雨とか愛おしむ音無くんと

かこ

雨×エメラルド×あと五分

 しとしとと、ほんのり肌寒い雨が降っとる。

 雨はそんなに好きじゃない。全身が妙に重くなる感じがするし、靴の中がぐしょぐしょになるのもすんごいヤだ。

 濡れとらんはずなのに、靴下が湿った気がしてくる。気のせい気のせいと言い聞かせながら、人もまばらな廊下を進む。

 梅雨まっただ中なのに妙に晴れてみたり、かと思えば空に蛇口でもあるんかとどしゃぶりになってみたり。わけのわからん天気に振り回されて、学校に行くんも面倒たいぎい

 まぁ、そんなもったいないことするわけないけど。

 雨雲をはらい飛ばすような笑い声が通りかかった教室でわく。

 短い昼休みを教室で過ごすのはあたり前のことで、でも、後ろの席からいつも眺めている姿がないけぇ探す。見当はついてるんだけど。

 校庭の花壇のそばで咲く傘を見つけて、窓を開けた。枠から身を乗り出すように覗いても、傘の中はうかがえん。あの傘は夏海なつみで間違いないはずなのに……。

 学校の敷地でもコンクリートでおおわれた崖は苔がむしとる。それをごまかすように青紫の紫陽花が植えられとった。ちょっと暗い雰囲気をかもしだしとって、しめった空気は人に好まれるものではない。

 その端ではみ出すように薄紫の傘が咲いていた。春は桜色だと思ったのに、光の加減だろうか、にくき薄紫がかわいい横顔を隠しとる。きっと、あのずっと見ていたい笑顔で花を眺めとるはずなのに。

 ぽたりと脳天に雫が落ちてきた。

 夏海に初めて話しかけた時も雨だったっけ。


「何してんのかと思えば」


 ストーカーか、とぼそりと続く。

 そんなことを言ってくる心当たりは知れているので放っておく。

 相手も相手で傷ついたわけもなく、横に並んできた。しようがないので、一人分しか開けていなかった窓を全開にしてやる。

 しばらく無言で、階下に咲いた薄紫と青紫を眺めた。


「夏海さんかどうか、分かんの」


 まぁ、と答えてやって、わからんもんなのかと視線だけ横に流した。

 呆れ顔の腐れ縁は、軽く肩をすくめる。


「お前が一生懸命に見るのなんて、夏海さんしかおらんやろ」


 彼の言い分に納得したので、斜め下に視線を戻した。もし、振り返ったりなんかして見逃したらショックすぎる。

 水溜まりがエメラルドのようにあざやかに輝いた。深い緑色をしていた葉が明るい色に変わっとる。

 こちらには傾かない傘につられて見上げてみれば、気まぐれな空から光がこぼとった。

 ぱち、と落ちた音を拾う。

 誘われるように振り返ると、待ち望んどった笑顔が咲いとった。またすぐに紫陽花の方へ向いてしまったけれど、鏡のように反射する水たまりで雰囲気だけは読み取れる。

 空気もいくぶんか透きとおったものに感じられるようになって、ゆるやかな風が流れ込んできた。

 明るく見えるのは、雨が塗りかえてくれたからだろうか。

 閉じられた傘はやっぱり桜色だ。


「戻らんの」


 せっかく空気を味わっとったのに、見かねた声に現実に引き戻された。

 ひどくつまらなそうな横を一瞥して、あと五分と返してやる。

 どうぞお好きに、と体を返した彼は、遅刻すんなよと余計な世話を付け足した。

 誰かが動いたことに気付いたのか、焦がれた顔が上を向く。音無くんだ、と呟く声を間近で聞きたかったけど仕方ない。きれいだね、と紫陽花を指差す彼女を見逃したくなかったし。

 ん、と夏海の笑顔に応える。

 くすぐったそうな笑みもずっと見つめられた。

 夏海が口を開こうとしたのに、チャイムが時間をくぎる。結局、何かを言いかけた口は戻ろっかとごまかして姿を消してしまった。

 彼女を待つ間、色あせた景色を見下ろす。

 雨はまだだけど、きらきらと輝く水たまりは好きにはなれそうだ。

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