異世界転移の魔物使い
霧代アユム
第1話
長く息を吐きながら、ゲーミングチェアに身を預けてゆっくりと体を伸ばす。
高校から帰り、食事や風呂以外はずっとゲームをしていたせいか、時間の流れがとても早く気が付けばもう日も変わっている。
「ま、明日土曜だしまだまだ起きれるな」
ゲーム画面が映し出されたモニターの隣で、アニメを流す。
「最近は見る物もやる物も多くて大変ですな……」
キーボードの横に置かれた読みかけの漫画をちらりと見てからモニターに視線を戻す。
最近は魔物を育成し、戦わせるゲームにどっぷりハマっているせいで他の事があまりできていない。
早くクリアしてしまおうと思っても案外長い上に要素も多く、結局こうしてアニメと同時に見ながらなど、二つ同時にでもしないと時間がいくつあっても足りないほどだ。
「流石に1話だし休憩ついでにちょっと見るか」
ゲームは一度メニュー画面で止め、お菓子を食べながらアニメを眺める。
「異世界系かぁ……もし異世界行けたら魔物使いになってみたいな」
影響をモロ受けたような呟きを溢し、EDが流れ始めた頃にまたゲームを再開する。
アニメは流しながら育成を続けてしばらくが経った頃、急激な眠気に襲われ、ベッドに行く余裕もなく机に突っ伏して眠りへと落ちてしまう。
雫が地面へと落ちる音で俺は目を覚ました。
いつの間にか体勢が変わっていたのか横になっており、地面の硬い感覚がする。
ただ、フローリングなどとは違い平らな地面ではなく、例えるのなら足つぼマッサージの上で寝転がっているような……。
「いやなんで!?」
思わずばっと上半身を起こし、目を開いて辺りを見渡す。
「……は?」
目に入る光景は自分の部屋ではなく、洞窟のような場所。
明かりは少ないせいで薄暗く、外を見れば森がその先には森が広がっている。
「ど、どうなって……?」
じめじめとした空気に、僅かなカビ臭さ。
洞窟ってこんな感じなのかなぁなんて現実逃避を兼ねた考え事をしていると、外をいかにも人を食いそうな口をつけた大きな植物が通っていった。
「……わぉ…………」
リアルな感覚や横切った謎の生物に戸惑いながら、夢である可能性に賭けて頬を抓るも、しっかりと痛みを感じてしまう。
「マジか……」
ゆっくりと立ち上がり、自分の服装などを確認する。
紺色のTシャツに黒色のジャージパンツと、変わらずに部屋着のままで靴は履いていない。
違う点と言えば、身に覚えのないデッキケースが二つ付いたベルトが腰に巻かれていることだ。
「これが噂の異世界転生ってやつですか……んでこのケースは一体」
ケースを開いて中を確認すると、片方には何も入っておらずもう片方には何も書かれていない白紙のカードが入っていた。
「何に使えと……」
ステータス画面が開ける訳でもなく、謎の声が導いてくれる事もなく、右も左も分からずにその場に立ち尽くしているとどこからか老けた男性の声が聞こえてくる。
「目が覚めたようじゃの」
「!?」
驚きのあまりびくっと肩が跳ね、きょろきょろと辺りを見渡すが声の主らしきものは見当たらない。
「下じゃ下」
「え……えぇ!?」
下へと目を移せばそこに居たのは人ではなく、透き通った水色をしたぷるぷるとした謎の物体だった。
「す、スライム……? というか喋ってる!? 分かる言語で!?」
「そりゃスライムの中じゃ偉いほうじゃし」
「さ、左様で……襲ってきたりしない?」
後ずさりしながらスライムをじっと見つめていると、否定するように左右に何度も揺れた。
「しないしない」
安心させるように気を使ってくれているのか、優しい声色で言いながらこちらを追う事もなく、その場でじっとしている。
「そっかぁ、いいスライムか」
態度や声、様子などから何となく悪いスライムではない気がして警戒を解く。
「でー……えっと、名前って?」
「特には、好きに呼ぶとよい」
スライムの呼び方と言えば、まぁ真っ先に浮かぶ物はあるがあまりにもイメージと合わないので置いておく。
「じゃ、安直にスラさんで」
「ほんとに安直じゃな」
「名前つけるの苦手なもんで……あ、俺は
自己紹介を済ますと、スラさんは椅子にするには丁度よさそうな岩を持ってきてくれて、座るように促した。
「こほん。ではハルよ、色々と疑問があるじゃろう。それに儂が答えよう」
「色々どころかほとんどが疑問ではあるけど……ありがとう」
