第2話

 この世界に転移してからどれほどの時間が経ったのかは分からないが、何かを食べたいと思うほどには腹が空いてしまっている。

 親切なスラさん曰く木の実ならあると言うから一応見せてくれと頼んだのだが……。

「なに、この……キイチゴもどき……?」

 目の前に差し出されたのはキイチゴを蛍光色の青で染色したような木の実だった。

「名は知らぬが、この辺では採りやすいものじゃ。儂がよく食べとる」

「スラさんが……えっと、人族が食べてるとこを見たりとか」

「さぁ……」

 せめて、おそらく毒への耐性などは変わらないであろう人族の誰かが食べているとかならまだしも、俺視点スライムしか食べている者がいない植物を口に入れることはとても抵抗感がある。

 そもそもスライムってどうやって食事をするんだ?などの疑問はあるが今はさておき。

「流石に、ちょっと。遠慮しとこっかな……」

 何かを食べねばいけない事は分かっているが、毒のある植物を食べてしまったが故に死亡、ゲームオーバーなんて本当に笑えない。

「そうか、なら儂が頂こう」

 スラさんの様子を少し観察してみると、岩の置かれた木の実を体内に取り込み、少しすると木の実は溶けて無くなっていった。

「そういう感じね……本当に毒とか分からなさそうな奴だ……」

 木の実を食べるのは最終手段に置いておくとして、では問題は俺が食べるものをどうするかだ。

「スラさんや、この辺に村とかはないのかい」

「あるにはあるが、お主一人でそこまで行くのは無理じゃろうな」

 まぁ確かに、ここに来た時にちらっと見えた人を食いそうなフォルムをした植物がうろついているのならば村に向かう最中にやられる可能性が高いだろう。

「……考えれば考えるほど積みでは!?」

 食べられるものは手を付けるには恐ろしく、とはいえ人がいる場所に行こうにも魔物が邪魔をする。

 魔物を倒す道具もなく、倒せそうな魔物が居たとしても倒しても無駄に体を動かすだけという事になりかねない。

「どうしたものか……っと、そうだスラさん。カードの使い方教えてくれない?」

「む、よかろう」

 カードの使い方は案外分かりやすく、同意のある魔物や弱った魔物、もしくは気絶や睡眠などで意識のない魔物に対して白紙のカードをかざすことで魔物を捕えることが出来るとのこと。

 ただし、強制的に従わせるような効力は薄く、持ち主への危害を禁じる程度しかないらしい。

「後は、あまり魔物の機嫌を損ねすぎると逃げ出してしまうからそこも注意じゃ」

「なるほどなるほど……」

 つまりは使役といえど主従関係よりは協力関係の方が近いイメージで、使う感覚で居ては良くないという事だ。

「まぁ、元からそういう使い方するつもりは無いし問題ないか……」

 空のカードケースは魔物を捕えたカードを入れる物であり、容量に上限はないらしい。

 多くなったらカード一枚取り出すのも大変そうに思うが、そこは使ってみたらわかるとのこと。

「まぁ、大体こんなもんかの」

「ありがとうスラさん。あ、とそうだ、カードってこれどっかで補充したりできるの?」

「ああ、それは持っとる者の魔力を使って作られるから、一日過ごせば足されとる。あまり気にせんで良い」

「なるほどなぁ」

 俺にどの程度魔力があるかは一切分からないが、魔法を使う機会はないだろうし、ここに使われるならむしろ効率的なのかもしれない。

「ただ、せっかく異世界に来たのに魔法とか使えないのか……」

 魔物使いになれるのはわくわくするが、それはそれとして魔法に興味がないかと言われれば否。指先から火を出す程度でも良いから使ってみたい気持ちはあったが、ないものねだりをしても仕方ない、それより今は……。

