第17話 いざ

「それで、翠」

「は、はい」

「今回の件が無事に片付いたら、役目を交代させるからな」

「役目を、交代ですか?」

「そうだ。碧を陸巫女とし、正式にお前をおれの嫁巫女とする。お前がそこまで巫女としての能力にこだわるというのなら、近くに碧を控えさせておけば良いわけだしな。そうだろう?」

「それは……確かにそうかもですけど」

「それに、無理にとは言わん。今回の旅で、なんとしてもお前の気持ちをおれに向けさせる。お前の方から『ぜひとも螺旋様の妻に』と言わせてやるから」

「ど、どうでしょうか」

「ははは、おれに出来ぬことはない。さぁ、そうと決まれば明日にでも出発だ。映心、旅の準備を頼む」

「かしこまりました」

「あ、あの、私も――」


 手伝おうと腰を浮かせると、翠殿はそのまま休憩なさっててください、と言われてしまう。螺旋様からも、手の上に山盛りの菓子を乗せられたりして。


「翠はこれでも食べてゆっくりしてろ。何も心配はない。おれがいれば万事うまく行く。愚かな王に鉄槌を下して、碧を改心させ、必ずやこの村へ連れ帰るから」

「螺旋様……」


 見惚れてしまいそうになるほどの笑みを向けられ、つい流されそうになるけれども。


「あの、鉄槌というのは、えっと、比喩ってことで良いんですよね? まさか本物の鉄槌を振り下ろしたりしませんよね?」


 震える声でそう尋ねると、「え? あ、あ――……、おう、もちろんだとも」と目が泳いだ。いや、絶対考えてましたよね。駄目だ。絶対にこの御方にすべてを任せるわけにはいかない。危険すぎる。


「螺旋様、どうかその御力はか弱き民をお救いになるためにお使いください。あの、姉の説得については私に一任させていただきとうございます」


 じっと目を見つめてそう懇願すると、螺旋様は、ふむぅ、と鼻から息を吐いた後で「良かろう」と頷いた。


「ただし、王は力を得た。このおれに歯向かうとは思えんし、仮に牙を剥いたとておれに敵うわけもないが。ただ、窮地に追い込まれた者というのは、時にこちらの予想の遥かに超えた行動をとるものだ」


 だから、と言って、螺旋様は私の手の中のお菓子を一旦卓の上にすべて移動させる。そして、何もなくなった私の手を両手で、きゅ、と挟んだ。


「万が一にもお前に危険が及ぶようなことがあれば、その時はどんなに止めても無駄だ。王だろうがお前の姉だろうが、存在そのものを消す」

「ひえ」


 存在そのものって何?!

 最初からいなかったことにするってこと?!

 やっぱり神様ともなるとそれくらいのこと出来ちゃうんだ?! 怖い!


「それだけは覚えて置け」

「わ、わかりました。ですがあの、出来れば穏便に。何卒」

「善処する」


 いつもなら「善処する」なんて言葉ほどあてにならないものはないと思うところだけれど、相手は神様なのだ。きっと約束は守ってくださるだろう。神様だからこそ何でもアリとか言い出しそうな気もするが、もう信じるしかない。




 その翌朝、私そっくりに作っていただいた湖の精にあれこれと指示を出し、あとは出発するだけ、という段になった。姉を説得するための王都への旅だ。といっても、螺旋様の御力を使えば王都へはすぐに着くのだけれど。


 ただ、映心様が「神様、これが俗にいう『婚前旅行』というやつですね」とポロリと口を滑らせた結果、「成る程。ならば、一瞬で終わってしまっては味気ない。馬でも手配してのんびり行くか」とはなりかけた。


「待ってください! のんびりなんてしていられません! 民が苦しんでいるんですよ!? そういうのは、帰りに! 何もかも解決した後でしたらいくらでも!」


 私がそう声を張り上げると、二人はしてやったりとでも言いたげに視線を合わせて「聞いたな映心」、「ええ。『そういうの』――、つまり、『婚前旅行』は帰りに、ということでございますね」と笑った。しまった、これも作戦?! 乗せられた! と気付いた時にはもう遅い。


「では、さくっと用を済ませて婚前旅行と洒落込むか」

「一緒に婚姻の儀もどこかで済ませてしまえばよろしいのでは?」

「それ良いな。よし、宿の手配も頼む」

「かしこまりました」


 え、ちょ、なんか話が。


「あ、あの、私の気持ちが変わったら、という話では」

「え? 大丈夫、変わる変わる。間違いない」

「え、そんな」


 まだわからないのでは?!

 

 そう言い返したかったけれど、「では」という声が聞こえたかと思うと、私達の身体は一瞬にして見慣れぬ景色へと飛ばされた。ずらりと並ぶ商店に、たくさんの人。


「着いたぞ」


 その言葉で、ここが王都だとわかる。あの村とは比べ物にならないくらいに華やかだ。たくさんの人で賑わうこの光景をみれば、茶助さんが言っていた、物価の値上がりが云々で暮らせないなんて言葉はやっぱりちょっと大袈裟なんじゃないかと思うのだけれど――。


「えっ、っか!?」


 思わず口に出てしまい、慌てて口を押える。


 待って待って待って。

 お米も野菜もあんなに高いの?!

 そりゃウチの村は田舎だし、基本的には自給自足ではあるけど。でもたまに行商人さんが来るから、だいたいの相場くらいはわかってるつもりだ。軽く倍はあるんですけど?!


「い、急がないと、本当に王都がとんでもないことになっちゃう……!」


 行きましょう! と勇んで踏み出したけれど、「翠、逆だ」と螺旋様に肩を掴まれて向きを変えられる。


「王城はあちらです」

「ほら、ちゃっちゃと済ませるぞ、翠」

「は、はい!」


 顔を上げた先にあるのは、遠くからでもはっきりと見える、荘厳なお城だ。あそこに姉がいるのだ。巫女としての使命を忘れて、贅沢に明け暮れ、結果として、守るべき民を逆に苦しめている姉が。私一人に迷惑をかけるだけならまだ良かった。それなら良かった。でも、これは許せない。


「碧、必ず連れて帰るからね」


 拳をぎゅっと握り締め、今度こそ、とその一歩を踏み出した。


「肩の力を抜け。おれがついてる」


 隣を歩く螺旋様が、優しい声で囁く。とても心強いし、ありがたい。けれど――。


 穏便に済ませたいので、出来れば見守るだけにとどめていただきたい。



※あらすじの方にも書きましたが、こちらは『その溺愛、過剰です!?』コンテスト応募作のため、ここで一旦完結とさせていただきます。伏線等、気になる部分あるかと思いますが、ご了承ください!

コンテスト終了後、続きを書けたら、と考えておりますが、再開時期については未定となっております!

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姉に成りすまして湖の神様の花嫁の振りをしたけれど、どうやら私が本命でした?!~湖底の掃除を代わっただけの偽嫁巫女なのに、蛇神様の溺愛が止まりません!~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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