悟の方向性としては、そういう感じな気もする。そうなると逆にスズキさんが待ち合わせに来てくれるかどうかが心配した方がいいのかしら。よくドラマだと、うやむやにするために黒幕が……とか聞くし。


 不安で何か吐き出しそうな気持になりながら、一駅だけの電車に揺られていた。


◆◆◆


 駅から降りて、待ち合わせのお店についた時、ちゃんとスズキさんは居た。ちょっとほっとする。もうひとり、小柄な女性がいる。彼女がもう一人の同期入社の子だろうか。


 そして二人は事務服じゃなく、私服だった。スズキさんはモスグリーンのモッズコートに細身のパンツという、事務服姿とはギャップがある出で立ちだった。なんというか、スタイリッシュ。眼鏡と一本縛りは変わらないのに、こうも印象が変わるものなのだな。服ってすごい。


 もう一人の小柄な女性は、暗めの茶髪にそばかすが印象的だった。なんとなく気弱そうな雰囲気である。こちらは紺色のダッフルコートにフレアスカートだった。


「すみません、遅れて」


「いえ、時間どおりです。わたしたちが早く着いただけです」


 時計をちらっと見て、スズキさんが冷静に答えた。一緒にいる人は、タカヤマさんというそうだ。スズキさんに促されて苗字だけ名乗った後、ぺこりと頭を下げた。


「寒いから中に入りましょう」


「そうですね、じっくりあったかいもんでも食べながら、話しましょう」


 ……これだけ見ると、マキウチさんとスズキさんのバトルが始まりそうだけど、そうじゃないんだよな。そうじゃないよね?不安になりながら、二人の後をついて行くと、あのお、とタカヤマさんが声をかけてきた。


「全然関係ないし、間違ってたら申し訳ないんですけど、イコマくんのファンの方ですか?」


「えっ!?」


 イコマくんとは、わたしの推しアイドルである。もうすぐ引退しちゃうけど。でも最後まで彼はアイドルとして頑張ると言ってくれているので、わたしは応援するのみと決めている。チケットの倍率は恐ろしく高かったが、無事ラストのコンサートはすべて参加できることとなった……というのはさておき。


 なぜそれを。イコマくんのグッズはカバンにつけてないはずだけど!?と思ったら、タカヤマさんは別のメンバーのファンであるらしい。そして以前、コンサートに行ったときの隣の席にいた人に似てると思ったらしく、恐る恐る声をかけてみた、とのお返事だった。……よく覚えていらっしゃいましたね。しかも同じグループとはいえ別人のファンを。そんな特徴的かしらわたし、と微妙に頭を抱えたくなった。


「あの、イコマ君に目線ちょうだいうちわとペンライトで応援するタイプの人、珍しいなと思って……すいません……」


 そ、そんなあ。イコマくん、かっこいいじゃないですか。そりゃあ、ドラマや映画、舞台でいろんな役をこなす昭和の二枚目俳優みたいなメンバー二人と一緒にいるから目立たないかもしれないけど。でも、確かにイコマくんのファン、SNSでもなかなか見かけないんだよな。同担拒否どころかむしろ同志を見つけて語り合いたいと思うのに。


「だから、イコマ君引退するって聞いた時、あの時いたうちわの人、大丈夫かなってちょっと心配してたんですよ。元気そうでよかった」


 そんな心配をほかの人からされるとは……。いや、まあ、へこみましたけどもね。今でも正直、芸能界引退だけでも撤回してくれないかな……とちょっと思ってます。多分無理だと思うけど。


「アイドル話で盛り上がってるとこ悪いけど、早くおいで」


 マキウチさん一体どこまで聞いてたんですか。おずおずと店員さんが案内した席に向かう。お客さんはまばらで、隣の隣のブース(区切り的にそういったくなる)から、打ち合わせをしているっぽい声が聞こえる。


 メニュー表を2つ置いて、仕切り用のカーテンを閉めて店員さんは去った。


「さて、話ながら食べるとなるとつまみ的なのがいいよねえ」


「ピザを頼みましょうか、あんまり具が多くない方が食べやすいかと」


「ついでにポテトも頼もうか」


 スズキさんとマキウチさんがてきぱきメニューを決めていくのでわたしは黙ってみていた。息が合いますね……。


 ここは呼び出し用のボタンがあるので、マキウチさんが押した。ピンポン、と軽やかな音が鳴る。一分ほどで店員さんはやってきた。


 マキウチさんが注文し、ついでにドリンクを頼もうということになった。とはいえ一応仕事の名目なので、ノンアルコールである。全員いったんウーロン茶で手を打つことにした。


