第8話

「……どう見てもゴブリンってやつだよなあれは」

 完全に目が合っているため知らないフリで回れ右して帰るのは困難だろう。

 その証拠に目の前のゴブリンは棍棒を構えてこちらを睨んでいる。

「完全にやる気の目だ……!」

 今は睨み合いの段階なのだろう、もしここで俺が背を見せてでもみれば後ろから一撃、ゲームオーバーの未来が待っているに違いない。

 とはいえ、戦わせ方がいまいちよく分かっていない。

 技を指示するにしても何を覚えているかも分からないし、相手の行動を読んで指示するには経験不足。

「ここは……お任せが一番か。ウルフ! なんかいい感じにあの緑のを倒せ!」

 自分で指示するよりはこっちの方がウルフも動きやすいだろう。

 ただ、この指示だとどこまで戦うのだろうか。ゲームではよく倒してきたゴブリンとは言え、こうして目の前にいるのを見ると、この生き物が死んでいる所を見るとなると割とショッキングな絵になるように思える。

「……できれば、余裕があるなら殺さない程度で済ます感じで頼む」

 戦いもしないのに注文が多いのは罪悪感があるが、この辺に巣があるのだからここで殺してしまえば復讐だなんだでより悪い状況になる可能性もあるなど、自分を納得させながら戦いの邪魔にならないように一歩後ろに下がる。

 ウルフが唸りながらゴブリンと睨み合い、次の瞬間地面を蹴り距離を詰めた。

 向こうもあまり戦闘慣れしていないのか、反応が遅れ避ける事もできずに腕に噛みつかれ、悲鳴のような鳴き声をあげながら腕や棍棒を振り回して振りほどこうとしている。

「やっぱ狼ってんだから敵にしたら怖いんだな……」

 寝ている隙に捕まえられたから良いものの、もし失敗していたら、もし何とか倒して捕まえようとしていたらと思うと、ウルフがすんなり仲間になってくれてよかったと心底思う。

 そんなことを思っている間にウルフは距離を離しており、腕から血を流したゴブリンは痛みに堪えながら棍棒を乱暴に振りながらウルフへと突撃してく。

 とはいえ、不慣れな様子に腕の痛みも相まってあまり早くはなく、軽々と回避して背後へと回り込みそのまま飛び掛かった。

「うちのウルフ実はめっちゃ強いのでは……」

 地面へと叩きつけられた衝撃で棍棒は手から離れ、こちらへと転がってくる。

 ゴブリンは死を悟ったのか、力を抜いて地面に倒れ伏した。

 上に乗ったままのウルフはそれ以上は何もせず、ゴブリンを体を押さえてこちらを見つめてくる。

「すごいな……よくやった」

 近寄り、ウルフを撫でながら白紙のカードを取り出してゴブリンへとかざす。

 抵抗する様子はなく、すぐにカードの中へと捕らえられていった。

「予想外だけど、ゴブリン捕まえられたのめっちゃいいんじゃないかこれ」

 カードの絵を見ると、左腕の怪我はなく元気な状態のゴブリンが描かれている。

「そういや怪我とかって勝手に治んのかな……」

 今出して怪我をしたまま出すことになるのはかわいそうなので、カードの確認も後回しにしてケースの中へとしまう。

「これ以上進んだら大勢相手にすることになりそうだし、一旦帰るか」

 先にあるであろう洞窟の方向を警戒しながら、地面に転がったままの棍棒を拾い上げる。

「思ったより重いな……」

 ずっと持っていると疲れそうな程には重く、これを持って探索を続けるのも嫌なので引き返し、スラさん達の待つ洞窟へと戻っていく。



 洞窟に帰ると、スラさん達の作業も大体終わっており、ボアの姿は見る影もなく肉や皮だけになっていた。

「ただいま。すごいなこれは……」

「そうじゃろう。利口なトレントで教えがいがあったわ」

「なるほどなぁ……偉いなトレント。うちの魔物達がすごい……」

 横になっているトレントを軽く撫でてから寝袋の上へと座り、ゆっくりとしながらゴブリンのカードを取り出す。

「っと、そうだ。スラさん。偶然ゴブリンと会って捕まえたんだけどさ」

「戦闘に慣れる為に出たとはいえ、予想以上の成果じゃな……」

「怪我とかってどうしてやればいいんだ?」

「死なぬ限りはカードの中で休ませてやれば怪我は治る。安心するとよい」

 思った以上に便利なカードで驚きはするが、まぁ捕まえる時点で凄そうな代物だしそれぐらいは付属させられるのだろうか。

「んじゃまぁ……しばらく置いといてやるか……」

 灰色の枠で囲まれ、レベルは2と書かれている。特性は特になく、ゲームなら序盤の敵って感じのゴブリンなのだろう。

「そういや、他のはどうなってんだろ」

 ふと気になり、ウルフとトレントのカードを取り出して眺める。

 外に出しているから姿は無いが、レベルは少し変わっていた。

「ウルフが4になってるしトレントは2か……戦闘の方がレベルは上がりやすいけど他の事でも上がるのか」

 環境自体は恵まれてはいないが、こういった異世界でゲームのような事をしている事自体には昂る心を隠すことはできない。

「レベル上げたらどうなるかとかめっちゃ気になるな……特性増えんのかな」

 カードをケースへとしまい、次の目標を考える。

「やっぱ次はゴブリンの洞窟……んー……」

 魔物を使役している自覚を持ち始めたのか、無暗に魔物と戦い倒す事に少し抵抗がありはする。

「なんか悪い事してたら仕方ないけど……。スラさん、洞窟のゴブリンって人間に被害出したりしてるのか?」

「む? 儂が把握している範囲では特にしとらんはずじゃ。あの辺に人が寄らんこともあるがの」

「なるほど……」

 なら乗り込んで倒すのは違う。洞窟に居るゴブリンが何をしているか、何匹いるかにもよるが、何とかして協力を得られれば一気に人手が増えるのではなかろうか。

「……捕まえたゴブリンに説得してもらうか……?」

 ふと思い浮かんだ事を実行できるかはさておき、せっかくなのだから理想を試してみたくはなる。

「ゴブリンの傷が癒えるまでは待つか」

 疲れもあって今は動く気にはなれず、座ったまま洞窟から見える暗くなり始めた空をぼーっと眺め、休憩をとる。

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