何から聞いたものかと悩みはしたが、とりあえずはこの世界の事を知らなければ始まらない、そう思ってスラさんに聞いたのだが……それが間違いだったのかもしれない。
この世界について聞きたいと言った瞬間、スラさんのあるはずもない目が光り輝いたような気がして、そこから延々と世界の成り立ちや歴史などが語られたのであった。
喉の渇きや空腹、眠気すらも感じつつ、何とかスラさんの話が終わるのを待ちながら右から左に流れなかった、頭に残っている部分を整理する。
どうやらこの世界は竜が創ったとされているらしく、その竜は始まりの竜、『始祖竜』として崇められているらしい。
それ以外にも竜は存在するが、人を襲う竜などもいるため始祖竜以外は信仰されるかどうかは場所によって変わるとのこと。
それ以降は正直、分からない単語も混ざったこともありほとんどが頭に残らなかった。
「――と、まぁ軽く説明するならこんな感じじゃな」
「今ので軽く!?」
「話そうと思えばまだまだ話せるが、聞くかの?」
「遠慮しときます……」
食い気味に否定しつつ、固まった体を伸ばすために立ち上がって伸び、ベルトの存在を思い出し、白紙のカードを一枚取り出す。
「そういえばスラさん、このカードって何か知ってる?」
「それは儂らのような魔物を捕え、使役が出来る物じゃの」
「へー……思った以上に凄そうな。魔物使いってことか」
カードをじっと見るが、なんの変哲もないただの白紙の紙にしか見えないが、そこは流石異世界と言ったところか。
「どう使うかも知ってる?」
「もちろん、時が来たら教えよう」
「スラさんめっちゃ物知りね」
「ほっほ……」
本人が偉い方とは言っていたが、それにしても知っていることが多い。もしかしたらこの世界じゃ基礎知識の部類だったりするのだろうか。
とはいえ、あまりこの世界に長居するつもりも無いしあまり気にしなくてもいいことだろう。
「まぁいっか……んでどうやったら元の世界に帰れるかは?」
「始祖竜様の力を借りるしかないの」
「えっ。そんなに簡単に会えるもんなの?」
「無理じゃ。めっちゃ大変」
あっさりとスラさんから言われた事実。それは俺の異世界生活が、かなりの長い物が確定してしまった瞬間であった。
「大変って、どんな風に……?」
「始祖竜様が住んでおられる場所に住む者に打ち勝てる力が必要じゃからの」
「わぁ………………」
体感、異世界お決まりのチートや異常な能力が俺に与えられてる気配は一切ない。
手元にあるのは魔物を捕えられるらしいカードのみ。
「いけるのか……?」
体育大嫌い一般高校生の俺では、いくら努力してもそんな明らかにやばそうな場所に行けるイメージができない。
「カードを上手く扱えるようになれば可能性は出るかもしれんの」
「それでも結構掛かりそうな気がするんだけどその辺は」
「才能次第じゃが、年単位かもしれぬの」
現実との時間の流れの差は分からないが、もし同じとすれば俺は人生で大事な高校生活、そして大学生活まで潰してしまう。
それはギリ良いとしても、クリアしていないゲームをやることも、完結していない漫画の続きを読むこともしばらくはできないと。
「……帰りてぇ……」
しかも異世界なら、食文化も違うだろう。
ピザやハンバーガーとはもう会えないと思った方が良いのかもしれない。
「なんならまともな寝床もないな……?」
あまりにも劣悪。夢ならば早く覚めてほしいと願うレベルで全てが揃っていない現状に置かれてしまっている。
「最悪だ…………」
俺自身が魔物になっていたり、扱いが悪い場所に置かれていないだけまだましと考える事はできるが、それでも誤魔化しきれないほどの環境で、現代の今までの生活がどれだけ恵まれていたものかを改めて認識する。
「スラさんどうにかしてここに始祖竜様呼べない……?」
弱弱しい声でスラさんの方を見て、藁にも縋る気持ちで聞いてみるが無慈悲にも、無言で全身を左右に振っていた。
「そっかぁ…………」
肩を落とし、現状をあまり考えないようにして、魔物使いになれる事に目を向けて前向きに行こうと思考を切り替えようとするが、それを防ぐかのように空腹を示す腹の音が鳴ってしまう。
「ところでスラさん。なんか食べ物とかって」
「木の実ならありはするが」
「木の実かぁ……」
帰れないどころか、この地で朽ち果てる可能性すらも出始めてしまった俺の異世界での生活は、こうして幕を開けたのであった。
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