「んでスラさん。こういうのって一匹ぐらいなんか居たりしないのかい。無から始めるの俺がとても危ない気がするんだけど」

「……」

 俺が質問をするとスラさんは黙り込み、明後日の方向を向いて全身を逸らしてしまった。

「スラさん……? 嘘だよな……?」

「すまんの、ハルよ。儂が戦えるなら手伝ってやりたかったが、最初の一匹は自力で頑張ってもらうしか……」

「最初の一歩がだいぶ難易度高くないか!? 下手したら死んじゃうぞ俺!」

 戦闘能力皆無な人間が魔物とかいう字面だけでもう戦えそうなやつ相手に一人でどうこうできる訳もなく、この世界はかなり俺に対して厳しいのかもしれない。

「ま、まぁ……落ち着けハルよ。アテがないわけではない」

「え、まじ?」

 流石の世界もそこまで鬼ではなかったようで、ほっと安堵の息を吐きながらスラさんをじっと見つめる。

「うむ……。木の実を採る際に、恐らく群れからはぐれたウルフを見かけることがあっての」

「うんうん、それで?」

「巣にしとる場所も知っておる、眠ってるところを捕えれば……」

 やはりこの世界は、俺にとってはかなり難易度が高いのかもしれない。せめて村の近くにとか、人に保護される場所に居たかったものだ。

 とはいえ、外の植物とタイマンでだとか、他の魔物と戦うよりはマシではある、のかもしれない。

「死んだらマジで恨むからなここに連れてきたやつ…………」

 神様かなにかは知らないが、ここに連れてきた者は存在するはずで、正体も分からないその者に恨みを向けながら自身の両頬を叩き気合を入れる。

「んじゃスラさん、案内よろしく」

「うむ、任された」



 スラさんも戦えないからか、魔物と合わない道などには詳しく、森の中を目的の場所までは凶暴そうな魔物と遭遇することもなく進むことが出来た。

 道中、なにか動物が居ないかと探してはみたが、見つけた瞬間に弾丸のような速さで逃げていく鳥ぐらいしか見つける事はできなかった。

 この辺独特の生物で、でかい植物、マンイーターから逃げるために進化したらしい。

 マンイーターって名前の割に人以外も全然食べるのか、などの疑問が出はしたが、毎日人間にありつける訳でもないからそう進化していったのだろうと勝手に納得した。

「さて、この辺で眠っておったりするはずなのじゃが」

 物音を立てぬように進んでいると、開けた場所に湖があり、対岸には水を飲んでいる動物が目に入った。

「ウルフ捕えられたらあれ狩らせて肉食べれるかもなぁ……」

 水場もあるし、全部狩りつくすみたいなことをしなければしばらくは大丈夫だろうと、少し希望が見えてくる。

 前を行くスラさんを追いかけていると、急に立ち止まってこちらを見た。

「どったのスラさん」

「しっ。あまり声を出すな、ウルフが寝ておる」

 全身で方向を示してくれた方を見ると巣穴のようなものがあり、目を凝らせば中で狼が眠っているのが見える。

「後はお主の仕事じゃ」

「お、おう……もし食われたら骨は拾ってくれよな……」

 やるしかないでここまで来たはいいものの、いざ捕まえるとなると緊張で体が震え始めた。

 何度か深呼吸を繰り返し、息を殺してゆっくりと歩み寄る。

 音を殺そうと意識しているからか、自身の心臓の音がうるさく聞こえてバレてしまうのではないかと恐怖や不安が襲い掛かってくる中、なんとか巣穴の前までたどり着く。

「よ、し……あとは……」

 ケースから白紙のカードを取り出し、ウルフへと近づける。

 巣穴の影でシルエットしか見えないが、今起きたら腕ごと持っていかれるのだろうな、などが頭を過り手が震えてしまう。

「落ち着け、落ち着け……」

 絶対起きない、大丈夫と自分に言い聞かせてウルフにカードをかざす。

 カードから光の粒のようなものが溢れ、ウルフを取り囲むように動いていく。

 そして全身を包み込み、小さな球体へと変わってカードの中へと入っていった。

「……お、終わったの、か?」

 案外あっさりと終わり、本当にこれで大丈夫なのかと思いながら手に持っているカードを見る。

「……わぉ」

 白紙のカードは灰色の毛に土がついて汚れたウルフの姿が描かれたカードに代わっていた。

 灰色の枠に囲まれ、名前やおそらくレベルを表しているであろう数字が書かれている。

「お、おお……これはマジで行けたっぽい」

 安心すると急に力が抜け、その場に座り込んでしまう。

「なんとか捕えられたようじゃの、ハルよ」

「うん。ありがとなスラさん」

「ほっほ……儂は案内しただけじゃよ」

 何とか一歩目を踏み出す事が出来たことに達成感や喜びはあるが、どっと疲れが来てしまい、そのまま倒れて横になる。

「ちょ、っと休憩……なんか危なかったりしたら言って」

「うむ。落ち着いたら使い方を教えよう」

「頼む……」

 あとはこのウルフを使い、動物を狩れば肉が……。

「火とかどうやって解体するかとかの問題あるじゃん……」

 一歩進めたと思えば、抜けていた問題点が見えて来たが、そこはどうにかするしかないと片付け、今は体を休めるのだった。

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