「まあ、待ってる間にも話しましょうか」


 そうですね、とスズキさんが相槌を打ち、深呼吸した後こう切り出した。


「わたしはそれなりにこの会社で務めてますが、会議室から終業時間まで入った人間が出てこなかったのは初めてでした。出てきた時、オガワとササオカは般若みたいな顔をしていました。残りは憔悴しきってましたね。泣いてる社員もいました」


 想像をするだけですごい様相である。地獄みたいですね、とマキウチさんすら神妙な顔で言った。タカヤマさんががくがくとうなずいているのを眺めながら、祖母の家に昔あった赤べこみたいだなと不謹慎ながら思った。顔色は青いけど。


 その地獄の会議で分かったことは、どうもリリアちゃんは、同期からあまり快く思われてないということだった。LINEの送り主も、同期入社のひとりだった。


「私は接点ないので、なんともですけど……カブラキさん、いわゆるスポーツ入社なんです。うちの陸上部、割と大会出てるから、その枠で」


「なるほど、それでやっかみ買うんだ。入社の面接とか無しってことだもんね」


 マキウチさんが水を飲みながらそういうと、タカヤマさんはこくりと頷いた。わたしの入社のとき、人事採用の人が厳しい人で、圧迫面接みたいなのもあったんで、というとスズキさんの形相が変わった。何それ聞いてないけど、と絶対零度の声色でタカヤマさんを問い詰めた。ひっとタカヤマさんが悲鳴をあげた。お気持ちはわかりますがスズキさん、あんまり怖がらせないであげて。


 オガワさんは一般事務職として採用としか言ってなかったけど、普通に仕事はして、その上で大会のために練習もするんだから大変だ。入社試験パスしても、その後やらなきゃいけないことはむしろ普通の社員より多い。練習だけしてればいいというのは、スポンサーとしてついた時だけなんだろう。あんまり詳しくないけど。


「あの、なのでその試験なしで入社したってことで、カブラキさんのこと、よく思ってない人の方が多いんです。わたしむしろ、ササオカさんもそのクチかと思ってて、普通に仲良しだったことに驚いたというか」


 まあ、女子ってそういうのあるもんな。タカヤマさんがそう考えるのは、別に変な話じゃない。マキウチさんはすごく渋い顔してるけど。スズキさんの方は、でもササオカって他の同期と上手くやってるよね、とタカヤマさんを問い詰める。


「というか、ササオカさんみたいな人、敵に回したくはないと思いますよ。男子は高嶺の花だと思って見るし、女子はできる人だと思って警戒する。ササオカさんの方だって、ある程度情報収集したいから、表向きは普通に付き合うんじゃないかと」


 タカヤマさんの分析はめっちゃ冷静だけど、立ち位置が気になるな。クソメッセに関わってはなさそうだけども。マキウチさんもそこは気になるようで、タカヤマさんには親しい同期はいないんですか、と問いかける。


「わたし、はぐれものなので……」


「ごめん、わたしのせいだわ。初めてできた後輩で嬉しくて連れ回したから……」


 スズキさんが頭を抱えるが、でもよかったです、仕事覚えられるし、嫌な人たちと友達になるよりずっとよかったです、どうせ群れたところで結果はぐれものだっただろうし、とフォローなのか自虐なのかよくわからないコメントがたくさん出た。はぐれものかあ。だからこその冷静な目線なのだろう。リリアちゃんとササオカさんの関係は見誤ったけど、そりゃ敵視してる人の方が多いんじゃああいう見方になるのも仕方ない。わたしもタカヤマさんの立ち位置で見てたらそう思っただろうし。


 そしてスズキさんが、普通にいい先輩でなんかほっこりする。わたしも最初に入った会社でこんな先輩欲しかったな。教育係はゴミみたいなクソ野郎だったな、と思いながら隣のマキウチさんを見た。今の所優しいけど、どうなることか。


