あかり、町の秘密を知る

自転車屋さんと竜二さん

 車輪の音が聞こえる。

 ペダルを踏み続け、私は町を飛び出していた。

 息が苦しかった。それは自転車で走っているから、だけじゃない。

 傷つけた。酷い言葉で傷つけた。

 取り返しのつかない言葉が、冬夜くんの顔と一緒に、何度も頭の中で繰り返される。

 どうしてあんなことを言ってしまったの。意味の無い問いが、何度も何度も私の頭を殴る。


「った!」

 

 うっかりペダルを踏み外す。脛の当たりが擦れた。

 じくじくする痛みを、ぼんやりとした頭で見つめる。

 いつの間にか街灯がついていて、夕暮れで赤く黒く染まった道に出ていた。


「おい!!」


 鞭を打つように鋭い声が飛んできた。


「何やってんだ、自転車の灯りもつけないで!」


 振り向くと、大人のように体格がいい男子が立っていた。

 ……あれ、確かこの人。


「竜二……さん?」


 詰襟の制服ではなくTシャツにズボンだけど、オールバックは見覚えがある。

 コンビニで私に絡んできた暴走族の人だ。違う。自転車愛の強い人だ。


「あ? テメェ、冬夜んとこの……」


 冬夜くんの名前が出て、思わずドキリとする。

 そう言えば冬夜くんとは知り合い? なんだっけ。

 竜二さんは睨みつけるように私の全身を見て、こう言った。


「……ああなるほど、『ヤマグチ』に依頼しに来たんだな」

「へっ?」

「こっちに来い」


 え、いや、なんですか?

 と、顔を上げた時、ぽっかりと白色の明かりが着いた看板が見えた。

 そこには、『ヤマグチ』と書かれている。店頭にはずらりと自転車が並んでいた。

 ……そう言えば、冬夜くん、『何かあったら、「ヤマグチ」に行くといい』って言ってたな。


「自転車も持ってこい」


 自転車を店の前に停めようとしたら、そう言われたので、私は狭い店の入口をくぐり抜けるようにして通る。

 すると竜二さんが私の自転車を丁寧に運び、広く開けられた場所まで持ってきた。


「端子抜けも断線もしてないな。ってことは、サビついてんのか」


 そう言って、竜二さんはヤスリを持ってくる。


「車輪も結構サビついてんな。サビ取りはしてねーのかよ」

「……するものなんですか?」


 私がそう言うと、竜二さんは黙って作業をし始めた。

 呆れられた気がする。

 沈黙が耐えきれず、私は会話を切り出すことにした。


「ここのお店は、竜二さんのご家族が経営されてるんですか?」

「違ぇよ。俺は居候だ」


 その言葉を聞いて、私はへえ、と思った。

 家族では無い人のところでお世話になって、店のことをする。さっきまで自分とは別世界の人間だと思っていたけれど、何となく親近感を持った。

 けれどそこから、また会話が途切れる。

 今度は竜二さんが口を開いた。


「……さっき、泣いていたけど」

「え、ああ」


 ……私、泣いてたんだ。

 頬をさわると、確かに涙のあとがある。恥ずかしい。泣く権利なんて、私にはないのに。


「ちょっと……酷いことを言ってしまって……」


 自分のしでかしたことを言うのは、言いづらかった。

 だけど、言いづらい状態で話すことが、私への罰なんじゃないかと思った。

 私が妖怪のことを抜きして話すと、竜二さんは、「冬夜が怒ったぁ!?」と大きな声を出した。


「マジかよ……いや、ナツが絡んでんなら、ありえるけど……あの冬夜が……」

「そ、そんなに珍しいんですか?」

「珍しいな。人をたしなめることはしても、怒るなんて見たことねえ」


 それで? と促されて、私は続けた。


「その時に……私、ついカッとなっちゃって……冬夜くんを傷つけるようなことを言ったんです」

「…………傷ついたの?」


 アイツが? と、半信半疑な顔で尋ねられる。


「……にわかには信じられねえな」

「そ、そうですか……?」


 冬夜くんだって、傷つくことはあると思うけどな……?


「アイツは山のような人間だ。俺が何を言っても、何をやっても、涼しい顔をしやがった」

 

 そう言って、竜二さんは作業を始めた。 


「同じ目に遭ってくれれば、俺の惨めな気持ちを分かってくれると思ったんだ。……痛みつければ、分かってもらえると思っていた」


 んなこと、全然なかったけどな。そう竜二さんは言う。

 その気持ちを、今の私は痛いほど理解出来た。

 

 ――私は自分の意思で、冬夜くんを傷つけようと思って傷つけた。自分の傷を思い知らせてやろうと思って、冬夜くんが絶対に言い返せないことを言い放った。

 だけど、わかるはずがない。

 言葉ですら中々伝わらないものが、痛みなんてもので伝わるはずがないのに。


「ほらよ」


 竜二さんの声に、はっと私は我に返る。


「なおしたぞ。ついでにタイヤの空気も入れておいた」

「あ……ありがとうございます」


 運転してみろ、と言われたので、私は店の前で漕いで見せた。

 シャーッと気持ちのいい音がするのと同時に、ピカーッ! と灯がつく。タイヤもしっかり空気が入っているため、少ない力でもスイスイ前へ行った。

 すごい。こんなにも違うなんて。


「お前さあ、もう少し物、大切にしろよな」


 見ててハラハラすんぞ。

 竜二くんに言われ、私はキョトンとする。

 そういえば、最初に竜二さんに絡まれた時、私竜二さんの電動自転車を倒してしまったんだっけ。


「あの……あの時はすみませんでした」

「あ?」

「電動自転車、倒してしまったから」


 高いんですよね、と言うと、竜二さんははあ、とため息をついた。

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完璧ブラコン番長と町の謎 肥前ロンズ @misora2222

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