ひどいことを、言ってしまった 2




 目が覚めると、自分の部屋だった。

 痛みはなく、見ると傷口も塞がっていた。

 ……あれ?


「お、目覚めたかい」


 部屋に音子さんが入ってきた。


「音子さん……私……」

「夏樹くんにお礼言っておきな」音子さんは穏やかに言った。


「あの子が肉人から肉を貰っていたから、アンタの怪我が間に合った。怪我してるアンタのスマホから連絡したのも、あの子だしね」


 肉人って、ぬっぺふほふの事か。確かお礼に肉塊をもらって、それを店長に渡していた。あれ、怪我にも効いたんだ……。


「ごめんなさい、私……」

「反省は後だ。起きられるね?」


 音子さんは私の背中をさすって言う。「夏樹くんに、無事な顔を見せに行きな。店にいるから」

 私はベッドから飛び起き、一階へ下りる。

 そこには、泣き腫らして椅子に座る夏樹くんと、彼を見下ろして立つ無表情の冬夜くんがいた。

 冬夜くんがとってくれた猫のぬいぐるみ『ムギ』が、心なしか心配しそうに二人を見ている。


「夏樹くん!」


 私が声をかけると、夏樹くんが顔を上げた。

 夏樹くんは鼻水と涙をぐじゃぐじゃにして、私に抱きついた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……! あかりねーちゃん、ごめんなさい……!」

「何謝ってるの!? 謝るのはこっちだよ!?」


 私がそう言っても、夏樹くんは顔をあげない。

 その時だった。


「夏樹。お前、自分が何をしたのか、わかるな?」


 冬夜くんの凍ったような声が、店内に響く。

 ゾッとした。いつもなら素っ気ない言い方であっても、人を怖がらせない、やわらかな声だったのに。


「俺、何度も言ったよな。黄昏時は危ないから、友だちと遊ばないよう、寄り道しないように帰れって」


 夏樹くんは、うん、とうなずく。


「それなのに何度も破って、小野をこんな危険な目にあわせて……」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 私は夏樹くんを抱きしめて、冬夜くんに言う。


「今回のことは油断した私のミスだし、それに夏樹くんはっ」

「小野は黙ってくれないか」


 ぴしゃり、と。私の意見なんて聞かないとばかりに、冬夜くんは言う。

 そのやり方に、私は頭の中で、スイッチが入る音を聞いた。


「お前が、他の子たちを想って一緒に行動していたのは知ってる。視える子たちに同情したんだろう。けど、お前は小野と違って、妖怪を退治することができない。

 お前の勝手が、小野を危険な目に遭わせたんだ」


 鞭打つような言葉だった。

 お腹の位置から、ごめんなさい、ごめんなさい、という声が聞こえてくる。

 恐怖と怒りが湧いてくる。

 この方法を、私は知っている。

 これをやっていた人を、私は知っている。


 これは、私の母親のやり方だ。

 お前には能力がないと、だから勝手なことをするなと、何度も何度も言われた。

 私の言うことを聞いていればいい。そしたら間違えは無いからと。

 嘘をつくな。


「……何も、知らないくせに」


 自分の声が震えているのがわかった。


「『危ないから黄昏時には帰れ』? 普通の小学生が守りたいと思う? 皆友だちとできる限り遊びたいよ。理解されない家なんか帰りたくないよ。

 人と違うだけで、そんな制限を受けないといけないの?」


 冬夜くんが呆れたような目で私を見る。

 冬夜くんからしたら、私は、言うことを聞かない子どものように見えているんだろう。

 そうだ。これは子どものわがままだ。自由意志より安全が配慮されて当然なのに、受け付けられない子どもの癇癪だ。

 だけど、そんな風に頭ごなしで言われるようなことを、夏樹くんはしてない。

 夏樹くんは寄り添おうとした。人の痛みに。人の悲しみに。怖いものを怖いよね、と言ってくれた。それこそが、私たちが欲しかったものだ。一番必要だったものだ。

 だけど、この人のやり方は、それを踏みにじるものだ。こちらの道が正しいからと、ついていけない感情を置いてけぼりにするような――。

 

「だから小野は、黙っててくれないか――」

「視えないくせに!!」


 パン、と、何かが体の中で弾ける。


「妖怪が視えないくせに、勝手なことばっかり言って! ――私たちの気持ちなんて、わからないくせに!!」



 そのとたん。

 冬夜くんの顔が、迷子になった子どものような、途方に暮れる顔になる。

 夏樹くんが泣きやみ、息を呑んだ。

 見ていた店長は無表情で、音子さんは少し残念な顔をしていた。


 私は。

 言ってはならないことを、口にした。

  

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