後編
二日目。
僕は卒業試験の最中にも関わらず、ドランさんの厨房へと来ていた。
本来ならばこんなことをしている場合ではなく、卒業のために一本でも多くのポーションを売り上げなければいけなかったのかもしれないけれど、ドランさんの話を聞いてみようと思ったのだ。
ドランさんは、最初にあったときのような、とても明るい顔で僕を出迎えてくれた。違うのは、いわゆる料理人のような白い服装をしていたことだ。
「ごめんね、卒業試験だろ?呼び出してしまって」
僕は慌てて手を振る。
「いえ、たぶん昨日の売上げ方だと、もう卒業できないと思うし……」
ドランさんは、僕が持ってきたポーションの代金を手際よく支払うと、何やら砂糖の粉やらリンゴやら、まるでジュースを作るための材料を、調理台の上に用意する。
「実はね、僕もシグマ先生の生徒だったんだ」
ドランさんは簡易魔法で氷を生成すると、それをボウルで水と混ぜ合わせる。そのボウルの中に、ポーションのボトルを横にして、ポーションを冷やし始めた。
「そうだったんですか。それでも調合師から料理人なんて珍しいですね」
恐らく、何らかのシロップを作ろうとしているのだろう。
「僕も君みたいに、ポーションが本当に作れなかったんだ。でも、なぜか味だけは癖になるということに気が付いて、それで敢えて料理人の道を薦めてくれたんだ」
ドランさんは、リンゴをすり潰し、砂糖と混ぜる。そして、その液体を鍋にかける。
ドランさんは、例によって、焦げ付かないようにリンゴのシロップをかき混ぜながら、話しかける。
「で、シグマ先生は、あいかわらず『なんか、あるんだよなあ』って言ってるの?」
「はい」
ドランは、火を止め、の魔法で簡単にそのシロップを冷却し始める。
「まだ言ってるんだ。でもシグマ先生の『なんか、あるんだよなあ』って不思議だよね。本当に『なにか、あるんだ』から」
そう言って、ドランは、先ほどの鍋の中に出来上がったリンゴのシロップをポーションボトルに注ぐ。
「はい、これ」
ドランさんは僕にそのポーションを差し出した。
僕はそれを受け取り、マジマジと見つめた。
そして、自分で飲んでみることにする。
「じゃあ、いただきます……」
僕はポーションを口に含み、そしてゆっくりと飲み込む。すると、リンゴの酸味
と、しゅわしゅわとした味の刺激、そして弱いながらも、身体の内側から元気になる薬草の効果が上手くマッチ
「美味しい……」
僕は、思わずそう口にした。
◇◆◇
卒業三日目。
僕は再びポーションを並べる。
いや、もうもはや、薬のポーションではないかもしれない。
でも、僕は自分のポーションに自身を持つことが出来た。
冒険者風の男は、僕に話しかける。
「これは、どういうポーションなんだい?」
「えーと、なんていうか……効果は……」
「効果は?」
もう前の僕ではない。
「確かに、効果はありません。目覚ましい回復力も、内から湧き出る魔力も、あるいは足が速くなることも、かといって、毒を与えたり、痺れさせることもできません」
「じゃあ、いったい何のためのポーションなんだ」
「美味しくて、元気になります」
冒険者風の男は首を傾げる。
その困惑の表情に、僕はもう一押しする。
「試してみてください」
周囲の視線も感じる。
「じゃあ、一つ……」
冒険者風の男は、僕のポーションを一本購入する。
僕は、その人の反応をじっと待った。そして……
「……美味い!美味いじゃないか!」
そう言って、男はポーションを、喉を鳴らして美味そうに飲んでいく。
そして、口を拭い、そして満足そうな笑みを浮かべる。
「これは……、確かに美味いな。それになんだか元気になる」
僕は、思わず笑みがこぼれる。
「はい!」
「これ、なんていうポーションなんだい?」
冒険者風の男は僕に尋ねる。
僕は胸を張って答える。
「それはエナジードリンクというものです。確かに即効性はありませんが、こういうちょっと暖かい日に飲むと、喉が潤いますし、元気になるでしょう。何より美味しい」
「確かに、美味しい……だが、エナジードリンクなんてはじめて聞いたぞ」
冒険者風の男は首を傾げる。
僕は説明する。
「ええ、エナジードリンクは飲むと単に美味しくて元気になる飲み物なんです」
「なるほど……」
冒険者風の男は、僕のポーションを気に入ったらしくもう二本購入する。
そして、待っていたかと言わんばかりに、周囲の人たちが僕の露店に集まってきた。
「俺にも一本くれ!」
「私も!」
僕はポーションを渡し、そして一本売れたらまた次の一本を売る。
それをずっと繰り返していった。
結果、その露店の売り上げは大成功となり、僕の卒業試験は見事クリアとなっ た。
◇◆◇
そのあと、僕は調合師にはなれなかった。
だけど、ドランさんの厨房を借りながら、新しいエナジードリンクの味と効用を考えていた。
夜眠れないときのために、落ち着くためのポーションだったり、あるいは、資源勉強に集中するためのポーションだったり……と、今日も新しいものを作っている。
そして、ドランさんの厨房でその試作品を味見してもらっている。
「うん、これは美味しいね」
「ありがとうございます!」
僕は思わず頭を下げる。
「そういえば、シグマ先生が遊びに来ているよ」
そのドランさんの声を聞いて、思わず速足になる。
そして、僕はシグマ先生に挨拶をする。
「おはようございます、シグマ先生」
シグマ先生は無精ひげを撫でながら、ポーションを一本購入すると、僕にこう言ってくれた。
「だろ?『なんかあった』だろ?」
僕は無言で頷いた。
異世界エナジードリンク開発物語 アイアン先輩 @iron_senpai
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