「あと、カブラキさんが嫌われてるの、オガワさん絡みもあるかと。オガワさん、今度昇進するって噂だし、狙ってる子結構いたみたいで。そんな人が教育係で、しかも好かれてるとなったら……」


「えっ、あのチビ助が!?あんたたちの世代にモテてんの!?嘘でしょ!」


 ここまで冷静な口調を崩さなかったスズキさんがめちゃくちゃ素で驚いた声を出した。スズキさんとオガワさんは同期なのかな。チビ助呼ばわりは可哀想だが、確かにそんなに背は高そうではない。下手したらリリアちゃんの方が背が高いんじゃないかな、とさえ思う。


「多分、そう思ってるのは先輩だけです。普通に出世頭ですからオガワさん。玉の輿狙える!って躍起になってる女子の方が多いです。一個下の子も狙ってるって公言してましたもん」


「そういうもんか〜わたし、ヒールある靴履くとあいつよりだいぶ背が高くなるから、その時点でナシなのよ。確かに同期じゃ一番昇進早いけどね……」


「だからみんなヒール履かないんですよ。わたしはヒール苦手なので、助かってますけど」


「うわー、ササオカしかヒール履履かない理由、そういうことか〜。あの子ちっちゃいからヒール履いたところで160もいかないもんね」


 そういえばササオカさんはあの時もヒール履いてたけど、オガワさんより小柄に見えたな。そもそも背が低いからあんまり関係ないということか。でもササオカさんはオガワさんを狙ってる感じはない。どっちかというと、オガワさんの恋のアシストしてそう。多分六股騒動の時に、チラッとでも言ったんじゃないかな。


 でもリリアちゃんがその時点でオガワさんのことを振ったなら、うんとは言わなかったんだろう。リリアちゃんはあんまり打算とかそういうので動く子じゃなさそうだし。いや、すごく知ってるわけじゃないんだけど。


「で、なにアイツ、チビのくせにモデル体型のカブラキに惚れたわけ?それでカブラキの方がさらにやっかみ買っちゃったの?うわ〜ほんとやだ〜〜〜、そんな話会議でしてんの嫌すぎる〜〜〜」


 スズキさん、素はこういう喋り方なんだ、とちょっと親近感が湧いた。怖そうだなとか思ってすいません。むしろこの人に好かれて可愛がってもらえるなら、クソみたいな話題で盛り上がる同期なんかどうでもいいわな。そしてスズキさんから見て、リリアちゃんはモデル体型らしい。確かに背が高くてすらっとしてたので、その評価は合ってると思う。ショートカットも似合ってたし。


 そしてそのタイミングで、失礼します、と店員さんが声をかけてきた。仕切り用のカーテンが開く。スズキさんとタカヤマさんは2人揃って佇まいを直していた。マルゲリータとフライドポテト、それぞれ頼んだドリンクが運ばれてきた。ポテト、いい匂い。ディップはケチャップと明太マヨという王道である。


 店員さんが去ったところで、話が再開した。


「しかしカブラキさんは、不運ですね。陸上の選手枠で入社するのだって、大変なのに、変にやっかまれて」


 マキウチさんの苦々しい声が響く。スズキさんはさっきまでとはうって変わって……というか、一番最初の時のような神妙な表情になった。


「直接の部下ではないとはいえ、年長者として気づけなかったのは遺憾です」


「わたしも、嫌われてるのは知っていたのに、何もできないままカブラキさんを追い詰めてしまって、申し訳ないです」


 タカヤマさんに至っては泣きそうだった。でも二人がここまで酷いことになってると気づけなかったことは、わたしは責められない。いじめというのはみんなコソコソやるからだ。人を陰で傷つける奴は、外面だけは異様にいい。いじめられて居る方は相談もできないまま、追い詰められて苦しんでしまう。自分が悪い、と責め続けて。


 本当に許せない。わたしが片付けてやる。


「お二人がそう思っていること、カブラキさんがもし復帰されたら伝えてあげてください。敵じゃない人間が他にもいたというのは、やっぱりほっとするでしょうし」


 そう言って、まあ料理食べましょうと率先してピザを頬張るマキウチさんを見て、この人の部下になれてよかったな、と心の底から思った。

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殺し屋たちの日常 早緑いろは @iroha_samidori

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